第20話 無限の夢幻

「俺はヒミコ達と違ってうまく転魂することができなかった。なので、こういった形でしか、お前の前に現れることができなかった。本来ならばあの三姉妹と同じように自由に表に出て来られればよかったんだかな。そこでものは相談だが、人格の全てを俺に譲ってくれる気はないか」


 もう一人の俺、カケルが、そんな交渉を持ちかけてきた。


「……人格の全て、それって俺の人格が消えてしまうっていうことじゃないのか?」


「いや、そんなことはない。お前は俺の人格の影で半分眠ったような状態になるが、俺が話した言葉、行動した内容などはその全てを把握していることができる」


「……それで俺の人格が戻るのか?」


「邪鬼王をはじめとした、すべての邪鬼、妖魔の類を倒し尽くして、もうこの世が安泰とわかったならばそれも考えよう。まあ何年かかるかわからないかな」


「そんな条件なら飲むことはできない!」


 当然の如く、俺は声を荒げて否定した。


「だが、今のお前の脆弱な魂では、お前の大切な女すら助けることはできないぞ」


 自分の魂同士で言い合うっていうこともおかしいのだが、今そういう妙な状態になっている。


「元はといえば同じ魂なのだがな。ただ、俺の方が確実にヒミコや民を守ることができる」


「今はヒミコじゃない、日向子だ!」


「まあどちらも同じだ。そしてお前はどちらも救うことができない」


「そんなことはない。現に剣山では邪鬼に取り憑かれたイノシシを倒した」


「あんな、下っ端の弱いイノシシを倒したから何だというのだ。そもそも、あれも俺が力を貸したものだ。お前が本当に力があると言うならば、例えば今復活しつつある『ニウジャ』を倒すことができるのか?」


「……いろいろ策は考えている」


「ならば見せてみろ。何かとっておきの戦う術があるのだろう?」


 カケルの言葉に顔が歪む。

 正確に言えば、あれこれ考えているだけで、確実な手段はなかった。

 なぜならばあれ以降、俺は「光り輝く」槍を出現させることができていなかったからだ。


 それ以外に、俺に武器……猟銃はもちろん、日本刀や槍などの「実物」の武器を準備することもできなかった。

 そもそも、なぜ、俺はあの時に槍を召喚するように出現させることができたのか?


 苦渋に歪む俺の顔を見て、目の前のカケルがほくそ笑む。


「日の光の力を武器に変える術を知らないのだろう。当然だ。あの、イノシシの時は俺が力を貸したのだから。人格の表に出ていないというだけで、俺は常にお前の中にいる。あのような状況なら手を貸しもする。だが完全ではない。敵が下っ端だったからこそ対応することができたが、例えば今回復活した『ニウジャ』ならば、常に俺が表に出ていなければ対応することはできないだろう」


 カケルの言っていることはわかる。けれど肉体の支配権すべてを数年間、彼に明け渡すなど考えられない。

 せっかく日向子と恋人同士になれたというのに。


「今、女のことを考えていただろう。だが、今のままではその女すらも助けることができないぞ。守ってやるから俺に体を譲れ」


 金色に輝く鎧を纏い、手に同色の槍を持つ古風な出で立ちの武者が、俺を睨みつけながらそう脅してくる。


「断るっ!」


 俺はそう宣言すると、カケルの記憶を見よう、見まねでトレースし、全く同じ槍と鎧を装着状態で出現させた。

 これには目の前のカケルも驚きの表情を見せた。


「さすがは俺の生まれ変わりだな。自分の才能を褒めるのも変な話だが……まあいい、あくまで肉体の支配権は譲らないというのだな」


 今、この場は俺たちの魂だけの、いわば意識だけの空間になっている。

 時間は神に祈った瞬間で止まっている。そして、本来神器に貯められる太陽の力は限られているが、今の俺たちにとっては一度に出せる力の上限こそあれど、その総量に限界はないのだという。


 また、神社の境内とはなっているが、いくら攻撃しても自分たち以外は傷つくことはないらしい……いわば、夢の中の空間なのだから。


 その自分たちにしても、いくら攻撃を食らっても表面的な痛みを感じるだけで死ぬことはない。どちらかが音を上げるまでの根比べだ。


 無限の夢幻。

 奇妙なことに、俺たちは自分の体の支配権を巡って、自分の魂同士で戦うこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そちの名は。 エール @legacy272

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ