33話 金髪美少女とラブコメを観賞する
『俺がいなくてもそれだけ喋れてるんだから、もう俺が教えなくてもよくないか?』
思ったのだが、イヴは俺が課題に追われている間に俺ナシであれだけ日本語を話せるようになっているのだ。
今はまだ彼女が喋ったものしか聞いていないため、それ以外にどれだけ喋れるようになったのか。
書きはどのくらいまで進んだのかなどは判断できないが、一人で勉強できるなら俺はいらないんじゃないだろうか。
『やだ、シュウトに教えてもらうのっ』
『一人でできるのに?』
『シュウトと一緒に勉強した方が楽しいもん。勉強って、モチベーションが大切でしょ? って、この話、前にもしたと思うんだけど』
『それはそうなんだけどなぁ』
もちろんイヴに日本語を教えるのが嫌というわけじゃない。
彼女は俺の教えたことを喜んで覚えてくれるし、彼女の成長する姿に俺も嬉しく感じる。
むしろ教えたいという気持ちがあるくらいだ。
ただ俺と一緒に勉強するよりも一人でやった方が如何せん捗っているような気がしないでもなかったため、むしろ俺がいない方がいいのではと思ってしまったのだ。
まぁそれでモチベがなくなって勉強しなくなったらそれはそれでいろいろと困るし、少し効率が悪くでも俺が教える方がいいのか。
『どっちにしても、今日は一緒にアニメを見るんでしょ? 日本語の勉強はついでだから』
『そういえばそうだった』
勉強に気を取られすぎて、本来の目的を忘れてた。
『もう、忘れないでよ』
『ごめんごめん。というか提案しておいてなんだけど、日本語訳で集中して見られるのか?』
『これから見るアニメは私の一番のお気に入りだからね。ちょっとくらい言ってることが分からなくてもセリフくらい覚えてるよ』
『流石オタクだな』
『オタクをナメないことだね』
腰に手を当て、小ぶりな胸を思い切り張るイヴ。
果たしてそれはそこまで誇れることなのだろうか。
そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、彼女の上機嫌っぷりに茶々を入れることは憚られた。
『んで、何を見るんだ?』
『今日見るのは……これだよ!』
イヴがスマホを操作し、Bluetoothを通してテレビにアニメのサムネイルを表示させる。
『これは……ラブコメか?』
『そう! どうせシュウトと一緒に見るならこれがいいなぁって思って』
ラブコメ……か。
少し前までならそこまで意識もしなかっただろうが、俺は今イヴのことを好きな人として認識している。
ゆえに二人きりでラブコメを見るというのは、なんとなく恥ずかしい。
アニメを見ながら、もしイヴと付き合ったらあんなことやこんなことをするのだろうか、なんてことまで考えてしまいそうで恐怖すら感じていた。
まぁでも初っ端からそこまでイチャイチャするラブコメはそうそうないだろう。
ある出来事を境に男女が出会い、様々なイベントを通じてお互いを知り心を通じ合っていく。
それが一種のテンプレートであり、それを逸脱している作品はなかなか聞かない。
だから大丈夫だろうと油断していたのだが。
(……そういうパターンもあったか)
アニメを見始めて早々、俺は自分の慢心に後悔していた。
彼女の持ってきたラブコメは最初から主人公とヒロインが付き合っている設定の作品だったのだ。
『あっ、結構わかるよシュウト!』
『そ、そうか』
見た英語と聞いた日本語を上手く照らし合わせながらアニメを楽しんでいる様子のイヴだったが、俺はそれどころではなかった。
手を繋ぐのはもちろんハグをしたり、最悪キスをしたりと一話目からものすごく内容が濃い。
テレビの中の二人がイチャついている様子は微笑ましかったが、それ以上に意識しすぎて集中できない。
見終えたころには、いろいろと息苦しくて運動してもいないのに息切れしていた。
『やっぱりいつ見ても尊いなぁ……』
恍惚とした表情を浮かべるイヴも休み休みでしか視界に入れられない。
いつもイヴに抱き着かれているはずなのに、他人のそれを見てしまうとどうしても悶えずにはいられなかった。
俺はこんなにも恋愛に耐性がなかったのかと情けなく感じる。
イヴはどういう感情でこのアニメを見ているのだろう。
ただの娯楽として見ているのだろうか。
それとも、俺と付き合ったらこんなことをたくさんしたいとでも考えているのだろうか。
『……大丈夫? なんか辛そうだけど』
『っ――!?』
聞こえてくる声に顔を上げれば、眼前にイヴの顔が見えて思わずのけ反ってしまう。
『み、見るなっ!』
『シュウト?』
『お、お願いだ。こっちを見ないでくれ……』
今まともにイヴの顔を見たら、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
腕で顔を隠しながら懇願するように言うと、その奥から『ははーん……?』といったいやらしい声が聞こえてくる。
ずりずりとこちらに這いずりながら近寄ってきたイヴは、俺の耳元に口を近づけてささやくように言った。
『もしかして、恥ずかしくなっちゃった?』
『っ……』
『確かに、久々に見るアニメにしてはちょっと刺激が強すぎたかもね』
いや、ちょっとどころじゃないだろ。
反論したいが、羞恥が俺を抑えつけてまともに喋ることすらできない。
そんな俺をいいように、イヴは俺を優しく抱き留めながら言った。
『付き合ったらこんな風にたくさんイチャイチャしたいから、今のうちに慣れておいてね』
(……無理だ)
この瞬間俺は、彼女と付き合えば毎日が翻弄される日々になることを確信するのだった。
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