32話 金髪美少女はシュウトが好き
――そうして迎えた今度。
俺は再びイヴの家にお邪魔し、泊まることとなった。
とは言ってもすぐテスト期間に入ってしまったため、約束してから一週間程度空いてしまったのだが。
おかげでイヴは我慢できなさそうにしながら、俺が夜に勉強している中でも毎日のように電話をかけてきていた。
まぁ、そのせいで勉強は捗らなかったわけだが、元々勉強する気もそこまでなかったため結果オーライ(?)である。
テストも終わり一段落したので、なら一緒に泊まろうという話になったのだ。
『テストの出来はどうだったの?』
『まぁまぁだな』
『まぁまぁってどれくらい?』
『赤点にならないギリギリのライン』
『……それでまぁまぁなの?』
少しの後悔も見せない俺に眉をひそめて困惑するイヴ。
それって最低ラインでは?と言わんばかりの表情に、ドン引きの色すら見える。
『高校は卒業さえできればいいからな。赤点を回避したっていう点だけ見れば、むしろ頑張った方だ』
『もっと勉強していい大学目指そうとか思ったりしないの?』
『そもそも大学に行く金がないからいけないんだ。まぁ、それを抜きにしても大学には興味ないんだけどな』
無理にいい大学を目指さなくても、高卒という最低限の学歴があれば何とかなる。
もちろん大学に行った方がいいのは分かるが、俺には進みたい道も特にない。
こんな切り詰めて生活しなくてもいいような、最低限の収入が貰えればそれでよかった。
『イヴの方こそ、勉強はどうなんだよ』
『私も日本語を覚えるのに注力しちゃっててあんまりかな……』
『人のこと言えねぇじゃねぇか』
『でもでも、この一週間で結構な数の日本語を覚えたんだよ! 簡単に会話できるくらいには!』
『それはすごいな』
思わず目を見開いてしまう。
テスト期間中、俺も勉強やら課題やらに追われていたためいつもより彼女と一緒に日本語を勉強をする時間が取れていなかった。
ましてやまだ会話するにも満たない程の量しか日本語を教えられていなかったのに、言葉の交わし方まで覚えたというのだろうか。
彼女はテストがなかったのに、下手したらテストがあった俺よりも勉強しているのかもしれない。
『じゃあ、今日のアニメは日本語版で見てみるか?』
『に、日本語版?』
『あぁ。でも流石にぶっつけは厳しいだろうから、英語の字幕をつけながらな』
よく日本人が英語を勉強するのに海外の映画を見たりするように、日本語のアニメを見てみようというのだ。
いきなり会話するよりも自分のペースで日本語が覚えられるのに加えて、それと同程度の勉強量を確保できる。
おまけにアニメも楽しめるときた。
こんなに適している教材は他にないんじゃないだろうか。
『む、無理だよ。ハードルが高すぎる』
『俺と早く日本語で話したいんじゃなかったのか?』
『そ、それは……』
彼女の良心につけ込めば、それが功を奏し彼女は否定できずにいた。
『……ずるい』
『過去の自分の発言を恨むんだな。まぁ、あと他にメリットがあると言えば本場の声優の声が聞けるところか』
『あっ、それはすごい気になる』
『おい、さっきと食いつき方が違うぞ』
お前は俺よりもアニメが好きなのか。
ツッコめば、イヴは突然ニヤニヤとし始めた。
『なになに、シュウト嫉妬してるの?』
『は、はぁ? なんでそうなるんだよ』
『だってそうじゃない? 私の今の発言って、シュウトよりもアニメの方が好きって言ってるようなものだし』
ものの見事に心中を言い当てられ返す言葉もなくしてしまう。
それでも何か言い返そうとするが、結局出てこずぱくぱくと口をことしかできなかった。
……確かに、俺は嫉妬してるのかもしれない。
あれだけ俺のことを好きと言っていたイヴがアニメのことになると目の色を変えたものだから、負けたような気持ちになったのだろう。
いや、それ以上にイヴの気持ちが俺から離れてしまったように感じて寂しかった。
急に弱気になって俯いていると、隣にぺたりと座っていたイヴは体を横に傾けて俺にくっついてくる。
『シュウトは可愛いなぁ』
『……からかうなよ』
『ごめんごめん。もちろんアニメも好きだけど、私はシュウトが一番好きだよ』
『本当に?』
『疑り深いなぁ……』
幸せそうに苦笑したイヴは俺の腕を優しく抱くと、慈愛のこもった温かい声で言った。
「うん、ちゃんと愛してるよ」
「っ――!?」
ゆっくりではあるが、しっかりと紡がれる日本語。
予想外の彼女の言葉に、思わず彼女を見てしまう。
目が合えば、自然と笑顔がにじみ出てきてしまった。
『上手になったな』
『でしょ? 頑張ったんだから』
やっぱりイヴが日本語を喋ると嬉しく感じる。
それが俺への愛を紡いだ言葉だから、より嬉しかった。
『もっと日本語でお話ししたいから、早くアニメ見よ?』
『早くアニメ見たいからじゃないのか?』
『まだ言うかっ』
『嘘だよ。分かった、早く見よう』
冗談を言う元気も出てきたところで、俺たちはベッドから立ち上がりながらアニメを見る準備に取り掛かる。
その間、俺は心の中で彼女への感謝を嚙み締めるのだった。
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