第19話 邪気王の腹心

 ただならぬ邪気が感じられたことに、買い物に出ていた陽菜さんと空良の二人も慌てて帰ってきて、俺の家へとやってきた。


 二人ともとも現代の人格であったが、ヒミコと会った途端にそれぞれもう一人の人格に変化した。


「あの強力な邪鬼……ニウジャですね……」


「まさかニウジャが復活するなんて……一番厄介な相手ですね」


 ハルカも、ソラミも表情が厳しい。


「そのニウジャって結局どんなやつなんだ? ヤマタノオロチの伝承は知っているけれども」


「銀色の体でできた邪気王の腹心で、何よりも厄介なのがこちらの攻撃が通じにくいということじゃ。わらわの力を使って強力に熱で溶かすことはできるがの。じゃが動きがそれなりに素早く、わずかに当てただけでは、少し体の大きさを縮めることしかできない。しかも縮んだ分はすぐに補充される。と樹木の精気を吸い取ることによっての」


「丹? それは一体?」


「さっき話しに出てきていたであろう。こちらの言葉では辰砂、そしてそこから抽出される水銀じゃ。それと、近場の樹木から吸い取る養分で、奴は何度でも再生する。基本的に蛇の形をしているが、例えば頭を切り2つに切り裂いたとしても、それが今度は二股の頭に変化する。横に薙ぎ払ってもその部分から新しい頭が生え、切り飛ばされた部分は胴体にくっつき新しい頭となる。そうしてだんだんと頭が増えていく。そんな化け物じゃ、さらに厄介なことに、奴の意思で人型にも変形できる。神器の力を使っても倒しきることは非常に困難じゃった」


「そんな化け物どうやって倒したんだ?」


「結局倒せなんだ。巧妙に落とし穴に導いて落ちたところを土砂で埋めて封印した。しばらくしたら復活してくることは間違いなかったが、その前に邪気王を倒したのでの。それ以来封印が解けることはなかったのであろう。じゃがそんな奴が復活してきたということは邪気王の支配力が強まってきたのかもしれぬ。つくづく厄介なことになったものじゃ」


「……でもそれだったらそのニウジャに近づかなければいいんではないのか?」


「いや、そやつは思慮のないやつでの。例えば邪気王の命であれば迷わず人を殺す。人を栄養としているわけではないので、積極的に襲いかかるわけではないのだが、それでも目の前に人がいたら気に食わない、機嫌が悪いと言うという理由だけでその人間に襲いかかる。放っておいて良いやつでもあるまい」


「それって相当やばいやつなんでは? 犠牲者が出る前に一刻も早く倒しに行かないと」


「それは分かるが、さっきも言ったであろう。結局倒せなかったと。そんなやつに転魂したてで、まだ十分な力を持っていない我々が立ち向かっても、逆にこちらが反撃を食らって殺されるだけじゃ。やるにしても、もっと力をつけて、さらに作戦を練らねばならぬ」


「力をつけるたってどうやって?」


「この時代それほど邪気、妖気の類は今まで感じられなかったの。じゃが神聖な神々の力は存じることができる。そちの両親が勤めておる神社もそうじゃ。そこに祈りを捧げるだけでも力を得られる可能性がある。それらを繰り返していけば少しずつ元の力を取り戻していけよう」


「なるほど。でもそれってすごく時間がかかるんじゃ、そのニウジャ、ヤマタノオロチに先に人が襲われてしまうんじゃないのか?」


「案ずるな、まだニウジャは復活したてで、山の中から出てきてはおらぬ。少なくとも数日はかかるであろう。その間に力を蓄え対策を練るぞよ」


「はい、かしこまりました」


 ハルカが頭を下げる。


「ヒミコ様のご意思のままにぃー」


 ソラミそこまで言ったところで、3人の表情がふっと柔らかくなった気がした。


「日向子、陽菜さん、空良……みんな元に戻ったのか?」


「うん、武流……また面倒なことになっちゃったみたいね」


 日向子はまた少し涙ぐんでいる。


「大丈夫だよ。さっき言っただろう。俺が守るって」


 俺の真剣な言葉に陽菜さんと空が少し意外そうな顔でこちらを見た。


「武流君、日向子と付き合ってることついに認めちゃったの?」


「いや、別にそんな否定してたわけじゃないけど……今はそんなこと言ってる場合じゃない。みんなさっきの会話覚えてると思うけど、ニウジャとか言う化け物を退治しないといけない。例えるならヤマタのオロチのらしい」


「ええ、聞こえていたわ。なんかそれだけでとんでもなく強そうなんだけど」


「でもたっくんがこの前、大イノシシを倒した時もすごかったよ。あんな風に一撃で倒せるんじゃないかな」


「さあどうかな?あの時は無我夢中だったから、ただ今よりもずっと強くなる。簡単な方法があるらしい。神社にお参りに行って神様に力を分けてもらうんだ。とはいえ、神社と言ってもたくさんあるんだけどな」


 県内の有名なところだけでも数十箇所、小さな神社を入れればその十倍以上はあるはずだ。


「じゃあまず武流のお父さんの神社に行きましょう。歩いて一分もかからないし」


 日向子の言葉にみんな同意する。


 本当にすぐにたどり着き、境内を歩く。

 周囲の木々からは蝉の声が一斉に聞こえてきてうるさいぐらいだ。

 しかし、空気は澄んでおり、暑さはあるのだが心が清らかになる気分だ。

 両親に挨拶すると何か面倒そうだし、時間もかかるので、そこは省略。


 手水舎で手を洗い、本殿前に行って賽銭を入れ、鈴を鳴らし、そこで彼女を守れるよう、もっと強くなれるようにお祈りをする。


 すると周囲の光景が一変した。

 世界から色が失われる。

 モノトーンになった周囲の光景。それに戸惑っている自分がいる。


日向子、陽菜さん、空良の3人は手を合わせたまま全く動かない。

 いや、その3人だけではない。俺もその場で手を合わせたまま動かないでいるのが見えた。


 では一体今の自分は何なのか

 きちんと体もあるし服も着ているし、腕時計、指輪も装着している。

 ただ体は軽くまるで純粋に魂だけのようだ。


「やっと会えたな」


 すぐそばからそんな声が聞こえて思わず身構える。

 そこには自分と同じような体型、年齢、そして金色に輝く鎧をまとい、同色の槍を持った一人の古風な選手が立っていた。

それが誰なのか、俺にはすぐに分かった。


「……あんたは、もう一人の俺か」


「そうだ。転魂しそこねた、もう一人のおまえ、カケルだ。おまえが神様の前でもっと強くなりたいと願ったからやっと出てくることができた」


 俺はしばらくもう一人の俺、カケルと真剣な眼差しで見つめあった。

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