11話 金髪美少女はカイを知りたい

『むぅ……』


 イヴが不満げな表情で見つめてくるが、俺は気にせずノートにペンを走らせる。


 彼女から電話がかかってきてから翌日のこと、彼女は休み時間授業中関係なく何かを言いたそうにしていた。

 それもそのはず、俺は千夏の存在を彼女に説明することなく電話を切ったのだ。

 その後に何度か着信が来ていたが、千夏への弁明に追われていたため出ることができなかった。


 まぁ、出るつもりも毛頭なかったのだが。


 千夏には「親がスーパーから電話をかけてきている。だから知らない女の子の声が聞こえた」と言ったことで何とか誤魔化すことができた。


 だが、イヴにはどう説明しよう。

 正直に話してもいいのだが、それだと「俺に従姉弟がいる」という説明ではカバーしきれないため、必然的にバイトをしていることなども話さなくてはいけなくなる。

 そうすれば、イヴは確実に俺のバイト先に顔を覗かせに来るだろう。

 絶対に面倒くさいことになるため、それだけは避けたかった。


 ……というか、このままイヴを放っておいたら


『カイっ!』


 そう思った瞬間、ついにイヴが声を上げてしまった。


 本当、フラグって恐ろしいよな。


『昨日のこと、ちゃんと説明してくれる?』

『その前に、なんか謝らなくちゃいけないことがあるよな?』

『電話番号を勝手に見てごめん。ほら、早く説明して』

『謝罪がサラッとしすぎじゃないか??』


 こちとら個人情報を盗まれたんだが。


『カイがスマホをつけっぱなしにしてたのがいけないんでしょ』

『おうおう言うじゃねぇか。確かに俺にも非がある。でも、イヴがしたことは立派な犯罪だからな? 俺がその気になれば、警察を呼ぶことだってできるんだぞ?』

『それは……ごめんなさい。もうしないから、警察は呼ばないでください』


 しゅんとするイヴ。

 今度はちゃんと反省しているようだ。


 だが、ここで引くほど俺は優しくない。

 丁度この状況を利用できそうだったので、ありがたく利用させてもらうことにした。


『犯罪者はみんなそう言うんだ』

『ほんとに! もうしないからっ!』

『いや、許さない』

『じ、じゃあ、どうしたら許してくれる? 私、なんでもするよ?』


 その言葉を待っていた。

 そう言わんばかりに俺は語気を強めて言った。


『じゃあ、昨日のことをこれ以上詮索するな。そうしたら許してやる』

『そ、それは……』

『昨日の声は俺の従姉弟のものだ。イヴが思ってるようなことは何もしてないから、これ以上詮索しないでくれ』

『……分かった』


 まだ納得していなさそうな様子だが、どうやら引き下がってくれるらしい。

 とりあえずこれで一件落着したと言えるだろう。


『というか、イヴとも関わりたくない俺がほかの女連れ込んでそういうことをするわけないだろ』

『分かんないよ? 例えばカイに幼馴染がいれば私よりも信頼してるだろうし、その……そういうことをするかもしれないじゃん』

『そういうのは漫画やアニメの中だけだ。現実では幼馴染ってだけで異様に好かれてたり、そういうことをしたりするわけじゃない』

『そうなんだ』

『お前の中の幼馴染はどういう存在なんだよ……』


 まぁ、日本のサブカルチャーを熟知しているならそう思っていても仕方ない。

 それでも、日本人は海外に比べればずっと奥手だ。

 そういったことをあらかじめ知っていてほしかった。


 昨日の電話しかり、チークキス然り。


『その言い方だと、カイには幼馴染がいそうな感じだけど?』

『いないよ。地元だって、この街から遠く離れた場所にあるから』

『遠いのに、わざわざこの街を選んだの?』

『街って言うか、高校って言うか……まぁ、でもそうだな』


 何度も言っている通り、俺は誰とも関わりたくなかった。

 この鋭い目つきでもともとそこまで友達はいなかったが、それでも幼稚園の頃から一緒だった奴は俺の中身を知っているため、たまに話しかけてくる。

 それすらも嫌だったから、こうして知っている人が誰もいないこの街にやってきたのだ。


 ……まぁ、千夏はいたけれども。


『カイのパパとママもこっちに来てるの?』

『いや、親はいない。俺一人だ』

『ってことは……一人暮らし!?』


 どうしてイヴが一人暮らしというワードにここまでテンションを上げているのか、おさらいしておこう。


 彼女は日本のサブカルチャーが好きだ。

 そして現代を基盤とした物語の設定にありがちなのが主要人物、主に主人公などが一人暮らしであるということ。


 もうお分かりいただけただろうか。


 そう、イヴは漫画やアニメで見た一人暮らしというものに憧れていたのだ。


『えっ、カイって一人暮らしだったの!? でも、そっか。卵焼きは自分で作ってたもんね、だったら一人暮らしも納得。えっ、一人暮らしってどんな感じ? やっぱり自由になれるから楽しい? 私も一人暮らししてみたいんだよね~。すごく憧れてるの! ほら、やっぱりパパとママがうるさい時もあるからさぁ――』

『ちょっと待てちょっと待て』


 俺はマシンガントークで言葉をつらつらと並べるイヴを必死に食い止める。


 これで分かった。

 彼女は生粋のオタクだった。


 というか、よく一回も噛まずに言えたな。


『ひとつ言っておくが、一人暮らしはそんなに楽しいもんじゃない』

『そうなの?』

『親がしてくれてた家事を全部一人でやらなくちゃいけないし、誰とも関わりたくない俺が言うのもあれだが一人ってのは案外寂しいもんだ。最初は楽しくても、いつかは絶対一人暮らしが嫌になる』

『そうなんだ……』


 残念そうに項垂れるイヴ。

 ごめんよ、夢を壊すようなことを言って。


 でも、本当に楽しくないんだ。


『というか、もう話しかけないでもらえるか? ワークを終わらせないといけないんだけど』


 俺には近いうちに期末テストが控えている。

 イヴは転校してきたばかりからないのだが、俺には期間までに終わらせないといけない課題がまだたんまりと残っている。

 今は昼休みのため、少しでも片づけておきたかった。


 それにこれ以上イヴと話しているとなので、早めに切り上げておきたかったのだ。


『そっか、邪魔してごめんね。カイのことをいっぱい知られたから、ついつい嬉しくなっちゃって』


 どうしてイヴはこう、いちいち可愛いことを言うのだろう。

 照れ臭そうに頬を染めながら苦笑する姿も相まって、頬が緩みそうになるのを食い止めるのに必死だった。



          ◆



 そうして夜。

 俺はいつものように千夏のレストランでバイトをしていた。


「今日は遅れてこなかったね」

「当たり前だろ、バイト代引かれるし。昨日がおかしかっただけだ」


 俺と同じくカウンター当番の千夏と小声で喋っていると、不意に出入り口の扉が開かれる。


 俺はすぐさまスタッフモードにスイッチを入れ「いらっしゃいませ」と言おうとした。


 しかし扉の奥から現れた人物を見て、絶句する。


「イヴ……?」

『えっ!? カイ!!』


 結局……結局、俺はこの運命から逃れられないのか。

 フラグは恐ろしいと知っていたはずなのに……。


 俺はイヴにチークキスを受けながら、千夏の戸惑う声を浴びながら、ただただ呆然と突っ立っていることしか出来なかった。

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