41話 置いてけぼりの金髪美少女

「――そこの唸り声はもう少し低めの方がいいかな。あと、ただ声を出すんじゃなくて強弱をつけたり、声に吐息を混ぜたりするとより苦しそうに聞こえてそれっぽくなるかも」

「なるほど」


 翌日、俺たちは引き続きお化け演技の練習に勤しんでいた。

 南井の的確な指示は流石演劇部と言った様子で、まるで部活をしているかのような雰囲気だ。


 昨日はあまり時間を割いていられないとか言っていたわりには真剣に指導してくれている。

 まだ知り合って日は浅いが、彼女は俺が思った以上に真面目なのかもしれない。


 まぁ、学級委員長なのだから真面目なのは当たり前かもしれないが。


「櫂君は目つきがそれだけ鋭いから、ちゃんと演じたらものすごく怖いお化け役になれると思うの」

「言うなっ、気にしてるって言ってるだろ」

「あら、ごめんなさい」


 真面目かと思ったらこれだ。

 最初は堅物そうに見えたのに、意外にも俺の目つきを弄ってくる。


 ……まぁそれで楽しそうに笑ってくれているから悪い気はしないが、後ろの方でイヴが頬を膨らませているから密かにやめてほしかった。


「なぁ、そういえば仲を深める話ってどうなったんだ?」


 ため息をついていれば、床に座り込んで俺の練習を傍観していた凌空がやけに調子よく声を上げる。


「仲を深める話?」

「ほら、櫂が言ってただろ。仲を深めるのは後でいくらでもできるって」

「そういえばそんなことも言ってたか。でもスムーズに練習進んでるから、別にいらないんじゃないか?」

「そうは言ってもまだ集まって二日目だろ? 親睦会なんか開いてもっと仲を深めれば、練習もよりやりやすくなるんじゃないか?」

「それ、凌空がただ遊びたいから言ってるだけでしょ」


 凌空の言葉にジト目のりんがすかさずツッコむ。

 どうやらこの双子はこういう関係らしい。


「親睦会なんか開いてる暇あるわけないでしょ。高嶺君こそもっとちゃんと練習しないといけないのに」

「それでもそんなみっちり練習しなくてもいいだろ。学校祭まで一ヶ月あるんだぞ?」

「一ヶ月じゃ足りないくらいよ。どうして自分のことなのにそんな簡単な把握もできないの?」

「なんだと……?」

「落ち着け落ち着け、その喧嘩が一番無駄だろ」


 今日も昨日に引き続き、俺は南井と凌空の仲裁に入る。

 これが毎日続かれると非常に億劫なのだが、二人が可愛らしくむくれているのが唯一の救いだった。


 とはいえそこまで雰囲気が険悪にならないだけで、億劫なことに変わりはない。

 だったらいっそのこと親睦会を開けばいいんじゃないかと思った。


「俺は凌空に賛成だけどな、親睦会」

「櫂君も凌空と同じで遊びたいの?」

「まぁ練習詰めになるのはちょっときついからな。でも、それ以上に親睦会を開かなきゃいけない要因がここにいるだろ」


 苦笑しながら視線を飛ばせば、それに気づいた南井と凌空が揃ってそっぽを向く。

 これだけ喧嘩しているけど、もしかしたら根は仲がいいのかもしれない。


 親睦会を開いて二人の仲が良くなるかは分からないが、いがみ合ったまま練習し続けるよりかは仲良くなった方が本人にとっても周りにとっても気分がいいだろう。

 凌空の言う通り、まだ一ヶ月あることだしな。


「確かに」


 りんも二人に視線を移すと苦笑を浮かべた。


「南井はそれでもいいか?」

「……まぁ、どうしてもって言うんだったら別に咎めないけど」

「ありがとう」

「おい、俺の時と反応違くないか?」

「はい凌空は文句言わないっ。南井さん、明日は何か居残ったりしなきゃいけない用事とかある?」

「明日は特に何もないけど」

「だったら今日はもう遅いし明日にしよう! 場所は言い出しっぺの責任を取って私たちの家! 学校から直で行くほうが楽だろうから、各自勝手に帰らないで昇降口で待機しておくこと!」


 りんの有無を言わせぬ采配で、明日の予定が次々と決まっていく。

 今の状況をまとめるにはこれくらい強引の方がよさそうだからりんの言葉にただ頷いていれば、不意にイヴに腕を引っ張られた。


「なんだ?」

『……私、置いてけぼりなんだけど』


 彼女の目尻には涙が溜まっている。

 そこで俺はようやく事の重大さに気づいた。


『ご、ごめん』

『今、どういう話になってるの?』

『親睦会をやろうって話になってる。明日勝手に帰らないで昇降口で待っててって』

『…………』


 怒っているというよりも、寂しそうに俺を睨んでくる。


 状況の整理に精一杯でイヴのことを気に掛ける余裕がなかった。

 というのはただの言い訳で、彼女に寂しい思いをさせてしまった事実は変わらない。


『……親睦会するの?』

『うん』

『……今度は一人にしないでくれる?』

『もうしない。約束する』


 イヴの鋭い視線が痛いほど突き刺さる。

 俺にそれを否定する権利はないので素直に受け止めていれば、彼女はまるで“私の物だ”と言わんばかりに勢いよく腕に抱き着いてきた。


『……次はないからね』


 昨日あれだけイヴを悲しませまいとしていたのに、初っ端から悲しませてしまった。

 しかしもうしないと約束はしたものの、それが本当に守れるかと聞かれたら頷くことを渋ってしまう。


 だって、俺の知らない間に南井と凌空はまた喧嘩を始めているのだから。


 ……親睦会、上手くやれるのだろうか。


 俺はそこへりんが仲裁に入っていくのを見ながら、ひとり心配になるのだった。

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