第13話 聖域
顔つきがいつもの日向子とは異なる。
もう一人の日向子だ。
「本当ですぅ、私たちが前に登った時はすごく日にちがかかったのにぃ」
空良も別人格のソラミが出てしまっている。
「私が申し上げた通りだったでしょう? そしてこの場所からなら神器の在り処、聖域が特定できます」
陽菜さんも同様、ハルカとなっている。
「ふむ、しかし山中に入ってしまうとまたわからなくなってしまうのではないか?」
「お任せください、あの鷹を使役しましょう」
陽菜さんはそう言うと右手の人差し指を、山頂から見ると眼下に飛んでいる一羽の鳥をさして、何か呪文のようなものを唱えた。
すると指輪が一瞬キラリと光ったような気がした。
トンビより小さく飛行速度の速いその鳥は、操られるように陽菜さんの頭上に飛んできて旋回を始めた。
一瞬まさかと思ったが、そんなことがあるわけがない。ただの偶然だ。
「ふむ、これで準備は整った。では急ぐとするか」
そう言って日向子が下山する方向に向かって歩きだし、後の二人も続く。
いや、今の彼女は日向子ではなくヒミコだ。
あとの二人もハルカ、ソラミで、ここに来て別人格が出てきてしまったことになる。
俺は戸惑いながら、三人の後をついて行く。
さっきとは別の下山ルートを降り始めた彼女達。
幾分険しい道なのだが、下りということもあるのか、軽やかに進んでいく。
しかしある地点、大きな倒木が何本か折り重なる場所まで来たところで、ハルカが
「ここから先は道なき道を進まなければいけないようです」
と言葉にし、先程の鳥、おそらく鷹が旋回する位置を指さす。
「ちょっと待った! もう日が傾いてきているのに、登山道を外れるなんて! こんなことをすると遭難してしまう!」
俺が陽菜さんの別人格にそう指摘する。
「日があるうちに聖域に向かうのじゃ。何としても今日のうちに神器を手にいれねば」
「さっきはハルカさんが指輪を光らせたのは? もう神器になってるんじゃ……」
「あれぐらいのことは、神器でなくても可能です。ヒミコ様のおっしゃる通り、何としても今日中に本物の神器を手にいれなければなりません」
「あー、もう分かったよ。せめて足跡を残すようにするから」
俺はそう言って現在地と足跡を残すスマホアプリを起動した。
携帯の電波はギリギリ届く範囲だ。
しかし、これ以上先に進むとどうなるかわからない。
俺が一緒にいながら、三姉妹を止めることができない。ならば、せめて俺が彼女達をいざということに助けることができるようになっていなければならない。
聖域や神器などという意味がわからないものに夢中になっている三人が正気に戻った時に俺が役に立たねばならないのだ。
そんな俺の思いをよそに、彼女たちは藪の中を突き進んでいく。下草で足元が見えない箇所も多々あるのだが、これが普通と言わんばかりに、途中で拾った木の枝を杖にしてその歩みを止めることがない。みんな厚手の手袋をはめていたので怪我をしていないが、素手だと傷だらけになっていたことだろう。
鷹が旋回する場所を目指して歩くこと約三十分。急にあたりの雰囲気が変わった。
何がどうと言葉に表すのは難しいのだが、まるで手入れの行き届いた神社の境内のような神聖さを感じる。
「聖域に入ったようじゃの」
ヒミコが嬉しそうにそう、口にする。
よく目を凝らして見てみると、木々の緑色が濃く、明らかに生命力に満ち溢れている。
「はい、ヒミコ様もう少しでございます」
ハルカも、そしてやや疲労の色を浮かべていたソラミも笑顔になった。
そして最後にやや高さのある岩の段差を飛び降りたところで、その空間は現れた。
広さで言えば六畳いったところだろうか、地面が砂利で終われ、雑草も生えていない場所が存在している。
大きな木が二本、その間に一般家庭に祀る神棚ぐらいの小さな
別の木には、先ほどの鷹が止まっていた。
祠自体はかなり古ぼけてはいるが、新しいしめ縄が飾られ、お神酒が入っていると思われる徳利も置かれている。誰かが定期的に手入れをしてるのだろう。
「ここですね。目立たんのよう小さな祠にしていたのですが、まさか千年以上、祀ること自体が継承されていたとは」
ハルカが目を見開く。
「感傷に浸りたいところじゃが、儀式が先じゃ。さっさと済ませてしまぞ」
ヒミコはそう言うと、右手の手袋を脱ぎ、開いて差し出した。
「日向子の思いが十分に籠もっておる。この指輪、良い形代となろうぞ」
ヒミコは、俺に笑顔でそう語りかけた。
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