34話 金髪美少女の母親は家族になりたい

『――上がった?』

『あ、はい。お風呂、ありがとうございました』


 風呂から上がってリビングを通れば、キッチンで洗い物をしていたエラさんに声をかけられる。

 この家はリビングとキッチンが一体化した間取りになっているので、俺はリビングでバスタオルを首にかけたまま言葉を返した。


『まさかシュウトがまた泊まりに来てくれるとは思わなかった』

『すみません。ろくに手伝いもせずに、ただただお邪魔しちゃって』

『気にしなくていいのよ。イヴも嬉しそうだったし、私もシュウトがうちに来てくれて嬉しいし』


 本当は晩ご飯の準備くらい手伝いたくてバイトが終わってから急いでデイヴィス宅に向かったのだが、着いた頃にはもう出来ていた。

 だからせめて皿洗いはとも思ったが、エラさんに『しばらく食器を洗剤につけておきたいから私にやらせて頂戴』と言われてしまいできなかったのだ。


 前回来た時も何もできなかったので、申し訳なく思わずにはいられなかった。


『家では全部一人でやってるんでしょ? うちにいる時くらい、私に任せなさい』

『そうは言っても泊めさせてもらう身ですし』

『そういう気遣いに、意外と寂しく思ったりするのよ?』


 洗い終えた皿を水切りラックに移しながら、まるでイヴみたいなことを言うエラさん。

 ふと他人事のように、やっぱり家族なんだと感じてしまう。


 自然と口角が上がった。


『それ、イヴにも同じことを言われました』

『でしょ? もう私たちの仲なんだから、少しくらい羽目を外したっていいのよ』

『それは、分かってるんですけどね……』


 それでもやっぱり、少し気を遣ってしまう。

 他人だし、何よりエラさんは将来付き合うかもしれないイヴの母親だ。

 変なところは見せられないと、心のどこかで思ってしまっているのだろう。


 ……まぁ、それだけではない気もするが。


『そうやって割り切れないところが、あなたの悪いところね』

『……本当に、よく分析されてますね』


 実際その通りなので返す言葉もない。


 それよりもエラさんがここまで俺を分析できていること。

 そして何より『割り切れないのは俺の悪いところだ』ということを本人に向かって直接言えるメンタルの強さが凄かった。


『でしょ。まぁでも今は思春期だろうし、もうあと何年かすれば自然と変な気遣いもなくなるわよ』

『そうですかね……』

『そうよ。いま大事なのは、いろんな壁に当たっていっぱい悩むことなんだから。そうすれば、自ずと壁を乗り越えられるようになるわ』


 俺のこの気遣いは前述の理由と性格、そして過去の経験から来ているものだと思っている。

 だから思春期が理由とはいささか信じがたいが、エラさんはいろんな壁を思春期を介して乗り越えてきたからそう言えるのだろう。


 俺も壁を乗り越えて、イヴと付き合えるようになるんだろうか。


『……それにしても、すごいですね。まるでエラさんが俺の母さんになったみたいです』

『あら。私は別に、本当にになってもいいのよ?』

『えっ?』


 予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。


『“養子縁組”って知ってる? 簡単に言えば、よその子どもを自分の子どもにできる仕組みのことなんだけど』

『それは分かりますけど……えっ、俺がこの家の子どもになるってことですか?』

『そういうこと』

『どうしていきなり……』


 俺が戸惑っていると、エラさんはジュースの入ったコップを二つ手にしながらリビングへとやってきて『ほら、座って』とダイニングテーブルを囲むよう催促する。


 どうやら洗い物は終わったようだ。

 俺はとりあえずそれだけ理解したまま、エラさんからジュースを受け取り椅子に座った。


『イヴから聞いたの、シュウトのご両親のこと』

『……そうだったんですか』


 なるほど、だからか。

 きっとエラさんは俺が一人で生活していると思い、この家で暮らすことを提案してくれたのだろう。


 もちろんそれでイヴにヘイトを向けることはない。

 きっと俺を心配してくれてエラさんに伝えたのだろうから。


『故郷のイギリスでは養子縁組って結構盛んなのよ。補助金が出たり、無料で養子縁組の手続きができたりね』

『えっ? ってことは……』

『あぁ、イヴとはちゃんと血が繋がってるから安心して』

『あっ、そうなんですか』


 そっと胸を撫で下ろす。

 これで血が繋がってないとか言われたらどうしようかと思った。


 まぁエラさんとイヴにはたくさんの共通点があるし、血が繋がっていない方が不自然だろう。


『前にも言ったじゃない、シュウトを養うのは大したことじゃないって』

『それはそうですけど、流石に養子は……』


 ここでもまた俺の気遣いが発動してしまう。

 エラさんから視線を逸らしながら尻込みしていると、彼女はまるで子どもを諭すような優しい声音で言った。


『シュウトは今、ちゃんと自立して生活できてる。それはとてもすごいことだと思う。でも、何もこんな早い時期にその壁に当たる必要はないの。だって、それは大人になってから当たるべき壁だから。それよりも今は、高校生だからこそできる経験をたくさんした方がいいわ。同年代の友達と遊んだり、たくさん勉強したり……』


 一呼吸置いて、いたずらな笑みを浮かべながら言ったのは。


『ガールフレンドを作ったりね』


 彼女お得意のユーモアだった。


 確かに、エラさんの言う通りかもしれない。

 一人暮らしは高校生がするようなことじゃない。

 それをするよりかは、もっと高校生でしか経験できないようなことをした方が良い。


 全ての言葉に納得できた。


 でも……。


『ありがとうございます。……少し、考えさせてください』


 今ここで決めるわけにはいかなかった。

 だってこれは、俺一人で決められることじゃないから。


 だから俺は申し訳なく思いながら、エラさんの提案を保留するのだった。

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