38話 賑やかな顔合わせ
役割が決まったところで、早速分かれて準備を進めることになった。
お化け役の俺たちは練習のため動き回れるように隣の空き教室に移動する。
「――ねぇ、櫂君」
「な、なんだ?」
引き戸をくぐったところで、ある女子生徒がいきなり俺に迫ってきた。
「あなた、どうしていつも仏頂面なの?」
「はぁ?」
「その顔のせいでみんな怖がってるんだけど。もう少し表情を柔らかくするとかできないの?」
彼女は
俺が名前を知っている理由は彼女こそがクラスで唯一の演劇部員であり、且つ学級委員長だからだ。
その面持ちから頭の固そうな印象を受けていたが、まさかここまでとは思わなかった。
しかしそこを問い質す前に言わなければいけないことがある。
「……これがデフォルトなんだけど」
「えっ?」
「生まれつき目つきが鋭いんだ。だから、俺だって好きで仏頂面をしてるわけじゃない」
「そ、それは……ごめんなさい」
ふむ、素直に謝ってくれるあたりただ単に頭が固いわけではなさそうだ。
なさそうなんだが、それで地味に心が傷つくのはどうしてだろうか?
「私の!」
「おわっ!? ちょっ、イヴ!?」
気まずい雰囲気が俺たちの間に流れたかと思えば、イヴが俺の腕に抱きついて乱入してくる。
変に誤解されるから二人きりの時以外はくっつくなと口を酸っぱくして言っているのだが、今だけはそれに救われたような気がした。
「私のシュウト! だから、取らないで!」
「私の……?」
「あ、いや、その、これはだな……」
前言撤回、ただ面倒ごとを増やしに来ただけだった。
「――いきなり賑やかだなぁ」
イヴの乱入にどう対処しようかと思っていたのもつかの間、今度は男女二人組が教室に入ってきた。
フレンドリーに話しかけてくれるのはありがたいが、生憎と俺は彼らを知らない。
しかしいくら面識がなくても南井とともにこの状態を見続けられると誤解を招きそうなので、俺はさり気なくイヴを腕から引き剝がして言った。
「えっと……あんたらは誰だ?」
「それ酷くない? 私は一応一年の時から櫂君と一緒のクラスだったんだけど」
「そうだったのか?」
「本当に知らなかったんだね……」
一年と言えば、俺の塞ぎ込みが全盛期だった頃だ。
クラスメイトの名前や顔を覚える気はさらさらなかったし、むしろ周囲に睨みを利かせて自分に近づけさせないようにしているほどだった。
「まぁいいや、私は
「俺は高嶺
「あれ、どっちも高嶺なのか?」
「兄妹だからな」
なるほど、いわゆる双子というやつか。
確かにどちらも目が大きくて、鼻が高くて、髪が茶色い。
とても顔が似ている。
しかし同性の双子はいくらか見たり聞いたりしたことはあるが、異性の双子はこれまで一度もない。
もしかして俺が今目の当たりにしている光景って、かなり珍しいものなのだろうか。
「それにしても櫂って見た目に反して意外に普通の性格してるのな。なんか安心した」
凌空は頭の後ろで腕を組みながら微笑む。
対して俺は眉をひそめた。
「安心したのはいいけど、地味に気にしてるからそこには触れないでくれるか?」
「や、やっぱ睨むと雰囲気出るな……」
「だから触れるなって言ってるだろ」
これは果たしてフレンドリーと言えるのだろうか?
俺にはただ失礼な奴にしか見えないんだが。
「みんな揃ったの? だったらさっさと始めましょう」
「もう始めるのか? ほとんどが初顔合わせなんだから、もう少しゆっくり行こうぜ」
「そうは言っても私だってまだやることがあるし……」
凌空の言葉に眉尻を下げる南井。
彼女は学級委員長だし、なおかつ部活もあるからあまり学校祭の行事に時間を割くことはできない。
さっきまであれだけみんなを思っていた様子がバカバカしく感じるが、実際彼女がそこまで人情に厚い人間にも見えなかった。
大方それもすべて、学級委員長としての業務と割り切って俺に突っかかってきたのだろう。
彼女の気持ちは分からないでもない。
でも今の彼女の発言は、確実にこの場の雰囲気を下げてしまう言葉だ。
だからと言って彼女を悪者にもしたくない。
だから俺は、あえて彼女側につくことにした。
「いいよ、やろう。仲を深めるのは後でいくらでもできるし、今は練習が先だ」
「あれ、櫂君やる気だね」
「やる気というか、当たり前だろ。そのために今俺たちは集まってるんだし」
「それもそっか。ってことだから凌空、練習するって」
「えぇめんどくさ……」
「じゃああんたはどうしてお化け役に立候補したのさ」
何とかこの状況を捌ききれたようだ。
りんに言葉を挟まれたときはどう言い訳しようかと思ったが、なんとか誤魔化せてよかった。
誰にもバレないようにそっと息をつけば「あの……」と南井が声をかけてくる。
「ん?」
「ありがとう、促してくれて」
「別に南井のために言ったわけじゃない。というか、まだやることがあるんだろ? 経験値的にあんたにリーダーになってもらわないと困るし、早く進めてくれ」
「……うん、分かった」
恐る恐ると言った様子で言葉を発していた彼女だったが、最後はクスリと笑みを浮かべて離れていった。
南井にりん、凌空……か。
なんか、周りがいきなり賑やかになったな。
『……ちょっと』
ようやく一息つけるかと思ったら、今度はひったくるようにイヴに腕を抱きしめられてしまう。
『な、なんだよ』
『なんか私、今日存在感なくない?』
こそこそと英語で話しているのは、きっと周りに俺との会話を聞かれたくないからだろう。
いろんなものに嫉妬している彼女を見ると、不意に口元が綻んでしまった。
『たまにはそういう日があってもいいんじゃないか?』
『なんかシュウトが遠くに行っちゃったみたいでやだ』
『別にどこに行ってないんだけどなぁ』
まぁでも、今までに比べると少し放っておきすぎたかもしれない。
下校する前に少しだけ甘やかしてやるとするか。
とりあえず今は離れてもらうよう説得し、俺は彼女とともにお化け役の練習に専念するのだった。
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