第2話 検査着

 最初、日向子が何を言っているのかが分からなかった。


 しばらく固まったが、どうやら名前を聞かれているらしく、幼い子供の頃から一緒に育ってきた彼女にそんなことを言われたことに戸惑い、固まった。

 その間も、日向子はじっと俺のことを見つめていたが……救急車のサイレンの音が近づいてきて、そちらの方に目をやった。


「……ヒミコ様、この娘の記憶によれば、どうやら今世では『救急車』なるもので医師の元へ運ばれることになるようです」


 陽菜さんが、妹の日向子に近づいてそう言った。


「うむ……こちらでの体に悪いところがないか心配ではあるからの。医師に調べてもらうのは良いことであろう……それにしても、世はずいぶんと様変わりしたものじゃ」


「ヒミコ様、私もお供いたしますね!」


 彼女たちの妹の空良が、相変わらず元気なのは安心だが……言っていることの意味がよく分からない。

 日向子は、両肩に掛けていた俺の手をそっと外した。


「そちは『カケル』じゃな……やはり男では『転魂』できなかったか……まあよい。生まれ変わることはできているようじゃからの……」


 俺の顔を見て、なぜか少し悲しげにそう語る日向子。 


「ヒミコ様。邪鬼王の気配はどこにも感じられませぬ。もし肉体を取り戻していたならば、奴の気配、万里離れていても気づけるはずですが……」


 陽菜さんが、目を閉じて集中し、周囲の音を聞き分けるようにゆっくりと首を動かしながら話す。


「うむ、そちらの力を借りて『「巌貫終閃いわつらぬきしついのひらめききわめ」』で砕いてやったからのう……じゃが、油断は禁物じゃ。早々に『神器』を手にいればならぬ」


「はいっ! ヒミコ様のご意志のままにー!」

 空良はなぜか満面の笑みだ。 


 そして騒然とする会場に、救急車が到着。

 俺も同乗したかったが、親族でもないし、日向子にも「心配はいらぬ」と拒否されたので、彼女達を見送るしかなかった。

 

 この会場には、大学生の陽菜さんが運転する軽自動車に乗せてもらってやってきた。そのため、高校生の俺には帰りの足がない。

 

 本当はタクシーを呼んですぐにでも彼女たちが運ばれるであろう病院に駆けつけたかったが、三姉妹の親しい知り合いが会場には俺しかいないということで、主催者から彼女達の通う学校名や、両親への連絡先など、いろいろ質問された。


 といっても、俺も三姉妹の両親の電話番号を直接知っているわけではなく、一度自分の両親に電話する必要があった。

 自分の母親にスマホが繋がり、天野家の三姉妹が雷に打たれた、というと相当驚かれたが、とりあえず意識はしっかりしていて、立って歩いていたことを説明すると安堵した様子で、彼女たちの両親に連絡すると言ってくれた。


 ここまでかなり時間を使ってしまったが、主催者から彼女たちが運ばれた病院を聞き、急いでタクシーでそちらに向かった。

 すると、もう大体の検査は終わっていたようで、特に問題なく彼女たちが入っている三人部屋の病室に案内された。

 検査着に着替え、雑談していた様子の三姉妹。思ったより元気そうだった。


「おお、今世の『カケル』か。やはり最初に見舞いに来てくれたのはそちであったか。聞いてくれ、妾は上半身裸にされて、あちこち調べられたのじゃぞ!」


 日向子が不満げにそう愚痴る。

 全員、検査着のままで、特に日向子は首元が大きめに開いており、下着も着けていないようで少しドキリとさせる。


「ヒミコ様、先ほどから申し上げております通り、この時代ではそれが普通なのでございます……私も『検査』受けましたよ」


「私もですぅー、ちょっと恥ずかしかったですけど……」


 陽菜さんと空良がそんなふうに話す。

 俺としても、病院の先生とはいえ、日向子の上半身裸の姿が見られたのは少しショックだったが……そんなことよりも、彼女たちの今の様子を見る方が、泣きたくなる心境だ。


「うん、なんじゃ、カケル……そんな顔をして」


「……日向子、ふざけてそんな話し方、してるんじゃないよな……どうなってしまったんだよ……」


「……なるほど、そういうことか……そちは、妾が今、支配しているこの娘に惚れているんじゃな……案ずるな、我が魂の支配を引っ込めれば、この娘は以前の人格を取り戻す」


「ほ、本当に? いや、よく分からないけど、治るんだったら、すぐそうなってくれ!」


 藁をもすがる思いで、彼女に言葉をかける。


「まあ、そう焦るな……それより、もう一度聞くぞ……今世での、そちの名は?」


「本当にそれも忘れたのか? 『大和やまと 武流たける』だよ!」

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