そちの名は。
エール
第1話 ヒミコの転魂
かつて日本のどこかに存在したという邪馬台国。
九州説、畿内説が有力とされているが、まだ結論は出ていない。
そんな中、実際は四国のどこかにあったのではないか、という説まであって、それにあやかった町おこしフェスティバルが開催されたのだが……。
「さあ、卑弥呼そっくりさんコンテストもいよいよ佳境、決勝には三名の美女が残りました! 果たして、優勝の栄冠は誰に輝くのでしょうか!」
テレビで見たことがあるような、ないようなお笑い芸人がMCとしてイベントを盛り上げている。
その決勝に残っているのは、全員俺の幼なじみだった。
陽菜さんは二十歳の大学生で、俺にとってはお姉さん的存在。
日向子は十七歳、俺と小、中、高校と同じ学年、同じクラスで、双子のきょうだいといっても良いぐらいに気心が知れた仲だ。
そして空良は十五歳、姉二人だけでなく俺にも甘えてきて、いつも元気いっぱいの妹分。
特に末っ子の空良はこのコンテストに乗り気で、
「優勝して芸能プロダクションからスカウトが来たらどうしようぅー……」
と真剣に悩んでいたが、こんな田舎のイベントなので芸能プロダクションに注目されるはずもなく、好きにしてください、という気持ちだ。
とはいえ、動画サイトにアップされる可能性もあるので、空良の年齢や可愛さを考えるとあながち無いともいえないのだが。
それよりも、俺と同い年、一七歳の日向子の方が心配だ。
小顔でくっきりとした目鼻立ちで、それでいて全体的に清純な顔つき。
長い黒髪に潤んだ瞳、愛らしい笑顔。正直、よくテレビに出ているアイドルにも負けていないと思っている。
それでいて、サバサバした、ちょっと天然だが明るく、誰からも好かれる性格の良さも、俺が密かに憧れているところだ。
「日向子はもしこのコンテストで優勝して芸能プロダクションにスカウトされたらどうするんだ?」
とそれとなく聞いてみると、
「私は、芸能界とか興味ないよ。今までも何度も断ってるし……」
と意味深な返事が返ってきていた。
日向子、スカウトされていたのか?
一体どこで、どのプロダクションに……とも思ったのだが、本人にその気がないなら、まあ、安心だ。
決勝に残っているのがこの三人、ということは、三姉妹の誰かが優勝するのは分かっているのだが……そもそも卑弥呼のそっくりさんって何だ? 誰か実際の卑弥呼の人相を知っているのか? ……そんな疑問も湧くのだが、実際のところ三人とも美女、美少女なので、あえて審査基準に異論を唱えるような人はいない。
夏休み、陽菜さん以外の高三と中三の俺たちにとっては受験勉強漬けの日々が続いており、たまには気ばらしに、ということで家の近くで開催されるこのお笑い? イベントに参加していた。
地元アイドルのコンサートや四国邪馬台国説を真剣に討論するトークイベント、屋台なんかも出ていて、田舎のフェスティバルとしてはそこそこ盛り上がっている。
そっくりさんコンテストには小一ぐらいの女の子から八十歳を超えるおばあさんまで二十人ほど参加しており、それならばあの三人が決勝に残るのは普通だろう。
優勝しても、もらえるのが地元だけで使える三千円分の商品券では、参加者が少ないのも仕方が無いところだ。
田舎とはいえ、百人ぐらい集まっている人に注目される恥ずかしさもあるだろうし。
……それにしても、さっきまで晴れていたのに、急に空が暗くなってきたのが心配だ。夕立が来るかもしれない。
「さあ、審査員の投票により優勝者が決定しました!」
MCの人も、ちょっと進行を急いでいる。
「栄えある卑弥呼そっくりさんに選ばれたのは……天野日向子さん、十七歳に決定しました!」
おおっ、という歓声と共に拍手が沸き起こる。
こういうのに結構ノリが良い日向子が、嬉しそうな表情を浮かべた後、観客に向かって手を振る。
その瞬間、轟音と共に紫電が走り、俺を含む全員が目を閉じ、耳を塞いだ。
……数秒後、目を開けると、ステージ上の三姉妹が倒れていた。
「日向子、空良、陽菜さんっ!」
背筋に冷たいものを感じながら、俺は倒れている三人の元へと駆け寄った。
すると、三人ともすぐに目を開き、肘をついて起き上がってきた。
生きていた……まず、そのことに安堵した。
「みんな、大丈夫かっ!」
俺が声を掛けるが、日向子はそんな俺の声を無視するかのように周囲を見渡し、次に自分の両腕を見つめていた。
「……ヒミコ様、お具合はいかがですか?」
陽菜さんが、今まで聞いたことのないような言葉遣いで妹の日向子に声を掛ける。
「……そちはハルカじゃな。
日向子も今まで聞いたことのない声で、陽菜さんの問いかけに答える。
「……私も、上手くいったみたいですよぉ。こちらの世は大分変わったみたいですね!」
空良まで言葉遣いが妙だ。
「おお、そちはソラミじゃな。ということは、三人とも成功したということじゃな」
三姉妹全員が、明らかにおかしくなっていた。
「……みんな、何言っているんだ、しっかりしてくれ! 日向子、俺のことが分かるか?」
俺は思わず、日向子の両肩を掴み、軽く前後に揺らしながらそう尋ねた。
すると彼女は、きょとんとした表情で俺のことを見つめて、こう言った。
「……そちの名は?」
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