3話 金髪美少女は訴える
「はぁ……はぁ……!」
息が切れる。
胸が苦しい。
普段から運動をしておけばよかった。
俺は崩れ落ちるようにベンチに腰を掛けると、空を仰ぐ。
とにかく、イヴから逃げ切ることには成功した。
後ろを見ても追いかけてきている様子はなかったし、何せここは立入禁止の屋上。
出入り口の扉に張り紙も貼られているため、転校初日に学校の決まりを破るなんて行為はしないだろうと踏んでここに逃げ込んだのだ。
ちなみに鍵はついていない。
あったら万が一のために鍵をかけていたのだが、そもそも鍵があれば俺が屋上に入れない可能性もあった。
そういう意味では、鍵がなくてよかったと思うべきだろう。
段々と息が整ってくると、俺は膝に肘をついて項垂れる。
「……どうして俺に構ってきたんだろう」
そこで俺の思考は最初の疑問に帰った。
手元にある情報が少なすぎて、どれだけ考えても分からない。
答えを教えただけで、英語が話せるだけであんなに心を開いてくれるものなのだろうか。
しかも彼女にとってここは異国の地。
同じ国の中で別の学校に転校するんだったらまだ分からないでもないけど、母国から遠く離れた外国へ転校することはきっとそれよりも不安が大きいはずだ。
まぁ彼女がその範疇ではなかったと言われればそれまでなのだが、それでも何か腑に落ちない。
何せ俺は彼女に素っ気なく当たったのだ。
それで避けられるのが普通、というか今までそうだったのに、より構ってくるようになるとか意味が分からないだろ。
というか、もうすぐ休み時間が終わってしまう。
早く戻らなければ授業に間に合わない。
でも、戻ればまたイヴと顔を合わせることになる。
いや、ここまで「お前と関わりたくない」という意思を示したのだから、流石にこれ以上は関わってこないか?
でもあの様子を見ればそれだけでは収まらないような気もするし……。
『――見つけました!』
頭を抱えて逡巡していると、息切れの混じった声とともに出入り口の扉が勢いよく開かれる。
そこには、膝に手をついて苦しそうにしていたイヴがいた。
「イ、イヴ!? なんでここに……」
『なんて言っているのか分からないけど、私はイヴだよ。イヴリン・デイヴィス』
日本語で話す俺のイヴという単語だけ聞こえたらしく、彼女は
どうして、彼女は執拗に俺のことを追ってくるのだろう。
もう、いいのに。
『どうしてここにいるんだ、もう授業が始まるぞ』
『それを言うならあなたもだよ! こんなところで何をしてるの?』
『転校初日から授業をすっぽかすのか?』
『それは嫌だけど……でも、あなたを放っておけるわけないじゃない!』
この期に及んでまだ俺と関わろうとするか。
ため息をつく。
こうなったら、あれを使うしかない。
今まで俺はこれですべての人々を怖がらせてきた。
転校初日、しかもここまで俺に構ってくれるいい子にこれを使うのは少々気が引けるが、それでも離れてくれないのだ。
許してくれとは言わない、むしろ許さないでくれ。
そうすれば、俺はまた一人でいられるから。
そんな思いを込めながら、俺は……彼女を睨んだ。
『もうこれ以上俺に関わるな。目障りなんだよ』
『っ……!?』
俺は生まれつき目つきが鋭い。
それはもう、鏡で見た自分にさえ気圧されてしまうほどに。
そんな目つきだから、俺は生きている上であまり友達という友達はできなかった。
みんな怖がってしまうから。
そうして、俺を避けてしまうから。
最初は苦しかったけど、ある出来事を堺に俺はこの目つきで生まれてきてよかったと思えるようになった。
今じゃこうしてそれを武器にしている。
他人を、俺から引き離すために。
でも……。
『……な、なんでそんなことを言うの?』
驚いた。
今までは相手を少しでも睨みつければ、その人が謝り倒して逃げていくのがテンプレートだった。
でも、イヴは物怖じしながらもなお俺に楯突こうとしている。
そんな人は、彼女が初めてだった。
いや、物怖じ……してるのか?
怖がっているというよりかは、若干頬を赤らめて照れているように見えなくもないが……まぁでも、気圧されているのは確かだ。
このまま押し通る。
『お前と関わるのが嫌なんだ』
それでも、彼女が引くことはなかった。
むしろ、声を大きくして俺に問いかけた。
『じゃあ、なんであのとき助けてくれたの!?』
『別に他意はない。……ただの気まぐれだ』
『確かに気まぐれかもしれない。私はあなたのことを何も知らないから。でも、あなたが無理して私を遠ざけようとしてるのだけは分かる!』
『お前に何が……!』
それで全てを分かったような気になりやがって。
頭に血が登りそうになったが、彼女の一言によってそれが一瞬の間に弾け飛んだ。
『だって、あなたは優しいから!』
『っ――!?』
イヴの全てを込めたような大声に思わず言葉を失くす。
それをいいように、彼女は自分の思いを次々に吐露していった。
『あなただけが私を助けてくれた。英語が話せたのがあなただけだったからっていうのもあるかもしれないけど、それを差し置いてまで私を助けようとする人はいなかった!』
『だったら俺はそいつらと同類だろ。ただ英語が話せただけなんだから』
『でも、あなたは私と関わりたくないって思ってる! どうしてそう思うのかは分からないけど、そんなネガティブな気持ちを抱えてまで私を助けてくれたあなたはみんなとは違うよ!』
イヴは必死に訴える。
その想いは、ちゃんと俺の心に届いていた。
でも、彼女と関わるわけにはいかない。
俺だって関われるなら関わりたいさ。
でも、駄目なんだ。
人との付き合いは、永遠じゃないから。
『じゃあ、なんで俺に構うんだよ』
絞り出すように、俺は言う。
『俺がお前と関わりたくないって知ってるんだろ? なら、放っておいてくれよ』
『それはできないよ』
『どうして……!』
問いかけた時、スピーカーから無機質なチャイムの音が鳴り響く。
授業開始の合図だ。
結局、間に合わなかった。
でも、タイミングはよかった。
『……俺はもう戻る』
それだけ言い残し、俺はイヴの横を通り過ぎようとする。
しかし、彼女の手が俺の手首を掴んだことによりそれを阻まれた。
『何をして――』
振り払おうとして、言い放とうとして……やめてしまう。
彼女が不安そうに目を潤ませながらもこちらを真摯に見つめるその姿に、視線が吸い込まれてしまったから。
『私を、一人にしないで……』
その声に、心臓を強く掴まれたような衝撃が走った。
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