18話 従姉弟はイヴを信じてる
……翌日、俺たちの関係に変化はなかった。
いつものように登校し、眠気に耐えながら授業を受け、昼休みに屋上でイヴと一緒にご飯を食べながら日本語を勉強する。
彼女が分かりやすくベタベタしてくることもなければ、俺から距離を近づけに行くこともない。
いや、いつも通りイヴは物理的な距離をお構いなしに近づけてくるのだが、あくまでいつも通りなのだ。
俺が彼女を信じられるかもしれないと言ったからといって、変に密着してくることはない。
あくまでいつも通りの一日を俺たちは過ごした。
でも、心の距離は少しだけ縮まったような気がした。
彼女と二人だけの空間は居心地よくなったし、自然と笑顔も出てくるようになった。
少しだけ、生きることが楽しくなった。
でも、それと同時に不安も大きくなった。
ずっと俺のそばにいると言ってくれたとはいえ、いつ何が原因で彼女が離れていくか分からない。
愛想をつかされるかもしれないし、はたまた予想もつかないところでどちらかが死んでしまうかもしれない。
そう思うと、ものすごく怖かった。
「――よぉ修斗、調子はいいか?」
「うわっビックリした。……って、なんだ千夏か」
バイトが始まる前に更衣室でパイプ椅子に座りながら考え事をしていると、不意に千夏がドアを開けて入ってきた。
「……だから、ここ更衣室なんだけど」
「修斗しかいないことは他のスタッフに聞いて確認済み。だから入ってきた」
「いや関係ないだろ。極端に言えば男性用トイレに入ってきてるようなものだからな?」
「私はそんな変態じゃない」
「ならそれを行動で証明してくれよ……」
千夏は少々男勝りなところがある。
全体的にがさつだったり、語尾が荒っぽかったり。
他はどうだか知らないが、少なくとも俺には性別の壁すら隔たりなく接してくるのだ。
そのせいか、二十代後半にもなって彼氏の一つもできたことはなかった。
そしてそれを千夏は地味に気にしている。
「んで、何か用があるからわざわざここに来たんだろ」
「用って言えるほどのことでもないけど……昨日、イヴちゃんと通話したんでしょ」
「は?」
眉をひそめる。
千夏を見上げる。
……ニヤニヤがうぜぇ。
「どうして知ってる」
「実はねぇ……」
千夏は楽しそうにスマホをズボンのポケットから取り出すと、何やらいろいろと操作して自慢げに俺に見せつけてくる。
そこには、イヴとのメッセージでのやり取りがすべて英語で映っていた。
「いいだろー、私もイヴちゃんの連絡先貰っちゃった」
「いやいや、なんでだよおかしいだろ」
「おっと、これは私から持ち掛けたんじゃないよ? イヴちゃんがわざわざ翻訳機を使ってまで連絡先を交換したいって言ってくれたんだ」
「あいついつの間に……!」
やっぱりあいつは策士だった。
いや、本当に策士なのか?
あいつのことだから、ただ単に俺の従姉弟だからという理由で千夏の連絡先を欲しがった可能性もなくはない。
でもここ最近の彼女の動きを鑑みるとどう考えても狙ってやっているとしか思えないし……。
というか狙ってやっていたとして、どうして千夏の連絡先なんか欲したのだろう。
例え持っていたとしてもそこまで使えるとは思えない。
……明日、全部問い質してみよう。
「というか、ちゃんとやり取りできてるのか? 英語もできないのに」
「そこはほら、Glegle先生で」
「この際だから勉強してみろよ。この先、英語ができないと大変だぞ?」
「わ、私のことはいいんだよ」
眉をひそめてそっぽを向く千夏だったが、その後ふっと笑って今一度こちらを見た。
「結構信頼してるんだね、イヴちゃんのこと」
「別に、そうでもない」
「いいや嘘だね。じゃなかったら、英語が嫌いなことイヴちゃんに打ち明けてないでしょ」
「……本当、なんでも知ってるのな」
「昨日のやり取りは全部私に筒抜けだと思った方がいいよ」
思わずため息が出てしまう。
本当に、あいつはいったい何がしたいのだろう。
「だからやけに上機嫌なのか?」
「そんなに上機嫌に見える?」
「口角が上がってる。この手の話をするときには、いつも暗い顔をしてるのに」
「……まぁ、そうだね。修斗を心配する必要がなくなったから」
「どうして? 別に何か変わったわけじゃないのに」
「変わったよ」
千夏はもう一つパイプ椅子を出してきて俺の隣に置き、そこに腰を下ろした。
「修斗が少しずつイヴちゃんに心を開き始めてる」
「――っ」
「おっと、もう否定はさせないよ、しても意味ないしね。どうせ自分でも気づいてるんでしょ」
否定しようと口を開けば、千夏に掌を向けられる。
どうやら、もう彼女は騙せないみたいだ。
彼女の言葉を肯定するのも憚られ、俺はそっぽを向いて無言を返した。
「イヴちゃんなら、きっと修斗を救ってくれる。私は、それを信じてるから」
「……全部話したのか?」
「話してないよ。それは、修斗が自分でイヴちゃんに伝えるべきだから」
「もし俺が伝えなかったら?」
「伝えるよ、絶対」
その自信は、いったいどこから来ているのだろう。
俺は再度ため息をつくと、千夏は鼓舞するように手をパチンと叩いて立ち上がった。
「さぁ、お喋りはこのくらいにしよう。早く仕事に戻らないと、スタッフたちに文句言われちゃうよ」
「……あぁ」
イヴを信じたいけど、信じたくない。
俺は、いったいどうすればいいのだろう。
暗い気持ちが体の中で渦を巻いて、今日は思ったように仕事ができなかった。
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