5話 金髪美少女は一緒にご飯を食べたい
『――んー、美味しい! やっぱり日本の食べ物は美味しいね、カイ!』
場所は立入禁止の屋上。
俺がベンチに座る隣で、イヴは幸せそうに売店で買ったメロンパンを頬張っていた。
イヴはこの学校に来る前は全寮制の高校に通っていたらしく、三食すべて学食だったらしい。
もともとイギリスがマナーの厳しい国だということもあり、こうして袋のまま何かを食べるということもなかったそうだ。
確かに言われてみれば少し意地汚く見える気もする。
しかし彼女はマナーに囚われるのが嫌だったようで、すごく楽しそうに食事していた。
「……って、なんで俺、当たり前のようにイヴと屋上でご飯を食べようとしてるんだ?」
『なんて言ってるの?』
そうだ。
休み時間中イヴに日本語を教えてほしいって言われて、俺がこの短い時間じゃ無理だって一回断ったんだ。
そしたらイヴが『じゃあご飯のときに教えて!』って言って……。
『……イヴ、
『あっ、ようやく気づいてくれた?』
イヴがニヤリと笑う。
俺の睨みが効かないのが余計にタチが悪かった。
『ご飯のときに教えてもらえば、俺と一緒にご飯も食えるもんなぁ?』
『ご名答〜』
気の抜けた言葉のノリをそのままに、イヴはもう一口メロンパンをパクリ。
咀嚼しながら「むふ〜」と再度幸せそうな笑顔を浮かべた。
……可愛いって思っちゃダメだ。
きっと素なのだろうが、これもすべて計算されてると思ってかからないとあっと言う間に彼女に取り込まれてしまう。
『本当はこの屋上に出入りするのもダメなんだぞ?』
『そうなの?』
キョトンとした顔で首を傾げるイヴの姿に、俺はハッとする。
そうだった、あの張り紙は日本語だった。
道理であのときもなんの気なしに屋上へ来たのか。
くそっ、盲点だった。
『まぁでも、バレたらバレたでまた考えたらいいよ〜』
「……イヴはいいよな、お気楽で」
『なんて言ってるの?』
『なんでもない』
イヴは日本語が分からないため、彼女に隠したいことを日本語で吐けるのがよかった。
このまま一生日本語が分からないままでいてくれないだろうか。
まぁでも教えるって言ってしまったし、ここまでくれば流石に別々でご飯を、なんて面倒くさいこともしたくない。
彼女と離れたい気持ちはあったが、仕方なく俺も弁当を開いた。
『わぁ、いろんな食べ物が入ってる……これ、カイのお弁当?』
『って言っても、ほとんどが冷凍食品なんだけどな』
『これ、冷凍食品なんだ。イギリスでは見ない食べ物がたくさん……』
『まぁ、違う国だからな』
本当は自炊した方が安く済むのだろうが、生憎そんな暇も気力もない(主に後者がない)。
それに冷凍食品を買っても家計はなんとか回っているから、特に変えようとする気もなかった。
『ねぇねぇ、どれか一つ食べちゃダメ? 私、お弁当を食べたことがないの』
『弁当を食べたことがないのか? 一回も?』
『ママもパパも仕事で手一杯だったから、作ってもらえなかったの』
肩を落とすイヴに、胸の奥がチクリと痛む。
……本当はあげたくなかったのだが、ここまで寂しそうにされたらあげないわけにもいかなかった。
俺はケースから箸を取り出すとあるものをつまみ、手を添えながらイヴに見せる。
『……ほら、これ』
『これは?』
『卵焼き、聞いたことあるか?』
『うん。これも冷凍食品?』
『いや、これは自分で作った』
卵焼きだけは手作りのものを食べたくて、いつも朝に作っているのだ。
味はまぁまぁだが、それでもここ一年作り続けて上達してきていた。
『そんな、いいの?』
『何を今更遠慮なんかしてるんだ? 散々俺の思いを無視して関わってきてるくせに』
『それでも……一つしかないよ?』
弁当の中に卵焼きは一つしかなかった。
卵は最近値段が高くなってきているため量も作りづらいし、朝や夜にも回したいため一つしか入れてきていなかったのだ。
『俺は同じのを朝に食べてきたし、どうせ弁当を食べるんだったら冷凍食品よりも手作りの方がいいだろ。……まぁ、味は保証できないけど』
自分で言っていて、やっぱり安定の冷凍食品をあげるほうがいいような気がしてきた。
手作りをあげて微妙な表情をされても困る。
『やっぱり冷凍食品にするか、イヴも気になるだろ?』
『いや、私はカイの卵焼きがいい』
『美味くないかもしれないぞ?』
『それでも、私はカイの手作りが食べたいのっ』
身を乗り出して必死に訴えるイヴ。
俺の手作りのどこがそんなにいいのだろうか。
よく分からなかったが、彼女がそれがいいと言うんだったら素直にあげることにしよう。
『ほら、口開けろ』
『あ……』
開いたイヴの口に卵焼きを入れる。
……そういえばこれ、あーんだよな。
変に意識してしまって頬が熱くなったが、よく見ればイヴの頬もほんのりと朱色に染まっていた。
彼女も同じ気持ちなんだと安心すると同時に、やっぱり恥ずかしくて彼女から視線を外す。
心臓が嫌味なほどに高鳴り、それは彼女に聞こえていないか心配してしまうくらいだった。
じっくりと咀嚼し、飲み込んで……彼女が噛みしめるように一言。
『美味しい……美味しいよ!』
いや、二言だった。
予想外のテンションの上がり様に思わず尻込みしてしまう。
『そ、そうか?』
『うん、美味しい! 毎日食べたいくらいの美味しさだよ!』
そんな大袈裟な……。
そう思ったが、イヴの心から幸せそうにしている顔を見ているとそれを言葉にする気も失せてしまった。
本当に、毎日食べたいと思ってくれているのだろう。
『一つしかない手作りを私にくれるところとか、やっぱりカイは優しいねっ』
『や、優しくない』
『今はそう思っててもいいよ? いつか私の言葉を受け入れてもらえるように頑張るからっ』
なんで彼女はこんなにも活き活きしてるんだろう。
俺が素っ気なく接しているはずなのに。
『……好きにしろ』
考えれば考えるだけイヴが頭の中に居座ってくるような気がしたため、俺は思考を停止する。
そうして弁当を食べようとしたのだが……重大なことに気がつき思わず箸を止めてしまった。
『あら、気づいちゃった』
またイヴにハメられたようだ。
いや、今回は俺も悪いと言えば悪いのだが。
『このままだと、間接キスになる……!』
そう。
このまま箸を使えば、イヴと間接キスをすることになってしまうのだ。
どうしてあのとき逆さ箸とかで対応しなかったのだろう。
俺が使う前だったから、ついつい油断してしまった。
『でも、その……お箸だっけ。それしかないんでしょ? だったら諦めてそのまま使わないとっ』
『お前、謀ったな……!』
今日、イヴとご飯を食べて一つ分かったことがある。
彼女は俺が思っている以上に策士だった。
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