30話 金髪美少女は大切な人

 制服の袖に手を通し、胸から下に連なるボタンを結ぶ。


 あれからイヴとはあまり話していない。

 話すことがないのもそうだし、きっとイヴもどうやって声を掛けたらいいのか分からないのだろう。


 でも一番は、あんな醜態をさらしてしまったことを恥ずかしく思う俺がなんとなく彼女を避けているからだった。


 ……いや、だってあんなにはしたなく泣いたんだぞ?

 イヴに必死に縋り付いて、子供のように声を上げて。


 絶対引かれたに違いない。

 いや、あいつのことだから引いてないかもしれないが、それを抜きにしても俺が恥ずかしくて話しかけられない。

 今は朝食を済ませて学校に行く準備をしているが、後で彼女に教科書を見せてもらうお願いもしなくてはいけないのに。


 先が思いやられて深いため息を吐くと、不意にドアのノック音が部屋に響いた。


「な、なんだ?」


 ビックリして、思わず声が裏返ってしまう。

 そんな俺も特に気にせず、ノックしてきた主はドアの向こうから声を上げた。


『シュウト、ちょっといい?』

『……なんだ、イヴか』


 いや、なんだってなんだ。

 そうやって言えるほど、俺は彼女と落ち着いて話をしていられないのに。


『入ってもいい?』


 俺の様子を気にしているのか、重ねて問いかけてくるイヴ。

 普段の彼女なら最高でも一回問いかけてくるだけでドアを開けてくるような気がするので、相当気を遣わせているみたいだ。


 彼女と話すのが気まずくても、だからと言って追い返すわけにはいかない。

 俺は心を落ち着かせるために何回か深呼吸をした後、おずおずと声を上げた。


『……い、いいぞ』


 ガチャリと音を立ててドアが開かれる。

 そこから制服を身にまとう見慣れたイヴが、不安そうな顔をして現れた。


『も、もう行く準備は終わった?』

『あ、あぁ……そう、だな』


 俺は上半身をまさぐってぎこちなく言葉を発す。


『そ、そっか』


 対してイヴもどこか居たたまれなさそうな雰囲気を醸しながらベッドに腰を下ろした。


 このまま黙っていたら、絶対気まずくなる。

 潜在的に察知した俺は間髪入れずに続けた。


『何かあったか?』

『あっ、うん。えっと……』


 気まずい雰囲気を彼女に押し付ける形になってしまったことに心の中で謝りながら待っていると、言葉を探していた彼女は恐る恐るといった様子で口を開いた。


『もう大丈夫なの?』

『あぁ。ごめん、心配かけたよな』

『心配というか、私が何かしたんじゃないかって不安で……』

『それは違う』


 彼女の不安げな表情を見ると、あれだけ恥ずかしそうにしていた自分にはずかしくなってしまう。

 俺の心配をしてくれて、さらにはそれを自分のせいにしようとしていることに申し訳なく思わずにはいられなかった。


 俺も彼女の隣に腰を下ろす。


『イヴが何かしたわけじゃない。ただ、イヴが言ってたように悪い夢を見てたんだ』

『……聞いてもいい?』

『……父さんと母さんが死んだ夢だ』

『えっ?』


 顔を青白く染め上げるイヴに、俺はゆっくりと話し出す。


 その夢の内容と、その夢が夢ではないことを。


『――ってことは、シュウトのパパとママはもうこの世にはいないってこと……?』


 彼女の問いに、静かに頷く。


『もう大切な人を失いたくない。そう思ったときに、そもそも大切な人をつくらなければいいって結論にたどり着いたんだ。だから、俺はイヴに素っ気なく接してた』

『そう、だったんだ……』


 イヴは悲しそうな表情を浮かべる。

 それはまるで、自分を責めているかのように。


 だから俺は、膝の上で震えている彼女の手をそっと自分の手で覆った。


『イヴは何も悪くないよ』

『でも! ……それなのに私、身勝手な理由でシュウトと関わって、シュウトを困らせて……』

『確かに困らせたかもしれないな』


 出会った日から、イヴを見ない日はなかった。

 たった数日間の中でも、俺の隣にはいつもイヴがいた。


 それはもう、しつこいくらいに。


『笑い事じゃないでしょっ』

『俺にとっては笑い事なんだよ』


 俺は彼女の手を取る。

 ぎゅっと握る。


 昨日彼女がしてくれたような、恋人繋ぎで。


『少し前まで、俺は大切な人をつくってしまうことが怖かった。でも、イヴが大切な人になったら、その恐怖も薄れたんだ』

『私が、大切な人……?』

『あれだけべったりくっつかれたら、大切な人にならないわけがないだろ』


 目を点にするイヴを、俺は笑い飛ばす。


 少しうるさいけど、それ以上に一緒に居るのが楽しくて。

 心地よくて。

 俺のことをここまで思ってくれて。


 そんな人が、大切な人にならないわけがなかった。


『……ありがとう、俺の大切な人になってくれて』

『シュウト……』


 声を震わせたイヴは、まるで顔を隠すように俯いて俺の肩に押し付けてきた。


『俺の泣き顔は見たのに、自分の泣き顔は見せたくないって不公平じゃないか?』

『うるさい、いいから静かにしてて』

『静かにしたらイヴの鼻をすする音が聞こえるけど?』

『……やっぱりうるさくしてて』

『どっちだよ』


 イヴの気持ちが少し分かったような気がする。

 にちょっかいをかけるのは、どうやら幸せな気持ちになるらしい。


 でも、それを伝えるのはまだ先。


 代わりに彼女の言う通り「あー、あー」と声を出して泣く音を聞かないようにすれば、不意に彼女が吹き出すのだった。

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