23話 金髪美少女の母親は俺を泊めたい

『――そうだ! シュウト、今日うちに泊まっていかない?』


 唐突にエラさんからそう言われたあと、俺は彼女に背中を押されて来客用の寝室に無理やり通されていた。


『ま、待ってください! 俺まだ泊まるなんて一言も……!』

『でも、もう時間も時間だし帰っちゃうんでしょ?』

『それはそうですけど……』


 時刻はもう午後五時を回っている。

 帰るのに最低でも一時間以上はかかるだろうから、本当はもうちょっと早くに帰りたかった。


 晩ご飯を作らなければいけないし、洗濯や宿題だってしなきゃいけない。


『イヴから聞いたわ、一人暮らしなんだってね。だったら、このまま帰るよりも泊まっていった方が楽だと思わない?』

『でも泊まるって言ったって、着替えも何もないですよ』

『買ってくればいいじゃない、着替え以外に必要なものも全部。お金は出してあげるから』

『そんな、できません!』

『私の家の財力を舐めないで頂戴。それくらい買ったって、うちの家計には傷一つつかないわ』


 腰に手を当て、大きな胸を張るエラさん。

 いや、そこを懸念して拒否してるわけではないんだが……。


 にしても、本当に金持ちなんだろうな。

 この客間だってイヴの部屋と同じぐらい広いし、リビングはこの部屋の倍の広さがあった。

 今だって躊躇いもなく俺にお金をあげようとしたり、この前もイヴが食べたいからという理由だけでサラッとアイスを買っていた。


 俺にそんな財力はない。

 差がありすぎて、嫉妬すら烏滸がましく感じてしまう。

 そんな俺がこの家に泊まることもまた、申し訳なく感じずにはいられなかった。


『やっぱり、無理です。そこまでしてもらうのは』

『そんなに意固地にならなくてもいいのに』

『どっちがですか』


 どうしてそこまで俺に泊まらせようとしてくるのだろうと思えば、エラさんは新たな提案をしてきた。


『じゃあ、これならどう? 貴方は貴方のためじゃなくて、イヴのために泊まるの』

『イヴのために……?』

『イヴは貴方のガールフレンドになりたいって思ってる。でも貴方は、ざっくり言えばイヴのことをイマイチ信じきれないから無理だって言ってるんでしょ?』

「っ……!」


『そんなことない』という言葉が喉の奥でつかえる。


『……どうしてそこまで分かるんですか』


 代わりに出てきたのがそれだった。


『貴方との間に起こった出来事や話は全部イヴから聞いてるからね。でも私にバラしたからってあの子を責めないであげて頂戴。それだけ、貴方と関われるのが嬉しいのよ』

『関われるのが、嬉しい……』

『一晩だけじゃ足りないかもしれないけど、少しでも長く一緒にいれば、よりあの子を信頼できると思うの。現時点でもある程度信頼してるみたいだし』


 エラさんは俺の心を全て見透かしたように言葉を紡ぐ。


 すごい……というより、怖い。

 この人の前では、何も隠し事ができなさそうだ。


『イヴには当人ということもあって隠せているようだけど、あの子はまだ幼いからね。私には隠せないと思ったほうがいいわ』

『……これも全部、イヴのためですか?』


 少し、羨ましかった。

 自分の娘のために、出会ったばかりの赤の他人をここまで分析できる。

 まるで『あの子のためなら何でもしてやる』とでも言わんばかりに。


 俺に、そういう存在はもういない。

 近くで身を挺してくれる人も、愛情を注ぎ続けてくれる人も。


 ふと過去を思い出してしまって俯くと、エラさんは俺の顔を優しい表情で覗き込みながら言った。


『イヴの大切な人は、私の大切な人よ。貴方、ずっと苦しそうな顔をしてるんだもの。大切な人がそんな顔をしてるのは嫌だわ』


 胸が、ぎゅっと掴まれたような感覚。

 体の奥底から、何かがせり上がってくるような。


 でも、俺はそれを必死に我慢した。


『どう? 泊まる気になった?』


 いつもの調子に戻ったエラさんに少しだけ涙が引っ込んだ俺も、また苦笑を浮かべながら言った。


『……どれだけ意固地なんですか』

『あら、それはお互い様じゃない?』


 確かに、そうかもしれないな。


 ここまで言ってくれていることだし、今更その思いを無碍にするのもまた申し訳ない。

 ここは俺が折れることにしよう。


『分かりました。じゃあ、一晩だけよろしくお願いします』

『ええ。服は私が勝手に買ってくるわけにはいかないから、シュウトが買ってきてくれる? お金は出すから』

『はい。……すみません、ありがとうございます』

『いいのよ、気にしないで。何回でも言うけど、これくらいどうってことないから。極端に言えば、シュウトを一人養うのだって大したことないわ』

『そんなにですか……』


 どれだけ金持ちなんだ……。

 デイヴィス家の財力は底が知れなかった。


『――ママ、遅い! いつまで二人きりでいるの!』


 話が一段落すると丁度よく(?)イヴがやってきて、また嫉妬していたのか勢いよく俺に抱き着いてくるのだった。


 イヴ、せめてエラさんの前で抱き着くのはやめてくれ……。

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