27話 金髪美少女のネグリジェ

 ――結局、イヴの入った湯船に入るのは何となく恥ずかしいので、俺から風呂に入ることにした。


 もちろん彼女にそれが恥ずかしいことは言っていない。

 言ったらまたからかわれるだろうから、『俺が先に入る』と言うだけに留めておいた。


『……あ、上がったぞ』


 晩ご飯を済ませ、風呂から上がった俺は先程買った服を来てイヴの部屋に彼女を呼びに行く。

 ベッドに座りながらスマホを弄っていた彼女は俺を見ると、目をキラキラと輝かせながらこっちに小走りで向かってきた。


『格好いい!』

『ね、寝間着に格好いいも何もないだろ』


 ちなみにイヴのチョイスは、黒の半袖と短パンの縁に白い線のアクセントが入ったパジャマだった。

 薄手の生地で通気性もよく、着心地もいい。


 イヴは格好いいと言ったが、大方俺の私服姿を見たことがないから新鮮なんだろう。

 この服を否定するわけではないが、シンプルなパジャマを着ただけで格好よくなれるほどファッションは甘くない。


 ファッションの「フ」の字も知らない俺だが、そんな単純ではないことだけは分かっていた。


『それでも、私にとっては格好いいのっ』


 俺の言葉に不満げに返したイヴは、不意に足を曲げてしゃがみ込む。


『へぇー、すね毛は薄いんだね』

『バ、バカっ。そんなとこ見るなっ』


 後ずさった俺が腕で隠そうとしゃがめば、目線が同じ高さになったことでイヴと目があった。


『ちゃんと手入れしてるの?』

『してる余裕も暇もない』


 ただでさえ生活でカツカツな思いをしているのに、身だしなみなど気にしている余裕はない。

 水で寝癖を直すくらいはしているが、表にあまり出ないすねや腕などの毛には何も手を付けていなかった。


『そうなんだ。……そういえば、湯船には入ったの?』

『入ったけど、それがどうした?』

『そっか。ってことは、私はシュウトの残り湯を楽しめるってわけだね』

『は、はぁ!?』


 思わず立ち上がってしまう。


 ……そうか、俺がイヴの残り湯に入るのを避ければ、必然的にイヴが俺の残り湯に入ることになる。


 盲点だった。

 なんでそこまで考えなかったのだろう。


『お前は変態なのか?』

『シュウトのことになると、ちょっと変態になっちゃうかもね』

『っ……』


 小悪魔的な笑みを見せつけられ、言葉を失ってしまう。

 悩殺されているうちにイヴは立ち上がってドアノブに手をかけ、こちらにくるりと振り向いた。


『じゃあ私、お風呂に入ってくるから。部屋で待ってて』

『なんでイヴが俺の部屋に来る前提なんだ』

『まだ寝るまで時間あるし、いろいろお話したいなぁって思って』

『……湯船に入るなよ』

『それを選ぶ権利は私にあるからね。シュウトになんて言われようと私は入るよ』

『どうしてそんな頑ななんだよ……』


 俺の思いも虚しく、イヴは扉の向こうに消えていく。

 イヴの部屋に一人取り残された俺は、とりあえず自室に戻ることにした。


 どうして彼女はあそこまで自分を曝け出せるのだろう。

 さっきだって自分の部屋に異性一人を残すことすら何も気にしていなかったし。


 彼女は今、俺の残り湯を堪能しているのだろうか。

 あんなことを言われてしまったものだから、俺まで変な気分になってしまいそうになる。


 ……というか、どうして俺はこんなにもイヴのことを考えているのだろう。


 自分を曝け出せる理由も。

 彼女の現状も。

 彼女を意識することだって、何一つ彼女のことについて考える必要はない。


 確実に、惹かれ始めている。

 その事実に気づいてしまい、思わずため息をついてしまう。


 本当はこのまま惹かれてしまいたい。

 でも、いざ離れたときが怖い。


 複雑な気持ちが胸に絡みつき、ベッドの上で寝そべりながら頭を抱えていると、不意に部屋のドアが開いた。


『来たよー』


 イヴが風呂から上がってきたようだ。

 俺は体を起こしてイヴの方を見たが、視界に入った彼女の服装に思わず目を背けてしまう。


『どうしたの?』

『いや、その……露出が』


 彼女は風呂上がりということもあり、寝間着にネグリジェを纏っていた。

 膝までしかない白のレースワンピースに花柄の刺繍が入った薄手のガウンを羽織っている。


 そして何と言っても一番ピックアップしたいのが、胸元の無防備さだ。

 彼女はそこまで大きくないため妖艶さは抑えられているが、逆に言えば最低限の大きさはある。

 微妙に谷間が見えそうで、彼女をずっと視界に入れておく自信がなかった。


 そっぽを向いて少しの静寂が俺たちを支配すれば、その後探り探りといった様子でイヴが言葉を紡いだ。


『……ちょっと頑張ってみたの。どう、似合ってる?』

『似合ってるって……見れない』

『見ていいよ。そのために着たんだもん』


 ちょっとだけ俺に近づいた彼女を、俺は恐る恐る視界に入れた。


 露出した足や胸元はとても白く、ネグリジェとよく合っている。

 彼女のあどけなさとネグリジェの大人っぽさがいい具合にマッチしていて……とても可愛かった。


 ……言いたい。

『可愛い』って言いたい。


 でも『似合ってる』に逃げてしまいたい俺もいる。

 そして似合ってると言えば、彼女との距離をまだ空けられることも分かっている。


 でも……でも……。


『……か、可愛い』

『っ……!』


 可愛かったから。

 すごく、可愛かったから。


 その気持ちを、抑えることはできなかった。


 イヴはゆっくりと俺に近づきベッドに腰をかけると、その体重を俺に預けた。


『……嬉しい』


 いつもなら嬉しそうに抱き着いてくるのに、今は静かにそっと体を擦り寄せてくるだけ。


 それが、どうしようもなくもどかしかった。

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