12話 金髪美少女はカイが好き

 とりあえず千夏にカウンターを任せ、イヴを席に案内する。

 あまりに突然の登場で見えていなかったが、彼女は家族と一緒にこの店に来たようで、俺は彼女の父親と母親も一緒に案内した。


『カイ、ここでアルバイトしてるんだぁ』


 イヴは席に座ると、店内を見回しながら感嘆の声を漏らす。


 ……面倒なことになった。

 イヴがこのレストランに来たせいで、彼女や千夏に対する必死の説明がすべて無駄になってしまった。

 また一から本当のことを説明しなくてはいけないと同時に、千夏は俺をイジり、イヴは俺の説明をもとにいろいろ動いてくるに違いない。


『今度は勝手に俺の情報を盗んでここに来たわけじゃないよな?』

『盗んでないよ! 今日はたまたまパパとママの仕事が早く終わったからみんなで外食しに行こうって話になって、ここが美味しいって聞いたから来てみたの』


 イヴの顔色を見るに、どうやら彼女の言っていることが嘘ではなさそうだ。


 ってことは、本当にたまたまってことか……。


『――ねぇ、イヴ。この子がイヴの?』

「ボ……!?」


 イヴの母親らしき女性がニヤリ顔で零した言葉に、俺は思わず眉を歪ませてしまう。


「ボーイフレンド」という言葉を日本語に直訳すれば「男友達」という意味になるが、海外では主に「彼氏」という意味で使われる。

 彼女はきっと俺のことをイヴの彼氏だと勘違いしているのだ。


『ち、違うよママ! 彼はただの友達!』

『でもイヴ、家ではずっと“日本で新しくできた友達のことがすごく好きなの”って幸せそうな顔しながら言ってたでしょ?』

『ち、ちょっとママ!』


 俺は彼女らの会話をどういう顔をして聞けばいいのだろう。

 とにかく冷静でいるために、一旦彼女らの様子を観察しておこうか。


 イヴの母親はとても明るい人のようで、言葉に合わせて体をジェスチャーのように動かしながら話している。

 イヴが美少女であるように、その母親もまた顔が整っていて綺麗な人だった。


 対してイヴは顔を真っ赤にしながら必死に母親を止めようとしている。

 そんな二人の様子を奥でイヴの父親が優しく微笑みながら見ていた。


 これが、イヴの家族なのか。


 楽しそうで、仲睦まじい。


 まさに、理想の家族。


『イヴから話はたくさん聞かせてもらってるわ。いろいろとこの子を助けてくれたみたいね』


 イヴの母親はイヴに笑みを浮かべると、続いて俺のほうを柔らかい瞳で見つめた。


『ありがとう』

『いえ。助けたと言っても本当に小さなことだけですから、感謝されるほどのことでもないですよ』

『あなたにとってはそうかもしれないけど、イヴにとってはとても大きなことだったと思うの。だから、そんなに謙遜しないで頂戴』

『す、すみません』

『いいのよ。イヴの日本で初めてのお友達が、あなたみたいな誠実な人でよかったわ』


 急に褒められてしまい、頬に熱が差してしまう。


 彼女の言葉には、母性を感じた。

 優しく子どもを諭すような声で、笑いかけながら話してくれる。

 母親だから当たり前なのかもしれないが、俺にはその母性がやけに心地よかった。


『俺はそんなに出来た人間じゃないですよ』

『そういうところも、あなたが誠実な証拠ね。イヴが好きになった理由も分かる気がするわ』

『だからママっ!』


 母親に茶化され、再度イヴが頬を赤く染める。


 その様子に、俺はほんの、ほんの少しだけ……羨ましいと思ってしまった。


 目を逸らすようにカウンターを見ると、千夏が対応に追われている。

 とても一人では処理できなさそうな数の人がカウンターを取り込んでいた。


『メニューはテーブル奥に立てかけてあるものをご覧ください。ご注文がお決まりになりましたら、イヴのそばにあるボタンでスタッフを呼んでいただければすぐに参りますので。俺は次の仕事が入ったので、これで失礼します』

『ありがとう』

『ま、またね、カイ!』


 逃げるように席を離れ、目を逸らすように仕事をこなす。


 ……家族。


 とても、幸せそうな空間だった。


 あったかくて、安心できて。


 本来は、家族ってそういうものなのだろうか。


 当たり前のように近くに人がいて、当たり前のように人の温かさに触れられる。


 それがずっとそばにあるとその大切さを見失いそうになってしまうけど、最後には必ずその大切さに浸ることができる。


 ……家族、か。


 俺も、もう少しそのことに早く気付ければ、家族の温かさを知れたのだろうか。

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