4話 金髪美少女は覚悟しててほしい

 一筋の涙がイヴの頬を伝う。


 あのとき泣かせまいとしていた彼女を、今、俺は泣かせたのだ。


『……ずっと、不安だった。誰も、何を言ってるのか分からなくて、必死に翻訳機使って、喋って。日本はいいところだってパパが言ってたけど、それでも私はここに来るのがすごく怖かった』

『イヴ……』

『でも、そんなとき、あなたが助けてくれた。私と同じ英語を喋って、それだけですごく安心したの。だから、もう、一人になりたくない』


 イヴは握る場所をそっと手首から俺の手に変えた。


 触り心地の良いすべすべとした彼女の手は、微かに震えている。

 それは彼女の言っていた不安を如実に表していた。


『……まぁ、私があなたと関わりたい理由はそれだけじゃないんだけど』

『まだあるのか?』

『で、でも内緒! ……恥ずかしいから』


 再度頬を赤らめるイヴ。

 そんな彼女が可愛すぎて、つい弄ってしまいたい衝動に駆られた。


 ついに、頬が緩んでしまう。


『教えてくれよ』

『えっ!? い、嫌だよ。言ったら、あなたに引かれちゃうかもしれない』

『でも、それを聞けば俺がイヴのそばにいようと思えるかもしれないぞ?』

『そ、それは……』


 俺の言葉にイヴは俯くと、ぷくっと頬を膨らませてこちらをぎこちなく睨んだ。


『……ずるい』

『っ……』


 可愛い。

 とてつもなく可愛い。


 もうこの可愛さだけで、俺はイヴのそばにいたいと思ってしまう。

 だけど逆にイヴのそばにいたくないという気持ちも湧き上がってきて、俺は思わずそっぽを向いてしまった。


『……でも、いいよ』

『いいのか?』

『あなたの笑顔、見られたし』


 そんな小っ恥ずかしいことまで言われてしまって、余計に頬に熱が差した。


 果たして俺にはイヴの告白を受ける体力が残っているのだろうか。


 やけに心臓を高鳴らせながら彼女の言葉を待っていると……やがて彼女は決心したように俺の手をぎゅっと握り、真っ直ぐ俺を見つめた。


『私、あなたの睨んだ顔が……好きなのっ』

『俺の睨んだ顔?』

『そ、そう』


 そうか、イヴは俺の睨んだ顔が好きなのか。


 ふむふむなるほど……。


 ……えーっと。


『……マゾ?』

『マゾじゃないっ!』


 あれ、違うのか。


 てっきりそうだと思っていたのだが。


『言い方が悪かった。私は、あなたの鋭い目つきが好きなの。すごく、格好いいから』

『格好いいって……みんなはこれを見て俺から逃げ出すんだぞ? さっき睨まれたときだって怖かっただろ?』

『ちょっと怖かったけど、でもそれ以上に格好良すぎて……』

『……やっぱりマゾなんじゃないか?』

『だから違うって! もうっ、なんで分かってくれないの?』


 イヴは不機嫌そうに眉をひそめる。

 やばい、これは本気で怒ってる顔だ。


 いや、受け入れられなくてもしょうがないじゃないか。

 今までそんなことを言われたことがなかったんだから。


 でも、イヴが俺の睨みに物怖じしていなかったのはそういう意味だったのか。


『とにかく、だから私はあなたと関わりたいの。あなたのこと、気になるから』


 イヴは俺が恥ずかしくなってしまうようなことを平気で言う。

 本当に、それを聞かされる俺の身にもなってほしかった。


『……関わってもいい?』


 悪い気はしなかった。


 むしろ今までコンプレックスとしか思っていなかった目つきをここまで好きになってくれたことが嬉しかった。


 それも、彼女が初めてだったから。


『……俺はイヴになびかないからな』


 俺の言葉に、イヴはぱぁっと顔を明るくさせる。


『いいよ? 私はあなたのことを絶対靡かせてみせるからっ』

『好きにしろ』

『うん、好きにするよ。覚悟しててね〜』


 イヴは嬉しそうに繋いだ手をブンブン振る。


 い、痛い、痛いって。


『ほ、ほら、さっさと戻って一緒に先生に怒られるぞ』

『はーい』


 イヴの手を無理矢理解いて屋上を後にする。


 その道中あることを伝え忘れていたのに気づいたので、俺は彼女に伝えることにした。


『俺の名前は、櫂修斗。櫂って呼んでくれればいい』

『……うん! ありがとう、カイ!』

『ちょっと、くっつくなぁ!』


 いきなり腕に感じたフニフニとした柔らかい感触に、俺の決意はもう崩されそうだった。



          ◆



 ――それからというもの。


『カイ、カイ』


 イヴは休み時間になると、事あるごとに俺に話しかけてくるようになった。


『……なんだよ』


 対して俺も素っ気なく接するように努める。

 イヴとは関わりたくないから。


『私に、日本語を教えてほしいの』

『日本語?』

『そう。私、カイと日本語でお話できるようになりたい。それに、日本で暮らすならきっと必要になるだろうから』

『……他のやつに教えてもらえばいいだろ』

『カイじゃないとダメなのっ。日本語も英語も話せる人なんてカイしかいないんだから』

『英語の先生は?』

『あの人は……怖いからやだ』

『俺も怖いけど』

『カイは怖くないよ? ちょっと目つきが鋭いだけで、中身はすっごく優しいから!』

『俺は優しくない』

『優しいの!』


 でも、俺の中で着々とイヴと関わりたい気持ちが湧き出てきている。


『日本語、教えてほしい。……ダメ?』


 その気持ちが、邪魔をして。


『……しょうがないな』


 俺は、ついイヴと関わってしまうのだった。

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