22話 金髪美少女は嫉妬する
『――えっ、じゃあ本当にそういうことをしてたわけじゃないの?』
『はい』
『イヴのボーイフレンドになったわけでもなく?』
『そうです』
逃げるイヴの母さんを捕まえた俺は、リビングでイヴも交えてテーブルを囲んでいた。
俺だけでは説得力が欠けると判断したので、イヴも連れてきたのだ。
……でもそんなに頬を赤らめてたら逆効果だろっ!
『じゃあ、なんで“愛してる”って言い合ってたの?』
『それは……一種の勝負みたいなもので』
『……本当に何もしてないの?』
『してません! ほら、イヴからもなんとか言ってやってくれ』
説明しようとすれど、これ以上は俺が恥ずかしくてできない。
疑うように眉をひそめるイヴの母さんの説得を促すために、俺は隣に座っているイヴへ応援を要請する。
すると、彼女は不満そうに唇尖らせながら言った。
『……でも私は、シュウトを愛してるよ?』
『イヴっ!』
彼女を連れてきたのは失敗だったかもしれない。
『わ、分かったよ。シュウトとは、本当にただ勉強してただけ。それに偶然が重なり合って、ああなっちゃったの。“愛してる”って言い合ってたことに関してはもう忘れて』
ほとんどが俺たちの策略で作られたようなシチュエーションではあるが、それでも最低限の説得力はある。
何せイヴの母さんが見たのは俺たちが“愛してる”と言い合っていた場面だけなのだ。
事実が分からない以上、俺たちの言うことを信じるしかない。
『なんだ、そういう関係になってたら面白かったのに』
『面白かったってなんですか』
イヴのような発言をする辺り、本当にこの二人は親子なのだと感じられる。
だが、それは俺のツッコミに要する負担も増えるということとイコールであって、喜ぶに喜べない俺がいた。
『だってイヴはシュウトと付き合うことを望んでるわけじゃない? イヴはちょっと抜けてるところはあるけど、顔も可愛くていい子だから、付き合わない手なんてないと思うけど』
『それは……』
その点に関しては彼女の言う通りだ。
イヴは可愛くて、俺のことを大切に想ってくれている。
強引に距離を詰めてくることもあるがそれも一種の愛情表現であって、俺が本当に辛かったり苦しかったりするときはちゃんと俺のことを一番に考えてくれていた。
全部わかってる。
でも、今の俺はそれを受け止められるだけの自信がなかった。
『……イヴは、悪くないんです。ただ、俺に問題があって』
『問題って、どんな?』
『それは……すみません』
『……いいのよ。ごめんね、私もちょっとふざけ過ぎちゃった。イヴはそれを分かってるのよね?』
『うん。ちゃんと言ってくれたよ』
『そう、ならいいわ』
イヴの母さんの表情が、ふっと緩む。
さっきまでは少し責められているような高圧的なオーラを感じた。
きっと愛する娘を否定されたような気がして不快だったのだろう。
そりゃそうだ。
傍から見れば俺がイヴからの好意を受け付けないということは、俺が彼女を否定しているも同義なのだから。
でも俺は決して彼女を否定しているわけじゃない。
むしろ彼女を否定せざるを得ない俺を責めているだけだということは、知っていてほしかった。
『そういえば、まだお名前を伺ったことがありませんでしたよね?』
『そういえばそうだったわね。私の名前はエラ。エラ・デイヴィスよ』
『エラさんですね、これからよろしくお願いします』
『あら、それだとこれからも顔を合わせるような言い方ね』
『あっ、いえ、そういうわけでは……』
エラさんは意地の悪そうに目を細める。
まだ彼女のいたずら心にエンジンがかかってきたようだ。
きっとこれからイヴと関係を持つから、俺がそういう言い草をしているのかと言っているのだろう。
そういう意味ではないと否定すれば、エラさんはクスリと笑った。
『冗談よ、冗談。これからよろしくね』
『は、はぁ……』
思わず苦笑を浮かべてしまう。
ただでさえイヴの相手をするだけでも体力を使うというのに、それが実質二倍になったのだ。
まだ笑えているだけいいと思ってくれ。
『……なんか、ママの前だとシュウト素直じゃない?』
疲れていると、イヴはそう言って俺の腕を優しく抱いてくる。
『ちょ、何するんだよ』
『あら? イヴ、ママに嫉妬してるの?』
エラさんが微笑ましそうにすれば、イヴは頬を膨らませながら俺の腕をより強い力で抱いた。
ちょ、なんか柔らかいのが当たってるって。
『イヴ、それはね。シュウトが私よりもイヴを信頼してくれてるからよ』
『信頼してたら、どうして意地悪になるの?』
『私みたいに出会って間もない人に対しては、その人が本当の自分を受け入れてくれるか分からないから、それ以上によく見せようとするの。でも、イヴみたいに本当のシュウトを受け入れてくれる人には、シュウトも本当の自分を出せるのよ』
『シュウトにとっての本当の自分が、その意地悪だって言うの?』
『そういうこと。つまりツンデレってことね』
『お、俺はツンデレじゃありません!』
『そういうことだったのか……』
『お前もお前でなに納得してるんだ!』
いや、俺自身も薄々気づいてはいる。
でも否定するしかないじゃないか。
それを認めてしまえば「俺はかっこいい!」って言ってる奴くらい痛い奴になってしまうのだから。
『シュウトは、本当の自分でいてくれてる?』
『お、俺?』
『うん』
いきなり俺に矛先が向くとは思っておらず、少々気圧されてしまった。
イヴは真っ直ぐに俺を見つめてくる。
その瞳は本気で、どこにもふざけている様子は見当たらなかった。
まぁ、本当は彼女と素直に接したい俺もいなくはないが、素直なれない俺も本当の俺ではある。
『……そう、だな。少なくとも今は、自分を偽ってるつもりはない』
だが素直に言うのはやはり小っ恥ずかしくイヴから視線を逸らして言えば、視界の端でみるみる顔を明るくしていく彼女に今度は抱き着かれてしまった。
『シュウトっ!』
『うわっ! だ、だからくっつくなって……』
いつもならすぐに彼女を引き剥がそうとするはずなのに、何故か今は彼女を受け入れてしまっている。
どんどん、俺の体が思い通りに動かなくなっていく。
怖いはずなのに、彼女と抱き合っているせいかむしろ安心する。
いい匂いもするし、できればこのままずっと抱き合っていたかった。
『……やっぱりお似合いだと思うのよねぇ』
『はっ!?』
しかしエラさんの存在に気づいてしまったため、羞恥に頬を熱くさせながらイヴを引き剥がすのだった。
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