10話 従姉弟は同居を誘ってくる

「――ありがとうございました」


 帰る客を見送り、裏に戻る。


 イヴを家まで送り届けた後、俺はあるレストランでホールスタッフのアルバイトをしていた。

 それもそろそろ閉店時間のため、俺は頃合いを見ながら帰る支度をする。


「今日来るの遅かったじゃんか、修斗」


 すると、ここのレストランのオーナーである櫂千夏ちなつが部屋に入ってきた。

 名字から分かるように彼女は俺の血族、いわゆる父親側の従姉弟にあたる人だった。


「なんかあったの?」

「事前に連絡を入れてた通りだよ」

「それでも『用事があるから遅れる』だけじゃ何があったか分からないよ」


 ごもっともだ。

 そっち側の立場じゃなくても同じことを思う。


 でも、イヴと一緒に帰っていたと言えば確実に面倒くさいことになるだろう。

 彼女は俺が一人でいることを知っているから。

 だから俺はちょっと誤魔化すことにした。


「……ちょっと人助けをしてて」

「それ、遅刻してきた学生が『ちょっとおばあちゃんを助けてて』って言うくらい惨めな言い訳に聞こえるんだけど」


 聞こえるんだけどって言われても、事実だし。


「……まぁ、深くは詮索しないであげる。修斗のことだから、どうせサボるなんてことはしてないだろうし」

「助かる」

「それでも休んだ時間だけのバイト代は引かせてもらうから」

「うっ……」

「当たり前でしょ? そもそも急な遅刻の理由がそんなんでもまかり通るのは私だけなんだから」


 そこに関しては感謝している。


 千夏は俺にとって数少ない良き理解者だった。

 俺の性格や環境を知っているがゆえに、ある程度融通を利かせてくれている。

 そもそもここで働けるのも、千夏のツテがあるおかげだ。

 バイト代が引かれるのは正直めちゃくちゃ痛いが、それもある意味俺の境遇を知っているからこそだった。


「……ねぇ、本当にうちに来ないの?」

「またその話か」


 ため息をつく。


 俺が高校に上がり一人暮らしをするようになってから、ここのレストランでバイトをするようになってから、千夏はそればかり言っていた。


「うちに来れば、こんなバイトなんかしなくいても済む。そりゃ人手がいてくれたほうがありがたいけど、それだと勉強とか大変でしょ。家事だって、なくなるとは言えないけど今よりはずっと減るし」

「別に大変じゃない、なんとかやっていけてる。俺にとっては、誰かと一緒に暮らすほうが大変だ」

「それは、そうかもしれないけどさ……」


 千夏は俺が人と関わることを避けていることも知っている。

 その理由も、それまでの俺の心の移り変わりも、全部。


 だからこそ安心できるとともに、厄介だった。


「心配なんだよ。本当に大丈夫?」

「ここに来られてるのが何よりの証拠だろ」


 荷物をまとめ、俺はリュックを背負う。


「本当にダメなときはちゃんと言う。だから、今は一人でいさせてくれ」

「……分かった」


 千夏が心配する気持ちも分かる。

 高校生が一人暮らしをするなんて、漫画やアニメの中でしか聞かないから。

 それでも俺は一人でいたかった。


 誰の脅威にも晒されない孤独が、一番心地よかった。


 出入り口の扉に手をかけると、俺はふとあることを思い出し振り返る。


「というか千夏、さらっと男子更衣室に入ってくるなよ」

「別にいいじゃん。もう修斗しかいないんだし」

「あのなぁ……俺はもう千夏の思ってる俺じゃないんだぞ」

「何それ、誘ってるの?」

「くそったれが」


 どうして俺の周りにはこうも話の聞かない人が多いのだろう。

 もっとまともに俺の話を聞いてくれる人はいないんだろうか。


 そう思いながら、再びドアノブに手をかける。


 ――ブー、ブー。


「……ん?」


 今度はスマホが何やら揺れだした。

 学ランのポケットから取り出し、画面を見る。


 ……知らない電話番号だった。


「どうしたの?」

「分かんない。誰かから電話きた」

「いっそのこと出ちゃったら? 今は私もいるんだし、心配しなくても大丈夫だよ」

「あんまり気が乗らないんだけど……」


 この人は従姉弟になんてことを言っているのだろう。

 リスクしかないのは十分承知しているつもりだが、実は俺も少し気になっていた。


 変に緊張しながら応答ボタンをタップし、スマホを耳に当てる。


 そこから聞こえてきたのは――。


『あっ、カイ! よかった、間違ってなかった!』

「……イヴ?」


 どうしてスピーカーからイヴの声が聞こえてくるのだろう。


 というか、どうしてこいつは俺の電話番号を知ってるんだ??


「なになに、知ってる人?」

「あ、いや……」

『カイの電話番号、ちょっと覗かせてもらったから、電話かけてみたっ!』

「はぁ!?」

「えっ? なになに、なんかあったの?」


 ちょっと待て、情報が錯綜している。

 まずはイヴだ。


『お前、覗いたって……どうやって覗いたんだよ!?』

『休み時間にスマホをつけたままカイが寝てたから、ちょっとだけね』

『何してくれてるんだよ!?』

『いや、それを言うならカイの方でしょ』

「えっ? なんで修斗が英語喋ってるの?」


 とりあえずイヴが電話をかけてきた理由は分かった。

 いや全然分からないけど、とりあえず分かったことにしておく。


 次は千夏を捌かなければ。


「ごめん、親から電話が来た」

「えっそうなの? でもその割には女の子の声が聞こえてきたような気がするけど」

「そ、それはだな……」

『ちょっとカイ! どうして女の声がするの!? なんでこんな時間に……まさか!?』

「あぁぁぁ……」


 だから嫌なんだ。

 俺の周りに人がいれば必ずトラブルになるから。


 事実、この場は急に現れたイヴのせいでカオスと化していた。

 その状況を捌ききれずにいた俺は、ついに気の抜けた声を上げることしかできなくなってしまった。

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