7話 金髪美少女は機械音痴
「疲れた……」
ホームルームが終わり教室に騒々しさが戻って来る。
それに乗じて俺もため息混じりに呟いた。
隣にいるイヴのせいで夏休み明け初日から疲労困憊だった。
俺は多人数で群れて騒ぐのが好きじゃない、というか好きじゃなくても群れられなかったから、こうして元気な奴がそばにいることに慣れていない。
しかもそいつは異性で、なおかつ俺に好意を向けてきているともなれば心臓の休まる隙がなかった。
『ねぇねぇカイ、一緒に帰ろー』
そんな俺の苦労もいざ知らず、イヴは鞄を手に下げながら楽し気に話しかけてくる。
フルートのような透き通った声が今日何度目か分からない俺の名前を呼んだ。
『一緒に帰るって言っても、帰る方向が一緒じゃなかったら一緒に帰れないだろ』
『私は……えっと……どこから来たんだっけ』
『いやなんでだよ』
辺りをキョロキョロと見回しながら呟くイヴに思わずツッコんでしまう。
『違うの! この街に来たばかりだからまだ土地勘がないだけ。登校してきたときだって、ずっと地図見ながら歩いてたし』
『それもそれで危なさそうだけどな』
『うん。無事に女の人とぶつかっちゃったよ』
イヴ、それは無事って言わないんだぞ?
『とにかく俺はイヴと一緒には帰らない。まぁ、家の方向が一緒ならしょうがないけど』
『ほんと!? じゃあとりあえず一緒に学校の外まで行こう!』
『ここじゃダメなのかよ……』
俺はとにかく早くイヴから離れたいんだが。
そんな思いも空しく俺は彼女に腕を掴まれてしまったため、素直についていくしかなかった。
『って、周りの視線が痛いから腕を掴むのはやめてくれ! ちゃんとついていくから!』
◆
『私はあっち側から来た!』
学校を出て校門をくぐると、イヴは遠くを指差した。
その方向には港があり、いわゆる富裕層と呼ばれる金持ちの集まった住宅街が多く立ち並んでいる。
港のすぐそばには電車や新幹線も通っており、まさにこの街の中心部ともいえる区域だった。
そこに家があるイヴの家庭は相当な金持ちなのだろう。
まぁでも海外から移住してきているわけだし、あの区域に住む余裕があったとしても何ら不思議はない。
『そうか。俺の家はこっち側だ』
対して俺は、イヴとは反対方向に指を差す。
港に人やモノ、施設などが集中しているため、そこから離れれば離れるほどいろんなものの密度が低くなる代わりに田んぼや畑などが増えてくる。
つまり、極端に言ってしまえば田舎だということだ。
俺の住んでいるところは、田んぼや畑は見えずとも港に比べれば建物の背は低い。
人通りもあまりなく閑散としているため、静かなのが利点だった。
まぁ、それ以外は港町に勝てないのだが。
強いて言えば家賃は安いが、家の広さや新しさ、設備を比べたらトントンと言ったところだろう。
『じゃあ、カイとは一緒に帰れないの……?』
『そういうことだ。気をつけて帰れよ』
『……うん、分かった。また明日ね』
流石のイヴもこの事実は受け入れざるを得なかったらしい。
ガッカリする彼女に同情はしないが、せめて彼女が見えなくなるくらいは見送ってあげよう。
土地勘もないって言ってたし、ちゃんと帰れるか不安だしな。
イヴがスマホの地図アプリを開きながらトボトボと歩いていく。
まるで仕事帰りのサラリーマンみたいな雰囲気だ。
その背中にはやけに哀愁が漂っている。
しかし数歩で立ち止まると姿勢を正し、その雰囲気が消えた。
スマホを顔から引き離し、まるで車のハンドルを操作するように右へ左へと傾ける。
それと一緒に頭まで傾いているのが可愛らしい。
……というか、なにやってるんだ?
何やら困っているような様子なので、俺は近づいて彼女に声をかけることにした。
『どうした?』
『あっ、カイ。さっきから地図が回ってるの、朝は回ってなかったのに』
『回る? ちょっと見せて』
『うん』
俺はイヴから彼女のスマホを受け取り、その地図アプリの設定に目を通す。
すると地図を北向きに固定するところのチェックが外れているのを見つけた。
『ここにチェックが入ってない。だから、チェックを入れてやると……』
イヴに見せながらスマホを操作しそのまま地図に戻ると、俺はいまいちどスマホを傾けた。
『ほら』
『あっ、地図が回らない! 直してくれてありがとう、カイ!』
『きっと何かの拍子に押しちゃったんだな』
問題が解決して安心すると同時に、やっぱり不安が湧き出てくる。
イヴを一人にして大丈夫だろうか。
『じゃあ私、今度こそ帰るね!』
『待て、俺もついてく』
『えっ、どうして?』
『お前を野放しにしたら何があったか分かったもんじゃない』
『野放しって、私は危険生物じゃないよ』
『それくらい危なっかしいんだよ』
もしかしたらまた誰かとぶつかってしまうかもしれないし、それじゃあ収まりきらないことを何かやらかしてしまうかもしれない。
とにかく、目を離さずにはいられなかった。
『でも……カイの家、反対の方なんだよね? 帰るの遅くなっちゃうよ?』
『生憎とイヴを送れるくらいの暇はある。だから気にするな。それに、俺と一緒に帰りたいって言ってたのはお前だろ』
『それはそうだけど……』
表情を曇らせて尻込みするイヴがじれったい。
どうしてこいつは変なところで気を遣うのだろう。
それなら俺と関わらないよう気を遣ってくれた方がずっとありがたいのに。
ため息をつくと、俺は最後の一押しをした。
『イヴが心配なんだよ。お前に何かあったら俺が寝ざめ悪いんだ。だから、今日は家までついていかせてくれ』
どうして俺がイヴに頼み込まなければいけないのだろう。
そう思っていたのだが、彼女の頬を赤らめながら目を点にした顔に思考がシャットアウト。
まるで恋に落ちたような表情をしている彼女に疑問を覚え、自分の言った言葉を思い返していると……あることに気づき、俺も顔を熱くした。
『ち、違う! これはイヴを思っていったわけじゃなくて、その……』
咄嗟に口を開いたからか思うように言葉が出てこない。
そんな俺を見て、イヴは嬉しそうに笑みを浮かべた。
『うん! 一緒に帰ろっ!』
『だ、だから離れろぉ!』
またも腕に抱きついてくるイヴに、俺は大声を上げてしまうのだった。
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