59話 青春

 まえがき


 このお話は修斗とイヴでダンスをする場面があるのですが、そこをMrs.GREEN APPLEさんの「ロマンチシズム」を聞きながら書きました。

 二人もその曲を踊っているので、聴きながらその場面を読めばより物語に入り込めると思います。


 いい曲ですので、もしよければ「ロマンチシズム」を聴きながらお楽しみください。




           ◇




 イヴに連れられてやってきたのは体育館。

 館内はカーテンが閉められて暗く、それを吊り下げられたミラーボールやステージの照明がカラフルに照らしている。

 アップテンポの明るい音楽が流れ、ステージではダンス同好会と思わしき生徒が、アリーナではそれに感化された生徒が体を揺らしてリズムに乗ったり踊ったりしていた。


「これは……?」

「ほら、文化祭のパンフレットに書いてあったでしょ。生徒会主催のダンスパーティー。人は多いけど暗いから顔を見られにくいし、せっかく文化祭なんだから、いわゆる『青春』を思い切り楽しみたいと思って!」

「青春かぁ……」


 イヴの跳ねた声に改めて実感させられる。


 そういや俺、学生なんだよな……。

 最近はそれどころじゃなかったからあまり実感がなかったけど。


 でも実感がなかっただけで、イヴと出会う前よりかはずっと青春できている気がする。

 それもこれも全部イヴのおかげだ。


「そういえばイヴ、日本のサブカルチャー好きだったもんな」

「うん! 文化祭なんかまさにニッポンの『青春』でしょ? 友達や恋人と一緒に学校の中を回ってモギテンを楽しんで、ダンスをして、ケイオンブの演奏を……!」

「あの……盛り上がってるところ申し訳ないんだが、うちの学校に軽音部はなかったはずだぞ」

『そうなの!?』

「あ、戻った」


 よっぽど衝撃的だったのだろう。

 恍惚な表情が一気に青ざめていく。

 さながら締められて色を失うイカのように。


「あぁ……私のケイオンブ……ケイオンブの女の子……」

「女の子……?」


 俺の中の軽音部は主に男子のイメージなんだが、イヴは違うのか?

 よく分からんが、またアニメの話か……?


「……ま、まぁいいや。とにかく! 私は今シュウトと一緒にダンスを踊って『青春』したいの!」

「『青春』なぁ……」

「ん、もしかしてあんまり乗り気じゃない?」

「乗り気じゃないというか、そもそもダンスを踊ったことがないからなんとも……」

「それに関しては大丈夫。とりあえず、私についてきて!」

「お、おい!」


 有無をも言わせぬ勢いで再び俺の手を引っ張るイヴ。


 というか俺、今日はイヴに振り回されてばっかりだな。

 まるで出会った頃に戻ったみたいだ。


 ……妙に安心感を覚えるのは、そのせいだろうか。


 そんなことを考えているうちに、イヴはある程度開けた場所を見つけるとそこに俺を連れ出し、背中に両手を回しながらくるりと振り返って俺の前に立つ。


 イヴと繋いでいた右手を腰に当て落ち着かせるように息をつくと、俺は彼女に問いかけた。


「んで、なんで大丈夫なんだ?」

「実は私、イギリスで少しだけダンスを習ってたことがあるの」

「へぇ、そうだったのか」

「ほら、今までシュウトから日本語をいっぱい教わってきたでしょ? だから、私からはダンスを教えてあげたいのっ」

「そういうことか」


 つまりイヴは「お返し」がしたいといっているのだ。

 大勢がいる中でのダンスと聞くと一瞬後ろめたくなってしまったが、彼女が教えてくれるなら問題ないだろう。

 実際俺もダンスに全く興味がないかと言われるとそういうわけでもなく、イヴとダンスが踊れるならなおさらやってみたかった。


「じゃあ、お言葉に甘えるよ。俺もイヴと『青春』したいしな」

「……うんっ!」


 イヴはぱぁっと顔を明るくさせると、元気よく頷いた。

 それと同時にステージに上がったMCの生徒が「それじゃあ次はこの曲だ!」と宣言すれば、今度はミドルテンポのリズムに乗りやすそうな音楽が流れてくる。


「丁度いいね。じゃあ、まずはこの曲に合わせてボックスステップからやってみようか」

「ボックスステップって、四角形の角を順番に踏んでいくような動きだったよな?」

「そうそう。左上の角から時計回りに……こんな感じでやってみて」


 先にイヴが手本を見せてくれる。

 なるほど、右足から入って交差させるのか……。


 とりあえず、見よう見まねでやってみる。

 バックで音楽が流れてるから、それに合わせて右、左、右、左……。


「おぉ、上手上手!」

「そ、そうか?」

「うん! ぎこちなくないし、むしろリズムにノってたように見えた。結構余裕だったんじゃない?」

「まぁ、そこまで複雑な動きでもないからな」

「おっ、言うね~。じゃあ今度は反時計回りにボックスを踏んでみようか」

「分かった」


 イヴの指示通り、今度は反時計回りにボックスステップを踏む。

 今回も躓くことなくスムーズに足を動かすことができた。


「いいね、ちゃんとリズムに正しくノれてる」


 確かに順調かもしれないが、一丁前にダンスを踊るには全然ペースが遅い気がする。

 素人なので分かったような口はきけないが、本当に時間までにダンスを踊れるようになるのだろうか……?


「なぁ、これってきっとまだ基本中の基本だろ? このペースでほんとにダンスが踊れるのか?」

「なに、ずいぶんと乗り気だね?」

「いや、俺はそういう意味で言ってるんじゃなくて……」

「じゃあ、いきなり本番いってみようか!」

「はぁ!?」


 俺が素っ頓狂な声を上げたところでまた曲が変わる。

 今度は聞いたことのあるJ-POPが流れてきたが、依然としていきなり本番を踊る難易度は高いままだった。


 戸惑っている間に、イヴは曲の前奏に合わせながら体を揺らしてリズムをとっている。

 もう踊る気満々だ。


「いやいや、いくらなんでも無茶だって!」

「大丈夫、シュウトだったらきっと出来るよ!」

「何を根拠にそんなこと……!」

「ダンスは私が動きをアプローチしてあげるから、それを受け取って。今までたくさん私についてきてくれたシュウトならなんてことないでしょ!」

「それとこれとは話が――!」


 話が一段落するまえにAメロが始まってしまい、イヴはとうとう一人で踊り始めてしまった。


 軽い足取りで流れるようにステップを踏みながらも、歌のフレーズをくみ取ってきちんと止まるところは止まり、動きに緩急をつける。

 ダンスは歌の爽やかな雰囲気や恋愛ソングらしい歌詞にも合っていて、周りにいた生徒たちは段々と彼女の踊りに視線を吸い寄せられていた。


 そのままの足取りで、イヴはただ突っ立っている俺に催促するように俺の周りを舞う。


(本当に踊れるのか……?)


 周りの生徒の視線はどんどんこちらに集まってくる。

 そんな中でヘマでもすればすぐに悪い意味で学校中の噂になるだろう。


 俺はちゃんと踊れるのか。

 周りに恥ずかしくない姿を見せられるのか。


 去ってゆく彼女の背中を見ながら不安になる。


“――俺もイヴと『青春』したいしな”


 周りの目を気にして、本当にイヴと『青春』できるのだろうか。

 そもそもこの瞬間を逃したら、次はいつイヴと『青春』できるのだろうか。


(……なら、今踊らないでいつ踊るんだ!)


 振り返ってこちらに伸ばしたイヴの手を、半ばやけくそで取る。

 そのままサビに入ると、曲の盛り上がりと一緒にビートが細かくなったのを感じた。


 とりあえず、今のところは一人一人で踊るようだ。

 メロディをよく聞き、それに雰囲気を合わせようとステップを踏み、上半身を動かす。


 するとイヴがこちらに寄ってきた。

 一段落した俺の踊りを見て俺の左手を握ってくる。

 そのままそれを自分の頭上に引っ張り上げた。

 俺は少しバランスを崩しそうになりながらもなんとか体制を立て直し、あくまで曲のビートに合わせながら彼女に体を寄せていく。


 すると彼女が俺と繋がれた手を軸にしながらくるっと綺麗に一回転した。

 そのまま後ろに体制を崩したので、俺はそれを彼女の背中に左手を回すことで受け止める。


 変に焦らなかったのは、彼女が踊りの中でスムーズに体勢を崩したからだろう。

 アクシデントに見えなかったので、俺もスムーズに彼女を受け止めることができた。


 一連の流れが曲とも相まって、明らかにのが分かった。

 イヴもそれを感じたのか、離れたときに見えた顔に楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「っ――!」


 さっきまで必死に頭を働かせながら動いていたのに、彼女の笑顔を見たらこっちまで楽しくなってきてしまった。

 もはや周りの目を気にしている余裕はない。



 どれだけ下手くそでも、今は彼女とのダンスを目一杯楽しみたい。



 サビが終わっても、俺たちのダンスが終わることはない。

 恋愛ソングらしく彼女と体を寄せ合ったり離れたり、かと思ったら別々でダンスを踊って、また体を寄せ合う。

 まるでこの日のために練習してきたのではないかと疑うほどに動きが合い、いつの間にか周囲を大きく沸かせていた。


 しかし、俺の耳にはその歓声が届いていなかった。


 踊る最中でお互いの目が合い、なんだか嬉しくなる。

 俺と彼女の息ぴったりな動作一つ一つがとても愛おしくて、幸せな気持ちでいっぱいになる。

 俺が少し見せ場を作るように動いてみれば彼女が楽しそうに笑うので、こっちも楽しくなる。


「ダンスで会話をする」という言葉があるのかどうかは分からないが、今の俺たちは確かにダンスで二人だけの会話を楽しんでいた。


 ただ楽しい時は本当にあっという間で、気づけばすでに曲が終わってしまっていた。

 踊り終わると、極限までテンションの昂った歓声が体育館を揺らす。


「……なんだ、私が教える必要なかったじゃん」

「そういう問題じゃないだろ、このバカ」


 歓声を浴びていても、息を整えていても、俺は楽しそうに笑っているイヴの瞳から目を離したくなかった。

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