14話 金髪美少女は通話したい

『――今日も売店のメロンパンが美味しいね、シュウトっ』

『お前、ここに来てからそればっかりじゃねぇか』

『だって美味しいんだもん』


 翌日の昼休み。

 俺はいつものようにイヴと屋上で昼食を取っていた。


 地味に習慣化されているのが怖すぎる。

 ご飯を食べるためだけなら彼女の誘いを無視できたのだが、この時間は彼女の日本語の勉強を手伝わなくてはいけないためどうしても無視できなかった。


 本当は関わっちゃいけないのに、気づけば彼女が俺の生活の一部になっている。

 この部分も彼女の計算の内なのだろうか。


 だとすれば、心底恐ろしかった。


『そういえば、出したはちゃんとやってきたか?』

『うん、やってきた。ほら見て』


 俺は食べていた弁当を横に置き、イヴからノートを受け取る。


 彼女が転校してきてからというもの、俺は毎日彼女の日本語の勉強を手伝っている。

 とは言っても、昼休みの時間だけでは教えられるものも教えきれない。

 時間的な問題もそうだし、机がないのも『読み』ではなく『書き』を練習したいときには致命的だ。


 ということで、前日にある課題をイヴに言い渡していた。


 それは、ひらがな五十音を三回ノートに写してくるというものだった。


 一つページを捲れば、そこには大量のひらがなが並んでいた。

 それでも一種類のひらがな毎に書き順や書く方向を示す矢印などがカラーペンで丁寧に表記されている。

 見やすいように適宜空間も空けられてあって、とても綺麗にまとめられてあった。


 てっきりここまでマメにまとめてくるとは思っていなかったので、思わず目を見開いてしまった。


『こんなに丁寧にやってきたのか。ただひらがなを書いてくるだけでよかったのに』

『それでも昨日だけじゃ覚えられなさそうだったから、いつでも見返せるように考えて作ったの』

『大変だっただろ。よく頑張ったな』

『やった、シュウトに褒められたっ』


 ……こうやってイヴに好印象を残すからダメなんだよな。


 でも、褒めればこうして素直に喜んでくれる。

 その笑顔がどうしても可愛くて、嬉しく思えてしまうからやめられなかった。


『でも、やっぱり書きもシュウトと一緒に練習したい』

『なんでだよ。本当は書きだけじゃなくて読みもイヴ一人で勉強しようと思えばできるんだからな』

『それでも、シュウトに教えてもらった方がちゃんと頭に入るんだもん。一人で勉強したら褒めてくれる人もいないし。私のモチベーションに関わるっ』


 いや、俺は別にイヴのモチベがなくなって勉強を諦めてくれた方が、彼女と関わる時間が減ってありがたいんだが。


『そうは言っても、じゃあどうするんだよ』


 俺はポリポリと頭をかく。

 教室で勉強しようにも周りの視線が気になるし、放課後はバイトがあってイヴに時間を割いている暇はない。


 効率の面に関しても、俺の思いに関しても、イヴが一人で勉強してくれるのが一番よかった。

 でもイヴは一人で勉強したくないって駄々をこねるし……。


 どうして俺はイヴのためにこんな悩まなくてはいけないのだろう、と段々ムカついてきていると、急に彼女が俺の膝に手をついて身を乗り出してきた。


「うわっ!? ……なんだよ」

『シュウト、通話があるよ』

『通話……まぁ、確かにそれだったら一緒に勉強はできるな。あと近い』

『ビデオ通話にすれば必要な時にノートも見てもらえるし、名案だと思わない?』

『だから近いって』


 イヴが俺から離れると、俺はため息をつく。


『シュウトって、いつもどの時間帯に手が空く?』

『バイトが終わって、一通り家事をすませてだから……それでも十時とか、結構遅い時間になるぞ』

『遅くなってもいいから、一緒に通話して勉強しよ』


 本当なら、ここで断ってもいい。

 その選択権が俺にはあるし、そうすればイヴと関わる時間が減り自由な時間が増える。


 それでも、俺を見つめる彼女の瞳はとても真っ直ぐだった。

 日本語を勉強したいという真摯な思いが伝わってきて、その思いを拒むことが俺にはできなかった。


『……分かったよ』

『ありがとう! 私、ずっと誰かと通話してみたいと思ってたんだよね~』

『おい』


 俺の善意を返してくれ。


『って、イギリスの友達とは通話しないのか?』

『時差があるからね。日本が起きてるとき、イギリスは寝てるから』

『通話したくてもできないってことか』

『そういうこと』


 イヴが頷くと、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 俺は食べ終えた弁当を片付けながら言った。


『通話できるようになったらメッセージ送るから、いつでも勉強できるように準備しておけよ』

『はーい』


 イヴの気の抜けた声を聞きながら、俺は彼女と一緒に屋上を後にするのだった。



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