42話 俺は彼女と付き合うつもりだから

『……あの、イヴさん? 二人きりの時以外はくっつかないでって――』

『だって離れたらまた私が置いてけぼりになるでしょ』


 授業の時間を除いて、イヴは常に俺の腕を抱いていた。

 放課後になった今も、彼女は唇を尖らせながら変わらず俺の腕に抱き着いている。


 どうやら、昨日の『もうしない』は信じてもらえなかったようだ。


 そりゃそうか。

 俺が彼女を一人にさせたのは、あれで二度目なのだから。


 周囲からはたくさんの誤解を含んだ視線を浴びせられていたが、もうほとんど付き合っているようなものだし今更イヴを引き剥がす勇気もない。

 お化け役のメンバー以外は俺の目つきのおかげで話しかけてこなかったというのもあって、俺は素直に誤解の視線にさらされる覚悟を決めたのだ。


 しかし、問題はそのお化け役のメンバーにあった。


「……あの、櫂君」

「どうした?」


 俺たちは高嶺家へ向かっている途中、親睦会で飲み食いするお菓子や飲み物を買おうとコンビニに寄っていた。

 全員で入る必要もスペースもないだろうということで、高嶺兄妹(主にりん)がイヴを連れて買い出ししている最中、俺は南井に声をかけられたのだった。


「前々から思ってたんだけど、櫂君とデイヴィスさんって付き合ってるの?」

「あー……やっぱり、そう見えるよな」


 苦笑する。

 他の奴らがそう信じ込んでいるように南井に嘘をついてもよかったのだが、生憎と俺はそんな勇気を持ち合わせていない。


 それに日が浅いとはいえ知り合いだからこそ、そんな嘘はつきたくなかった。


「厳密に言えば、俺たちは付き合ってない」

「そうなの?」

「まぁ、ほとんど付き合ってるようなものだけど」


 互いの好意に気づいていて、人目を憚らずに身を寄せ合う。

 その上プライベートでも関わりがあるとか、もう付き合っているようなものだ。


 それでも、俺たちはまだ友達という枠組みを越えているわけではない。

 ほぼ付き合っているようなものでも、俺とイヴ(特に俺)にとってその枠組みの存在はとても大きかった。


 だからこそ、こうやって付き合っていないと割り切れる。


 いや、割り切れざるを得ない。


「そう、なんだ」

「というか凌空やりんならまだしも、まさか南井にそんなことを聞かれるなんて思わなかった」

「どうして?」

「気にしてたら申し訳ないけど、そういうことに興味なさそうな印象だったから」


 彼女はいつも与えられた仕事をそつなくこなす、頼れる学級委員長だった。

 しかしあまり変化しない表情も相まって、俺にはそのイメージしかなかったのだ。


 怒られたらどうしようと心の隅で仄かな不安を抱えながら言えば、案の定南井は眉をひそめた。


「わ、私だってそういうことくらい興味あるわよ。それにあなた達は私のクラスだから把握しておきたかっただけ」

「そうやってクラスメイトのプライベートを把握するのも学級委員長の仕事なのか?」


 俺はそういう役職についたことがないから、学級委員長がどういう仕事をしているのかも分からない。

 純粋に気になって聞いてみれば、南井はバツが悪そうに目を泳がせた。


「……別に、そういうわけじゃないけど」

「ならどうして把握しておきたかったんだ?」


 彼女の言葉を聞いている辺り、俺たちは私のクラスだから、という言い訳は嘘に聞こえる。

 しかしわざわざ彼女の痛い所を言及する必要もなかったので、俺はあえて伏せて問いかけた。


 すると、彼女は苦い顔をしながら何故かほんのりと頬を染めた。


「……い、言ったじゃない。私も、そういうことに興味あるって」

「それって……」

「そうやって私に優しくしてくれるの、櫂君が初めてなんだもん」


 思わず戸惑ってしまう。


 要するに、南井は俺に気があるということか……?


 いやでも、まだちゃんと言葉を交わしてから数日しか経ってないし……って、そういえばイヴには出会ってすぐに惚れられたんだっけな。


 南井は気が強そうに見えるから、誰かに気にかけられたことがない。

 それでも彼女は誰かに気にかけてほしかったってところだろうか。


 問いただそうと思えば問いただせたが、とにかく今は彼女が俺に気があるということだけ分かれば十分だった。

 だけど、あと一つ知りたいことがある。


「南井は俺が“好き”ってことか」

「い、意外と直球で聞いてくるのね」

「だってこのくらいしか聞き方ないだろ。俺だって、他の聞き方を考えてる余裕はない」


 突然告白されたのだ。

 今もいろいろ考えているように見えて、実はほぼ何も考えていない。


 ただ俺はそれらをひっくるめて、何となく感覚で口を動かしているだけだ。


「……好き、というか、まだ“気になってる”段階だと思う。私だって流石に、出会って数日の異性に惚れ込むほどバカじゃないわ」


 おい、言われてるぞイヴ。


「ならよかった」

「よかったって、どういうこと?」

「さっきも言った通り、俺とイヴはほぼ付き合ってる。互いの好意にも気づいてるし、何ならいつか付き合おうって約束してるくらいだ」

「そ、そうだったんだ……」


 南井は悲しそうに瞳を伏せる。

 その表情に心臓を刺すような痛みが襲うが、逆に今このことを伝えられて安堵すらしていた。


「ご、ごめんね。なんか気まずいこと言っちゃって」

「ううん。むしろ、いま教えてくれてありがとう。もっと好きになられてからこのことを知った南井の悲しむ姿なんて見たくないから」

「……そういうところだよ」

「ん、何がだ?」

「なんでもない」


 南井の意味深な発言に目を丸くして問えば、彼女はまるで照れを隠すようにそっぽを向いた。


「まぁ……なんだ。付き合えはしないけど南井のことが嫌いなわけじゃないから、これからも関わってくれると嬉しい」

「それはもちろん。というか、これから一ヶ月関わりたくなくても関わることになるから」

「そうだな」

「これから“友達”として、よろしくね」


 友達という言葉の響きが恥ずかしくて言わないようにしていたのに、南井はあえてその言葉を強調してくる。

 彼女のあまり見ない笑顔を目の当たりにしたこともあって、俺も照れを隠すように笑みを浮かべるのだった。


『――シュウト!』


 そうして間もなくイヴたちが買い物から帰って来る。

 彼女は一目散に俺目がけて走り寄ってくると、まるで定位置かのように自然と俺の腕を抱いた。


『おかえり、イヴ』

『シュウト、この女に寝取られたりしてない?』

『するわけないだろ、アニメの見過ぎだ』


 イヴは南井をギロリと睨みつけると「シュウト、私の!」とまるで吠える犬のように彼女を威嚇する。

 そんな様子を見た南井は微笑ましそうに笑うと、イヴに手を差し出した。


「分かってる、櫂君は取らないわ。だから、私ともお友達になりましょう、デイヴィスさん」


 イヴが警戒しながらおずおずと南井の手を取る様子に、今度は俺が微笑ましく思えて笑うのだった。



          ◇



 ※この物語は修斗とイヴの一対一ラブコメです。ハーレムやNTRなどはございませんので安心してご拝読ください。


 独占欲を発揮するイヴ可愛い……(親バカ)

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