26話 金髪美少女との攻防戦、再び
『――試着しなくてよかったのか?』
イヴのチョイスで寝間着を買い、その帰り道に俺は隣にいる彼女に尋ねていた。
尚、彼女は今も俺の腕に抱き着いている。
『だって試着した姿を見ちゃったら、感動が薄れちゃうでしょ? 初めて見るシュウトの寝間着は、お風呂上がりの濡れた髪の毛で見たいの』
『……お前、俺のことを“着せ替え人形”か何かと勘違いしてないか?』
やけにルンルン気分だと思ったら、そういうことだったのか。
俺はお前のおもちゃじゃないと眉をひそめれば、イヴは俺をなだめるように手を広げた。
『心配しなくても大丈夫、シュウトにはその服が絶対似合うから』
『あっ、俺は別にこの服が似合ってるかどうか心配してるわけじゃないぞ?』
いやさっきまで心配はしていたのだが、それよりも心配なことができてしまった。
しかしここまでくると、俺の声はもう彼女には届かない。
乗りに乗った彼女は誰にも止められないということを、俺はここ数日彼女と過ごしていて痛感していた。
強いて言えばきっとエラさんなら止められるだろうが、言っても彼女もこいつと同類だからな。
イヴを助長する可能性があることを考えると、身震いせざるを得なかった。
『ご飯食べてお風呂に入ったら部屋で待ってて、行くから』
『……わーったよ』
少し雑に言う。
諦めの気持ちもあるが、せっかく選んでもらったため見てほしい気持ちもあった。
けどそれを悟られるのは流石に恥ずかしいので、努めて気怠そうに言葉を返す。
『そういえば、風呂はどうするんだ』
『どうするって?』
『ほら、誰が先に入るとか』
『私はなんでもいいけどね。まぁでもパパとママは仕事の関係でやることあると思うし、私たちの後になるんじゃないかな』
『そうなのか』
家に帰ってからも仕事とか、どれだけ多忙なのだろうか。
イヴの弁当を食べたことがないという発言から、きっと朝早くからも仕事に追われているのだろう。
学校にプラスして毎日バイトを入れている俺もそこそこ忙しいと自負しているが、もしかしたらイヴの両親は俺以上に忙しいのかもしれない。
その忙しさも、金持ちになった所以なのだろうか。
『まぁ、私はシュウトと一緒にお風呂入ってもいいけどね〜』
『じゃあ一緒に入るか?』
『へっ?』
何気ないその一言に、イヴの顔が“ボッ!”と音が聞こえてきそうなくらい一気に染め上げられる。
『……い、いやいや、冗談だよ? まぁ、一緒に入りたくはあるけどまだ心の準備が……って、そうじゃなくて! う、鵜呑みにしたわけじゃないよね?』
『あぁ、俺も冗談で言った』
『へっ?』
再度、素っ頓狂な声をあげるイヴ。
あの美貌からは考えられない程のアホ面に我慢ができず、思わず吹き出してしまった。
『さっきは不完全燃焼で終わっちゃったからな。これで完全に俺の勝ちだ』
『……ってことは、さっきのは本当に冗談だったってこと?』
『あぁ。考えなしに物を言うとこういうことになるから、ちゃんと自分の言葉には責任を持てよな』
エラさんの乱入により不完全に終わってしまった俺たちの攻防戦。
どこかで方をつけたいと思っていたところに丁度いい火種が舞い込んできたので、ありがたく利用させてもらったのだ。
流石、俺。
機転が利いている。
……何、さっきからずっとイヴに翻弄されてるからこの勝負は引き分けだって?
知らん、最後に勝った奴が正義だ。
と思っていたが、どうやらこれが最後ではないらしい。
悔しそうに俺を睨んでいたイヴが俺の腕を抱き締める力を強めた。
『……じ、じゃあ、一緒にお風呂入ろうよ』
『はっ? いやいや、だからさっきのは冗談だって――』
『言ったじゃん、自分の言葉には責任を持てって。私が責任を持つから、シュウトも責任持ってよ。一緒に入ってくれるんでしょ?』
『いや、それは――』
『私に言ったのに、シュウトは自分の言葉に責任を持たないの?』
俺が言葉を発す度にそれを遮って、恥じらいながらも迫ってくるイヴ。
まさかここまで食い下がってくるとは思わず、俺はだんまりを決め込んでしまう。
イヴのこれは反撃のつもりなのだろうが、その中に本気が混ざっているからタチが悪い。
真っ直ぐな瞳でそう言われてしまっては、断るものも断りきれなかった。
……でも、これは流石に断らないといけない。
『……ごめん、一緒に入るのは無理だ。責任から逃れたい云々じゃなくて、そういうことはせめて付き合ってからじゃないと』
『付き合ったら一緒にお風呂入ってくれるの?』
『それは……そう、かもしれないけど。っていうか、まだ付き合うって決めたわけじゃないからな』
どうしてか付き合う前提で話が進んでいるような気がしたため、俺はそこだけ執拗に釘を刺す。
『じゃあやっぱり何をするにしても、まずはシュウトと付き合うことが最優先ってことか……』
組んでいた腕が解かれる。
『……あ、あの、イヴさん?』
そのまま先に進んでしまいそうになったイヴを思わず呼び止めると、彼女はくるりと振り返って言った。
『シュウト、早く帰って一緒に寝よ!』
『お、おい!』
俺の声に反応することなく、パタパタと走りながらイヴは先に行ってしまう。
結局、俺は彼女に勝てたのだろうか。
そんな疑問が渦を巻く中、一つの違和感に気づく。
そしてその正体に気づいた俺は、思わず目を見開いた。
『……って、ちょっと待て! なんで一緒に寝る前提になってるんだ!?』
聞き捨てられない言葉が聞こえてしまったため、俺は慌てて走り出す。
本当に一緒に寝るのだろうか。
あと結局、風呂はどちらから先に入るのだろうか。
様々な疑問が頭の中で飛び交う中、俺が走り出したことに気づいて逃げ出す彼女を必死に追いかけるのだった。
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