46話 金髪美少女はズボンを履いてくれない
『……なぁ、イヴ』
『見てみて、彼シャツ。やっぱりぶかぶかだね』
『まだ彼氏じゃないんだからそれは違うだろ。というか話をすり替えないでくれ』
イヴを一ミリたりとも視界に入れないように、俺は彼女から強く目をそらす。
本当は俺のワイシャツを身にまとって萌え袖状態の彼女を拝みたい。
でも、できない。
彼女がズボンを履いていないから。
『どうしてズボンを履いてないんだ! イヴが風呂に行く前にちゃんと渡しただろ!?』
『でも、私服は数がないんでしょ? だったら私はシャツだけでもいいよ? 幸いシュウトのシャツが大きいせいで変な体勢にならなければ見えないし』
『それでも万が一があるだろ! 俺のことは気にしないでいいからズボンを履いてくれ! というか気にしてるならむしろ履いてくれ!』
現在、俺はイヴと交代で風呂に入ろうとしていたのだが、ユニットバスから現れた彼女に足止めを食らっていた。
理由はもちろん、彼女がズボンを履いていないからだった。
俺は外行きの服を制服で補い、部屋着二組を二~三日周期で回すことで何とか衣類のコスト削減を図っている。
夏場だと特に汗をかくから制服の下に着るワイシャツはある程度枚数があるのだが、部屋着は多少臭っても自分が我慢すれば何とかなるので枚数が少ないのだ。
彼女にTシャツではなくワイシャツを着させているのはそれが理由だった。
彼女には着替えがないので、俺の服を貸さなくてはいけない。
でも部屋着一組をそのまま貸してしまったら、今度は未来の俺が素っ裸になってしまう。
上だけ替えがあれば下がそのままでもまだ耐えられるだろうと思い、彼女にワイシャツと部屋着のズボンを渡した結果、この有様だ。
しかも下着まで濡れてしまっていたため、彼女の下半身は本当に何も纏っていない。
下着こそ数が少ないのでズボンだけで我慢してもらおうと思っていたのに、そのせいでより自身のピンチを招いてしまっていた。
いまさら部屋着を一組で渡しても上が変わるだけで何の解決にもならないだろうし、どうすればいいんだ……。
『私は別に、シュウトにならどこを見られたって平気だよ?』
『俺が見たら平気じゃなくなるんだよ!』
今はまだその状態でも何とか我慢はできるだろうが、その後一緒の布団に入ることを考えるといずれ確実に理性が崩壊する。
まだ付き合ってもないのにそんなことはできないし、仮に付き合っていたとしても避妊の準備などは何も準備できていない。
軽い気持ちで行える行為ではないからこそ、俺は冗談っぽくも切実に訴えた。
『というか、エラさんに言って服を届けに来てもらったらいいじゃないか。それで全て解決だ』
『その選択肢を持ってるのは私だよ。私がママに連絡すると思う?』
『……どうしてお前はそこまでして俺を誘惑したがるんだ』
『だって、我儘でもいいんだよね?』
『お前……』
ダメだ、イヴは鋼の意志を持っているようだ。
説得しているだけじゃ埒が明かない。
なら、どうすればいい。
着られる服が増えるのが一番手っ取り早いのだが、この大雨の中買いに行けるわけでもないし……。
「……いや、待てよ?」
わざわざ買いに行かなくても、家にはもう一組の部屋着があるじゃないか。
俺はタンスからイヴの家に泊まるとき用の服を取り出し、掲げる。
それは、あの日イヴに選んでもらった黒いパジャマだった。
『イヴ、これがあれば全部解決するよな?』
『そ、それは……』
形勢逆転。
彼女の狼狽えるような声が聞こえてくる。
実際、彼女は顔を真っ青にしながら狼狽えているだろう。
『半袖と長袖、どっちがいい? 最後にそれだけ選ばせてやるよ』
俺は心の中でエラさんにあの日泊めてくれたことを感謝しながら、まるで決め台詞かのように言い放つのだった。
◆
『……上はワイシャツのままじゃなくてもいいんだぞ?』
『いいの。私はワイシャツのままがいいから』
『寝づらくないか?』
『大丈夫』
『ほんとかなぁ……』
結局彼女は長袖を選んだが、上のワイシャツだけは頑なに脱ごうとしなかった。
どうやら彼シャツという形態だけは守りたいらしい。
一応Tシャツでも彼シャツと言えるようだが、それでも彼女は典型的なワイシャツを着たがった。
さっきまであれだけ遠慮していたのに、少しタガが外れるとこんなにも我儘になってしまう。
それはそれで彼女の良さだから全然いいのだが、いざそうなると何とも言い難い気持ちになった。
どちらがいいという話でもないので、俺がないものねだりをしているという結論にしておこう。
『んっ、この野菜炒め美味しい!』
『あんまり豪勢なものを作れなくてごめんな』
『全然。食べられればなんだっていいし、こんなに美味しいんだからむしろ満足だよっ』
イヴはそう言うと、再び美味しそうに野菜炒めを口にしてご飯を掻き込む。
食べ慣れない料理ということもあってか、彼女は幸せそうにそれを咀嚼した。
こうして自分の作ったものを誰かに美味しそうに食べてもらえると、こっちまで幸せな気持ちになる。
あの日彼女に玉子焼きを食べてもらったときは俺が心を閉ざしていたのもあってあまり分からなかったが、ここまで幸せだったのかと再認識した。
いや、ほかにも自分の作った料理を食べてもらう機会はあったが……とにかく、美味しそうに食べてくれたのはイヴが初めてだった。
『……あの』
『どうした?』
聞き返すと、イヴは恥ずかしそうにしながら空になった茶碗を見せる。
『ご飯、おかわりしてもいい?』
その言葉に、俺はまた幸せを感じながら深く頷いた。
『もちろん。遠慮なく、たくさん食べてくれ』
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