45話 金髪美少女に甘えてほしい
――一枚しかないフェイスタオルをタンスの奥から引っ張り出し、玄関で立ち尽くしているイヴに渡しに行く。
途中から強く降り出した雨は学ランでも守りきることが出来ず、彼女はそれから染み出した水分に寒そうに体を震わせていた。
『ちょっと小さいけど、これで体を拭いて』
『ありがとう』
『ある程度拭き終わったら靴と、靴下も脱いで上がりな。どこか適当な場所に座ってていいから』
『うん』
フェイスタオルを受け取ったイヴは相変わらず暗い顔をしている。
きっとこうして俺が面倒を見ているのも、彼女が気に病む要因になっているのかもしれない。
でも今はとにかく彼女に風邪を引いてほしくはなかった。
身の回りの処置を彼女に任せて、俺は浴槽にお湯を張りに行く。
久々に水を通すので水道が錆びたりしていないか心配だったが、出てくる水の色や臭いから察するにどうやら大丈夫そうだった。
『――風呂が沸くまでまだ時間かかるから、もう少し待っててな』
『えっ、お風呂?』
部屋の明かりをつけながら言うと、床にへたり込んでいたイヴは目を見開く。
どうして俺が風呂を沸かしているのか分からないといった様子だった。
『そのままでいたら風邪ひくだろ。後々家に帰るとしても、なるべく早く体を暖めた方がいい』
『…………』
表情を見るに風呂まで入れてもらうのは申し訳ないのだろう。
でもさっき俺が“変に気を遣われると寂しい”と言ったせいでそれを伝えられないからか、イヴは次の言葉を探すように目を泳がせた。
本当は彼女の意見を全て尊重してあげたい。
申し訳ないと思う気持ちは分かるし、実際彼女が俺を思いやってくれることに申し訳ないと思ったこともある。
でも俺の好きなのは、周りに迷惑がかかるくらいに明るいイヴであって、変に気を遣うイヴではない。
だからこそ、俺は彼女にいい意味で我儘になってほしかった。
落ち込んでいる彼女の隣に腰を下ろす。
そうしてあの日彼女が俺にしてくれたように、俺は彼女を優しく抱き留めた。
『……好き』
『へっ?』
イヴの素っ頓狂な声が聞こえてくる。
それでも俺は気にせずに言葉を紡いでいく。
日本語で言うのはその時まで取っておきたかったから、英語で。
『大好き』
『ちょっ……』
『愛してる』
『ち、ちょっと待って!』
声を荒げたイヴに体を引き剥がされてしまう。
そのおかげで見えた彼女の顔は、まるで茹でダコのように真っ赤に染まっていた。
『珍しいな、イヴがそこまで恥ずかしがるなんて』
『だ、だって! ……シュウトがその、す、好きって言うから……』
『だって好きだし。イヴも散々俺に好きだって言ってきただろ?』
『それは、そうだけど……』
『自分だけ好き勝手言っておいて俺のは受け取らないって、それこそ酷くないか?』
『…………』
『あーごめんごめん、今のはほんの冗談で言ったんだよ。だからそんな真に受けるな』
少し強めに言ってしまったと思えば、イヴがまた分かりやすく落ち込む。
そんな彼女が可愛く見えてしまって、俺は思わず破顔しながら再び彼女を抱きしめた。
『ほら、体冷たいよ。寒いんじゃないのか?』
『それを言ったらシュウトだって寒いでしょ』
『少し寒いけど、イヴとくっついてるから大丈夫』
『っ……もう、またそういうことを言う』
少し怒ったような声音で言うイヴ。
でもそれとは裏腹に、さっきまで緊張していた体は力が抜けている。
下がりきっていた気持ちも上を向いたのか、彼女は俺の背中に腕を回してきた。
『いいんだよ、我儘になって』
『でも、それだとまたシュウトを振り回しちゃうよ』
『女の子は少し我儘なくらいが丁度いいんだよ。それに、好きな人にはたくさん甘えてほしいから。むしろ振り回してほしいまである』
ちょっと大袈裟に言えば、イヴはついにクスリと笑みを浮かべた。
『なんか、シュウトらしくないね』
『そうさせたのはイヴなんだぞ? だから、ちゃんと責任取って甘えろ』
俺がここまでイヴに尽くしたいと思うようになったのはイヴのせいだ。
俺がここまでイヴに振り回されたいと思うようになったのはイヴのせいだ。
だからイヴには、その思いだけじゃ足りないくらいにたくさん甘えてほしかった。
『……じゃあ、一つ甘えたいことがあるんだけどいい?』
『なんだ?』
『今日、シュウトの家に泊まりたい』
『いいよ。部屋狭いし、イヴの家に比べたら汚いけど、それでも良ければ』
『気にしないよ、そんなこと』
俺たちは互いに見つめ合う。
そうして口元を綻ばせると、今度は噛み締めるように力強くハグをするのだった。
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