15話 金髪美少女は緊張してる。もちろん俺も緊張してる。

 ――“手は空いたけど、どうする?”


 バイトから帰り、やるべきことを一通り終わらせ寝る準備を済ませると、俺は机に向かってイヴに英語でメッセージを送る。

 ちなみにこのメッセージを送れるようになったのも、イヴが勝手に俺の電話番号で友だち登録していたからだ。


 それも俺に断りが一切ないというところがまたいやらしい。

 普段があんな調子だからこれを狙ってやっているのか、それともたまたまパッと思いついたからやっているだけなのか分からなかった。


“通話できるの?”


「早っ」


 送信して十秒も経たずにメッセージが返ってきたため、思わず声を上げてしまった。


“返信早いな”


“シュウトに準備しておけって言われたから、一時間くらい前からずっと待ってたよ”


“そんなに待ってなくてもよかったのに”


“待つって言っても、暇を持て余して漫画を見てただけだから、そこまで気にしなくてもいいよ。じゃあ、電話かけるね”


 電話かけるね、という言葉に心拍数が高まる。


 イヴが“初めての通話だ”的なことを言っていたが、俺もこれが初めての通話だった。

 そのせいか、ただイヴと通話をするだけなのに緊張する。


 俺たちはいつも顔を合わせて会話をしている。

 それがただスマホ越しになるだけで、他は何も変わらない。


 緊張する必要なんてどこにもないんだ。

 俺はいつも通りに彼女と会話をすればいい。


「はぁー……うわっ!?」


 大きく息をつき、心臓を落ち着かせる。

 しかしスマホから突如鳴り響いた着信音により、それが無意味になってしまった。


 でも、もう心臓を落ち着けている暇はない。

 そんなことをして時間を食っていれば、スマホの向こうにいるイヴに怪しまれてしまう。


 俺は震える指で応答ボタンをタップし、続いてスピーカーをオンにした。


『……イヴ?』

『うん、イヴだよ。イヴリン・デイヴィス』

『なんでフルネーム?』

『へ? あっ、いや、“イヴ?”って聞かれたから、一応言っておいた方がいいかなぁって』

『そ、そうか』

『うん』


『…………』

『…………』


 ……なんだ、この沈黙は。

 もう勉強に入ってもいいのか?

 それとも、もうちょっと何か喋った方がいいのか?


 やばい、心臓がバクバクいってる。

 なんでこんなに緊張するんだ。


 ただ、イヴと通話をしているだけなのに。


『え、えーっと……き、今日は天気がいいね』

『どうした、急に』

『へっ? あっ、えと……その……』

『……大丈夫か?』

『う、うん! 大丈夫! 気にしないで、あはは……』


 乾いた笑いがスピーカーを通して聞こえてくる。


 なんか、イヴの様子がおかしい。

 いつものような言葉のキレがないし、喋っていることも変だ。


 でも、だからといって俺も彼女の心配をしている余裕はない。

 ちょっと口を開けばすぐに意味のわからないことを口走ってしまいそうだし、そもそも声が震えて彼女に緊張しているのがバレるかもしれなかった。


 また俺たちの間に沈黙が降りる。

 この沈黙がどうしようもなく気まずい。


 だから何かを口にしたいのに、それをする勇気もない。

 こうなるんだったら、千夏に通話をするときのアドバイスを貰えばよかった。


 どうすればいいんだろう。


 まるで迷子になった子どものような強い不安感を覚えていると、スピーカーから彼女の震えた声が聞こえてきた。


『な、なんか、緊張するね』

『緊張?』

『う、うん。いつも顔を合わせて話してるはずなのに、スマホ越しになると急に緊張しちゃって……』


 そうか、イヴも緊張してるのか。


 緊張しているのが俺だけではないという事実に、少しだけ心臓の高鳴りが収まったような気がした。


『……俺も、緊張してる』

『シ、シュウトも?』

『うん。だから、イヴだけじゃないよ』


 もしかしたら、イヴも俺と同じく緊張で不安を感じているかもしれない。

 そうだとしたら、少しでもその不安を解いてあげたい。


 そう思い口を開けば、クスッと笑い声が聞こえた。


『……なんか、シュウト可愛い』

『なっ!? 別に、可愛くないだろっ』

『可愛いよ。いつも澄ました顔してるのに、通話で緊張してるんでしょ?』

『お、お前も人のこと言えないだろ』

『ねぇ、ビデオ通話にしない? シュウトの恥ずかしがってる顔見てみたい』

『っ!? ……絶対にビデオ通話にしないからな』

『えぇー? けちんぼだなぁ……』


 なんか、イヴの調子が戻ってきたような気がする。


 どうして彼女は平気になったのだろう。

 俺はまだこんなに緊張してるっていうのに。


 これじゃあ、俺がイヴを心配してたのがバカみたいじゃないか。


『……なんか、緊張がなくなってきたかも。シュウトも緊張してるって分かったからかな。ありがとうね』

『別に、俺は何もしてない』

『そう? ならいいんだけど』


 嘘だ。

 本当は、何かしていた。

 そして、きっと彼女もそれに気づいている。


 嬉しそうな彼女の声が、それを物語っていた。


『……って言うか、俺はまだ緊張が解れないんだけど』

『だったら、お互いに顔を合わせてみようよ。そうしたらきっと緊張が解れるよ。だからほら、ビデオ通話に切り替えて……』

『……騙されないぞ』

『気づかれちゃったかぁ〜』


 イヴの楽しげな声に、俺は大きなため息をつくのだった。

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