31話 金髪美少女は頼ってほしい
『一緒に帰ったことはあるけど、一緒に登校するのは初めてだね』
『まぁ、お互いに学校から見て真逆の位置に住んでるからな』
晴天の下、俺はイヴと一緒に学校を目指す。
普段通りニコニコしながら話しかけてくる彼女に、俺も笑みを浮かべながら返した。
彼女を好きな人だと認識できたからか、素直に口角が上がるような気がする。
今まではなるべく彼女を自分から遠ざけなくてはいけないと笑顔を見せないようにしていたが、その必要もなくなったからだろう。
そんな彼女が離れてしまったら、という恐怖を拭い切ることはできないが、それでも今この一瞬一瞬を彼女と笑って過ごすくらいまでは心を開くことができた。
他人事のように聞こえてしまうかもしれないが、ここまで俺を素直にさせた彼女は本当にすごいと思う。
割とあっさり靡いてしまったせいで分かりづらいかもしれないが、これでも俺は両親が死んで、大切な人をつくらないと決めてからほとんど他人に笑顔を見せたことはなかった。
好意を向けられる、自分が必要とされるというのは、それだけ心を動かす魔力みたいなものがあるのだろう。
彼女がそこまで考えて俺と接してきたとは思えないが、とにかく純粋で真っ直ぐな愛はすごいのだと感じた。
もちろん、俺にその愛を抱いてくれた彼女も。
『今度はシュウトの家に行ってみたいなぁ』
『俺の家に来たって何もないぞ。ゲームもなければ、テレビもない』
『テレビないの!?』
『そもそも見ないし、テレビを家に置いておく余裕もないしな。間取り的にも金銭的にも』
まるでこの世の終わりのような顔をするイヴ。
彼女と俺の環境は、言ってしまえば天と地ほどの差があった。
趣味や娯楽にどれだけ手を付けてもなお余裕があるイヴと、生活するだけで精一杯な俺。
故にこの反応をされても仕方ないとは思うんだが、口に出したことも相まって如何に自分がつまらない生活をしているか実感させられる。
ほんと、何してるんだろ俺。
『……ってことは、アニメも見れないってこと?』
『そういうことだ。好きではあるんだけどな』
『なら私の家で一緒に見ようよ!』
『生憎バイトがあるからな』
『また休めばなんとか……』
『そういうわけにもいかない。これ以上俺の仕事を他に任せられないし、お金を貰わないと生きていけないからな』
ものすごく残念そうに肩を落とす彼女に申し訳なく思う。
とは言っても明日の食料は今日のバイトにかかっているくらいカツカツなので、これ以上空けるわけにもいかなかった。
俺の仕事を任せられないと言っているが、実際はそっちの理由が大半を占めている。
『……バイト、休みの日は?』
『ないな』
『それくらい大変なの?』
『大変というか……まぁ』
あんまり大変という言い方をするとイヴが心配するから言いたくなかったのだが、事実だったため頷くしかできない。
『また泊まりにきて、そしたら一緒に見られるから。食費だって浮くし』
『それは申し訳ないよ』
ただでさえ一回泊まるのにも相当心を痛めたのに、何回も泊めてもらったらどうにかなってしまいそうだ。
苦笑を浮かべながら言えば、イヴは俺の手を取って立ち止まると真剣な表情を顔に貼り付けた。
『シュウトは十分頑張ってる! 親がいなくて、誰にも助けを求められなくても一人で必死に。だから、少しは私のことを頼って!』
『十分頼ってるよ』
確かに直接的に助けてもらったことは少ないかもしれないが、彼女は俺の大切な人になってくれた。
それだけでも、俺は十分彼女に頼っている。
俺は十分と思ったのだが彼女はそうではなさそうで、ぐっと顔を近づけた。
『足りないよ!』
『な、何だよ』
『気を遣われて寂しいのは私も同じ。だから、私をもっと頼って? そしたら私も嬉しいから』
イヴの言葉に、思わず呆気に取られてしまう。
『……覚えてたんだな』
『覚えてるよ。シュウトが私に伝えてくれた言葉も、教えてくれた日本語も全部』
それだけ、俺を好きでいてくれているということだろう。
俺はずっとイヴに迷惑をかけてきたと思った。
素っ気なくして図々しくして、彼女を好きになってから今まで嫌な男だと痛感していた。
でも、イヴの俺のことを考えない明るさを俺が欲しているように、イヴもイヴを考えないような俺を欲している。
いつも通りが一番居心地いいのだ。
だって、彼女はそんな俺を好きになってくれたのだから。
『本当に、行ってもいいのか?』
最後に確認だけすれば、彼女はまるで親におもちゃをねだるようなキラキラした瞳で言った。
『むしろ来てほしい。私の家に来て、一緒にアニメ見よ?』
『……分かったよ』
ぱぁっと顔を明るくさせるイヴ。
その笑顔が可愛すぎて、俺の頬まで緩んでしまった。
『でも、今日じゃないぞ』
『えぇー?』
『今度はちゃんと泊まる用意をしていきたいから、その時にな』
はぐらかしたように聞こえるかもしれないが、彼女との約束は確かに俺の脳に刻まれた。
むくれた表情のイヴを見ながら、俺は彼女とのお泊りに密かに心を踊らせるのだった。
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