43話 喧嘩するほど仲が良い

「かんぱーいっ!」


 りんの音頭の元、俺たちはジュースの入ったコップをぶつけ合う。

 カランと気味のいい音が部屋に鳴り響き、それが親睦会の開始を知らせた。


 現在俺たちは買ってきたお菓子や飲み物を囲むように座っていて、イヴは相変わらず俺の左腕を抱いてべったりとくっついてきている。

 しかしさっきよりも嫉妬の気持ちは薄れたようで、幸せそうにオレンジジュースを飲んでいた。


「――そういえば、櫂君とイヴちゃんって付き合ってるの?」

「あっ、それ俺も気になってた」


 飲み食いしながら雑談を交わし、開始から少し時間がたったところで唐突に話題が切り替わった。

 内容が内容なだけに、思わず苦笑を浮かべてしまう。


「周りは俺たちのことをなんて言ってた?」

「あれは絶対付き合ってるでしょーとか、付き合ってなかったらおかしいよねーって感じかな? でもそういう話は聞いてないみたいだから、確証は持ててない感じだったよ。というか、どっちかっていうと私たちもそっちサイドだし。ね、凌空」

「そうだな」

「やっぱりそうか」


 大体予想していた通りの反応だ。

 そりゃ年頃の男女がこうしてベタベタしていたら俺だってそう思う。

 むしろ付き合っていない方がおかしな話だ。


 でも、実際俺たちは付き合っていなかった。

 デジャヴを感じるが、説明しない選択肢はないので仕方なくもう一度説明することにする。


「俺たちは付き合ってるように見えるけど、実際は付き合ってないんだ」

「えっ、そうなの!?」

「まぁでも将来は付き合おうって約束してる仲だし、付き合ってるって認識されても否定はできないんだけどな」

「なら、どうしていま付き合わないの? 二人はお互いに好き同士なんだよね?」

「それは……」


 りんとの問答が終われば、今度は南井が問いかけてくる。

 そういえばさっき話していなかったか。


 本当はそれもすべて話した方が彼女も納得するのだろうが、自分の苦い過去を他人に話すのはなんとなく抵抗がある。

 数秒悩んだ末、やっぱり言えずに誤魔化した。


「ちょっといろいろあって」

「いろいろ……」

「そこはあんまり詮索しないでもらえるとありがたい」

「イヴちゃんはそれで納得してるの?」

「うん。理由聞いた。あー……納得っ、してる」

「デイヴィスさんにしか理由を言ってない辺り、信頼してるのね」

「そうだな」


 イヴは一度も離れることなくずっと俺のそばにいてくれた。

 その月日があったからこそ、俺は彼女のことをここまで信頼できている。


 ……まぁまだ彼女にすら伝えていないこともあるし、信頼しきっているかと聞かれたら頷きかねるが。


「というかデイヴィスさん、日本語上手くなったよな。転校したての時は大変そうだったのに」

「でしょ」


 俺をホールドしてもう取られないだろうと安心しているのか、凌空の言葉に胸を張るイヴ。

 その誇らしげな様子が可愛くて、俺の頬は自然と緩んでしまった。


「教えてもらった、シュウトに」

「なるほど、二人の恋の始まりはそこが発端か……」

「おい、人のプライベートを分析するな」


 どうして俺はこう他人の言動を指摘してセーブする役回りになってしまったのだろう。

 このツッコミしかり、凌空と南井の仲裁しかり。


 明らかに損な役回りをしてるよな?


「そうだよ高嶺君。私たちがそうして変なヤジに回っちゃったら二人が安心してイチャイチャできないでしょ。こういう時は何も言わずに、暖かい目で見守ってあげるの」

「確かに、そうだな」

「余計なお世話なんだよなぁ……」


 せめて本人を目の前にして言わないでもらえるだろうか。


 南井までそっちに行かれてしまうと俺のツッコミが間に合わなくなるような気がするんだが……。

 さっきまで俺に気があったはずなのに、どうしてそこまで純粋に俺たちの恋を応援してくれるのだろうか。


「というか、南井ってこういう色恋沙汰に興味あったんだな」

「当たり前じゃない。私だって普通の女子高生よ」


 またデジャヴ。

 しかしさっきと違い、そして重要なのはそのやり取りをしているのが南井と凌空だということだ。


「今までの南井はお堅く見えてたんだよ。でも、少し話してみて印象が変わった。お前も櫂みたいなやつだったんだな」

「何、私の目つきが悪いってこと?」

「そうは言ってないだろ」


 おい、それ地味に俺もダメージ貰ってるんだが。

 言うなって言っただろっ。


「まぁとにかく、お前は俺の中で少しいい印象がついたってだけだ」

「あっそ。まぁ私の中の高嶺君の印象は何も変わってないけど」

「そうかよ」


 お互いにそっぽを向く。

 結局何も変わってなさそうに見えて、根本ねもとでは案外変わっているのかもしれない。


 それどころか……。


「……ねぇねぇ、櫂君」


 南井と凌空のやり取りを傍観していると、りんが楽しそうに耳打ちしてくる。


「なんだ?」

「こういう形で恋が始まるのも、もしかしたらあるのかもしれないね」

「……確かに、そうかもしれないな」


 りんの言葉に、俺は微笑ましく思いながら返すのだった。


「シュウト取らないで!」

「あっ、ごめんねイヴちゃん。大丈夫、取ろうとしてるわけじゃないよ」

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