39話 金髪美少女への想い

 練習中、イヴの機嫌はあまりよくなかった。

 即席で集めたメンバーだったこともあり度々揉めそうになったため(主に南井と凌空)仲裁に入ったのが良くなかったのだろう。


 今日は彼女のことを少し放っておきすぎてしまった。

 だから俺は前もって計画していた通り、彼女と一緒に再度屋上に来ていた。


『珍しいね、こうやって甘えさせてくれるの』

『改まって言うことがないだけで基本的にいつも甘えてくるだろ』

『確かに、そうかも』


 いつものベンチに腰を掛けながら俺の腕を抱きしめているイヴは既に上機嫌の様子。

 ならもうご機嫌取りはいらないんじゃないかと思ってしまうが、俺自身も彼女にくっついていたいから言及はしなかった。


『ねぇ、シュウト』

『なに?』

『「ぎゅー」してもいい?』

『「ぎ、ぎゅー?」“ハグ”ってことか?』

『ちゃんとしたことなかったでしょ?』

『それは……まぁ』


 本当は俺が泣いていた時にハグしたんだが、あの時はその所懐を噛み締めている状況でもなかった。

 そのせいで言及もできなかったが、イヴはそれでいいのだろうか。


『してもいい?』

『……逆に、いいのか?』

『どういうこと?』

『まだ付き合えるわけでもないのにこんなことをして』


 不安な気持ちが募る。

 結局、彼女に“我慢しなくてもいいよ”とはっきり言われたわけでもない。

 それはすべて俺の妄想の中での話で、本当は“早く付き合いたいのにどうして思わせぶりなことをするんだよ”と思っているかもしれない。


『こんなことも何も、もう今更じゃない?』

『それはそうだけど……』


 こんな曖昧な関係を続けて、イヴは不満じゃないのだろうか。

 中途半端な俺と一緒に居て、本当に幸せなのだろうか。


 俯いていると、不意に彼女がクスリと笑みをこぼした。


『シュウトって、たまにそうやってネガティブになるよね。苦しそうな顔をして』


 何も言い返せずに黙り込む。

 イヴはそんな俺を見るなり、頭を傾けて俺の肩にぴとっとくっつけてきた。


『私ね。付き合いたい付き合いたい言ってるけど、本当はその関係性にこだわってるわけじゃないんだよ?』

『そうなのか?』

『もちろんカップルになれたら気兼ねなくいろんなことができるから、そういう関係にはなりたいんだけどね。でも私にとって一番大切なのは、こうしてずっとシュウトのそばにいること。だから変に気を遣わなくてもいいんだよ?』


 そういうことだったのか。

 俺はずっと彼女が付き合うという行為、恋人という関係に固執しているものだと思っていた。


 けど実際はそうじゃなくて、ただ俺のそばにいられればよかったのだ。


『というか偉そうに気を遣わないでいいって言ってるけど、本当に気を遣わなきゃいけないのは私の方。私が無理強いせずにくっつくのを我慢してれば、こうしてシュウトを困らせることもなかったのに』

『それは……だって、無理だろ。って思えば歯止め利かなくなるし』

『えっ?』


 もう、隠しておく必要もないだろう。


 違和感に気づいたようだった彼女に、俺は自分の想いを吐露した。


『……多分、好きなんだと思う。イヴのことが』

『だから最近はツンデレじゃなくなったの?』

『お、おい。今はふざける場面じゃないだろっ』

『ごめんごめん』


 一応ツッコんだが、笑うイヴのおかげで張りつめていた空気が少し緩んだような気がする。


『……付き合えない理由、教えてくれる?』


 そうして優しい声で問いかけたイヴに頷くと、俺は苦笑した。


『本当は、ただのエゴなんだけどな』

『どういうこと?』

『もしイヴが俺のそばからいなくなってしまったらって思うと、まだ怖く思う自分がいる。そんな状態じゃ、仮に付き合ったとしても長くは続かないって思ったんだ』


 彼女のことを受け止められないというのは、そういうこと。

 心のどこかでそうやって揺れていたら、彼女の好意を快く、完全に受け止めることはできないから。


 受け止められる自信がないから。


 だから、心の準備が欲しかった。


『なら、私はそれまで待つよ。私だって、付き合うならシュウトに気持ちよく付き合ってほしいし』

『ありがとう。でも、俺は確かにイヴが好きだから、それだけは忘れないでほしい』

『……だったら、一つお願いがあるんだけど』

『なんだ?』


 視線を移すと、イヴは非常に申し訳なさそうにしながらおずおずと喋りだした。


『あの……さっきシュウトも言ったみたく、やっぱり好きな人を前にしたら歯止めが利かなくなっちゃう、んだ。だから、これからもこうしてくっついてもいい?』

『それはもちろん。その……俺も、イヴとくっつきたいって思ってるから』

『じゃ、じゃあさ! ……ハグ、してもいい?』

『……うん。俺も、したい』


 やけに鼓動する心臓の音を聞きながら頷けば、我慢できないと言わんばかりの勢いでイヴが抱き着いてくる。


 俺は彼女を両腕で包み込み、後ろに倒れこみそうになりながらもなんとか受け止めるのだった。

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