第18話 不老不死
夏休みも中盤に差し掛かった頃、日向子は俺の部屋に来て一緒に受験勉強をしていた。
一つの勉強机に、俺用と日向子用、二つの椅子が用意されており、いつもそれで話をしたり勉強したりしているのだ。
両親は仕事に出ている。
普通、男子高校生の部屋に同い年の女子高生が一人できている時点で、これはもう本当に付き合っているという風に見られてもおかしくはない。
実際、剣山登頂以降、日向子は今まで以上に俺と一緒にいてくれるし、必要以上に体もくっつけてくる。
互いの右手の薬指にはペアの指輪が光っている。
だが、手をつなぐ以上の進展はない。
おそらくそういうのはまだ日向子は望んでいないと思う。
日向子の両親は、LED の応用製品を使った会社を経営している。
そのためお金持ちではあるのだが、一代で会社を創業し大きくしたということで、日向子自身は
どちらかといえば、俺の家の方が、代々そこそこ大きめの神社を継いできたということで、彼女の両親からすれば由緒正しい家系なのだという。
そういう意味で、まさか俺が日向子に変なことをするようなことはないと安心しているのかもしれない。
まあ、何かあれば確実に既成事実として責任を取らされることにはなるのだろうが。
俺の両親と日向子の両親は本当に仲が良く、俺たちが結婚すると信じて疑わない。
そのことについて、日向子は本音ではどう思ってるのだろうか?
そんなことを考えているうちに、歴史の教科書では邪馬台国、卑弥呼の記述に差し掛かっていた。
気まずく思い、そのページを後に回そうかと思ったのだが、日向子の方から
「武流は、私の中に居るもう一人の私が、邪馬台国の卑弥呼だと思っている?」
と話を振ってきた。
「いや、それはどうだろうな」
本音ではそうかもしれないとは思っていたが、それを証明する手段はない。ただ、確実に超常現象を引き起こす存在が取り付いていることには間違いない。ただし、これも俺が変な幻覚を見ているのではなければの話だが。
「そうよね。もう一人の私だって、そのことについては触れてないから。っていうか、あの話って後の世代になってから色々と検証されてきたことなんだよね」
「まあ、そうだよな」
「でも私は10パーセントぐらいの確率でヒミコってあの卑弥呼だと思ってるの」
「へー、そうなのか、その根拠は?」
「ヒミコが、『魏』の使いの人と色々と交渉をしていたからよ」
その言葉に俺は驚く。
「それって10パーセントどころか確定なんじゃないのか?」
「うーん、そんなことない。だって、他にも魏の人はいろんな国の人と交渉してたみたいだから。当時、近隣諸国にはいくつかの、それなりに大きな国があったし、ヒミコっていうのも、お陽さまの巫女って言う意味で、各国に一人はいたみたいだし。ただ、私の中のヒミコが一番、呪術師としては突出した力を持っていたみたいなの」
「なるほどな、だけど、証明のしようがないよな」
「そう、私こそ本当の卑弥呼の生まれ変わりです、って公表したら、いよいよおかしくなったと思われちゃう」
そう言って苦笑する……そんな日向子もすごく可愛く思えてしまう。
「でも徳島が邪馬台国だったっていう根拠の一つが、県南の桑野川の上流で辰砂が取れていたということなの」
「辰砂?」
「そう、赤い鉱石で、水銀の原料にもなったわ。顔料とか、時には不老不死の薬として使われたこともあったの」
「不老不死? 本当に?」
「うん。それを使った死体は腐らなかったからね。でもそれは実際は毒。飲んだ人はかえって寿命を縮める結果になったわ」
「へえ、皮肉なもんだな」
「うん、鉱石の生々しい赤とか、それを熱して抽出できた水銀の不思議な性質も神秘的に映ったのかもしれないよね。それでなんだけど、『魏志倭人伝』の中で、『邪馬台国では辰砂が産出される』って書いてあるらしいの。でもその当時、日本で辰砂が採掘できたという記録があるのは、さっき言った徳島県南部の桑野川の上流だけ。魏から来た人もそれを見て結構驚いてたの」
「なるほど。ありえそうな話だな」
「でも、私の中の卑弥呼はそんな過去の歴史観なんかあんまり興味ないみたいなんだけどね。これ以、邪鬼が出てこないことを祈ってるの。私も一緒」
「ああ、それは俺も同じだ」
「もう一人の私、かわいそうに婚約者だったカケルと結婚できないままだったの」
「え、二人って婚約者だったのか?」
「うん、だけどもう一人の私だけが転魂でこっちに来ちゃったから。まあ、記憶があるかどうかだけの違いで、実際は武流もカケルの生まれ変わりらしいんだけど」
「そうなのか……でも、生まれ変わったって記憶はないのが普通なんだよ」
「だよね……だからせめて、私たちは子供の頃からの約束通り、結婚したいよね」
「ああ、そうだな……えっ!?」
日向子がさらっと言った言葉に俺は驚いて、彼女の顔をまじまじと見つめる。
「急にどうしたの?」
「あ、いや、日向子の口から結婚しようねって言葉が出たの、子供の頃以来だなって思って」
俺は顔が熱くなるのを感じながら、そう彼女に告げた。
すると彼女も顔を真っ赤に染めながら、
「そういえば、小学校を卒業して以降はお互いに言ってなかったかもしれないね。私はお父さんとかお母さんから、そういう結婚の意思を、武流が持ち続けてくれているって聞かされていただけだったし」
「そうだな。俺もきちんと日向子に言えてなかったかもしれないけど。まあ今更かもしれないけど……俺たち恋人同士でいいんだよな?」
「……もう……私はずっとそのつもりだったよ?」
日向子が、少し拗ねたように、恥ずかしそうにそう言う。
その彼女の視線の先には、右手の薬指の指輪が光っていた。
「日向子」
俺は、彼女の両肩を軽く掴んだ。
日向子は一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに何をされるかを悟ったようで、軽く目をつぶった。
それを確認して、俺が彼女に顔を近づけた……その瞬間だった。
ゾクンと背筋に冷たいものが走る。
慌てて日向子から離れ身構える。
彼女も椅子から立ち上がり警戒の様子を見せた。
すぐにその悪寒は治まったが何やら嫌な予感が頭の中に残り続ける。
「厄介なやつが復活しおったの。気配はかなり離れた位置から放たれておったから、今すぐどうこうと言うことはないであろうが……銀色の、定まった形を持たぬ強力な邪鬼……我々が呼ぶ名称は『ニウジャ』、この時代に伝わる神話で例えるなら、『ヤマタノオロチ』、そのぐらいの強さじゃ!」
美しくも鋭い眼光をたたえる日向子の顔は、ヒミコのそれに変わっていた。
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