第8話 鳳凰

◇◇◇【5/1】



ようやく制服が届いたので、まともに登校することになる。


教室に着くと、まるで当たり前かのように捺が登校してきていたので驚いた。


が、いつものように私に一直線ではなく、自分の席目掛けて歩いていく。


友達数人に声をかけられ、明るく返す彼女は、恐ろしいまでにいつも通りだった。


私は話したいことが沢山あるため話しかけようと席を目指す。




「…おはよう、捺」


「おはようございます、瑠璃さま」


学校でもその姿勢なのか。


傷つきながらも、めげずに話しかける。



「が、学校じゃ関係性を怪しまれるんじゃないの、それ」


「しかし私はあなたを祀るために生まれた巫女。

今までのようにタメ口とはまいりません」


「そんな……」



絶望しつつ、私はキャンパスノートを取り出した。

使い古されたボロボロのものだが、私にとっては希望の光。



「私、一ノ瀬さんっていう考古学…?の研究をしてる人と会ったの。

それでね、私のことを色々教えて貰って……」


「瑠璃さま」


ガタッとたちあがり、キャンパスノートをふんだくる。



「あまり外のものと交友なされませぬよう」



1ページ目を掴んだかと思うと、それを勢いよく引きちぎる。


2ページ目、3ページ目ーー紙吹雪のように散っていくそれを、私は絶望しながら見ていた。



「やめて!!!」


「では私を殺しますか」


低い声に、ビクッと肩をあげる。



「いっそ、殺してくださればーー」


「そんな事言わないで!!」


紙を集めながら必死に言う。



大声に周りの注目が集まったのがわかった。




「捺ーーねえ捺、私たち友達だったはずでしょ?」



いつからか。



あんなに友達はいらないと言っていた私が、ここまで依存するようになってたなんて。



捺なしなんて考えただけで恐怖だ。


もう、美夜と並ぶほどの存在なのだ。



ねえ頼む、何をしたら元に戻ってくれる?





「っるさいわね!私の気持ちも考えなさいよ!」




捺が、キレた。



唖然とみてると、捺がハッとし、慌てて口を抑えた。



「違うんです、失礼ーー」


「何も違くないよ」


ちゃんと、考えてるよ。



お面の下の涙の意味だって、かなぐり捨てたピンの意味だって、髪の毛が切れなかった理由だって。



思わず立ってしまっていた捺は私よりも背が高く、胸の辺りで捺を抱きしめる。



「わかってる。

捺は私の事、ちゃんと友達だって思ってくれてるって」


「ちが、ちがうわ、私はあなたを守るために遣わされた……」


「お願い。


ここには誰もいないから」


むらの連中も、白守の巫女も。



だから本物の捺をみせて。



「ちがうの、ちがう…………」


ガクンと崩れ、地べたに座り込む捺。



そうして、涙を零しながら俯いた。





「ごめんなさい。


私、あなたに酷いことをした。


ずっと騙してた」



「いいよ。


もうぜんぶ許すから」



それくらい、私は捺のことが好きだから。



「ごめんなさい、私、瑠璃が酷い目にあうの知ってたのに」


「初めて名前で呼んでくれたね」


ハッと口を手で塞ぎ、私の目を見る。



「目もみてくれた」


「すみません、御無礼を……!」


「いいんだよ。


ここはそういうのが無い、ただの学校だよ」




もうすぐ始業の合図がなる。



それまでにこれは収まるだろうか。



「ほら、授業終わったら話そう」


「ごめんなさい…ごめんなさい」


「もういいんだって」



私はこういう時どういう顔をすればいいのかわからず、無理やりわらってみることにした。



「だって、お友達でしょ」


そうすると彼女は見惚れたような顔をして、それから泣きながら笑った。



「うん」





私はこうして、お友達を取り戻したのである。






私の計画を引きちぎられた紙をセロテープで止めながら説明する昼休み。


捺は食堂でパンを買い、教室で私たち二人は席を並べて食べていた。



「そんなことで瑠璃が人間になれるなんて思えない」


「でも可能性はある」


「……小鳥遊朱祢だっけ。

とにかく会ってみるしかなさそうね」



焼きそばパンを齧りながら、敵意丸出しで言う。



「瑠璃をたぶらかそうとしてる悪者かもしれないじゃない」


「そんなことないと思うけど」


「そもそも、鳳凰って言うのが本当か信じられないわ。

考古学者だっけ。

その人の調べたものはすごくよく出来ていて信頼できるけど……」


セロテープまみれの紙を見ながら。



「よくまぁ一般人がここまで……」


「むかしアカネさんの器になってたんだって。

それで私たち邪眼に興味が湧いて、調べることにしたらしい」


「瑠璃が器って…本当なの?確かに父親は不明だけど」


「お母さんにきいたけど、いないって言ってた」


「うーん……」


焼きそばパンを無理やり詰め込んでから、それをお茶で流し込んで。



「放課後、会いに行くわよ。


この小鳥遊朱祢って女に」


彼女らしく先導するが如く、そう言い放った。




放課後、私たちは保健室の前にいた。



「中にいるのよね」


謎のお札を何枚か懐からだしている。


思わず驚いて声を上げてしまった。



「っ!?なにそれ!?」


「中にいるのが瑠璃の敵だったら困るじゃない。

破邪の呪符よ」


「急に巫女っぽいことするのやめてっ、ていうか中にいるのは本当に味方なんだってーー」



「騒いでんじゃねーよ。

なんだてめーら?」



ガララと扉が開き、アカネさんが出てきた。



さすがに騒ぎすぎたか。



「お、瑠璃じゃねーか!お隣はお友達か?」


「あんたが鳳凰?」


先生相手にありえない目付きでそう問うと、ガラリと雰囲気を変えた先生がにやりと笑った。



「……そういう話なら廊下じゃなくて室内でしよっかー」


中に案内され、ピシャンッと扉を閉められる。


ついでに鍵も、がちゃりと。



「もう放課後だから人もこねーだろ。

ったくあっちーな今日」



白衣を脱ぎ、ソファにかける。


ついでに自分もソファに座り、反対側に誘導される。



「おら、座れよ」


「アカネさん、捺はアカネさんが鳳凰かどうか気にしてるらしいです」


「あー、そんなこと?じゃあちょっとまって」



ソファからよっこらせと立ち上がり、カーテンというカーテンを全て閉じた。



そうして薄暗くなった室内で、先生はくるりとワンターン。



するとキラキラとした粒子の中、1羽の鳥が現れた。


ダチョウくらいの大きさで、朱色の綺麗な鳥だった。


尾には孔雀の羽のようなものが着いており、美しいまつげの奥の朱い瞳をこちらにむけていた。



伝説の霊鳥、鳳凰そのものであった。



バサリと羽を広げたかとおもうと、キラキラとした粒子の中からアカネさんが現れた。



たった一瞬の変幻、それでも、確かに鳳凰だと証明するのには十分だった。



「なっ……」

捺は、ぺたりと座り込んで、呆然と先生を見つめる。



「本当に……」

「これで信じたかー?」


信じるも何も、これで手品ですか?と聞ける人がいたら驚きのレベルである。



私も呆然としながら、なんて美しい生き物を見れたのだろうという幸福感に満ちていた。



「鳳凰って綺麗なんですね」



「まあ全鳥類の長だからなー。

それなりに威厳に満ちた格好をしてねーと」



ソファにどかりと座り込み、さっきの美しい生き物とは同じと思えないほど横柄に喋った。



同一人物とは……。



「な、なによそれ……!」



驚くというより引いてる捺、ソファから立ち上がって分かりやすく引いてた。



「綺麗だったね」



「瑠璃は瑠璃でなんでそこまで落ち着いてられるのよ!目の前で人が鳥になったのよ!?」



いやぁ、まあ……美夜とか見てるし。



驚かなかったといえば嘘になるけど、変わると知ってたならまあそこまで驚かなかった。



「ま、まあ……見たものは信じるわ、山本先生は鳳凰なのね。


鳳凰ってあれよね、全鳥類の長の1万円札の裏に描かれてる……吉兆時に現れるんだっけか」



「なんでそんなに詳しいの……!?」



「ある程度の伝説は小さい頃に教わったわ。


マニアックなものはしらないけど」



急に巫女キャラを主張し始める捺だった。


よくもまあ今まで隠していたものだ。



「その鳳凰さまがなぜ……」



さっきまで破邪がどうの言ってたひとが様付けしてるよ。



「私は玉藻前の友人だ。


親友って言っていい」



あっさりと関係性を明かす。


お、お友達ですか。



「お友達だから、何とかしたい、助けたいと思って、力の限りを尽くして、弱りに弱ってーー柚螺にあったろ。


あいつは私の代わりに器をしてくれたんだ」



そのノートの相手だ、と、私が持つノートを指さす。



「お前にもそれをしてもらいたいと思ってる。


そして玉藻前を復活させてもらいたい。


身勝手な願いなのはわかってる、ただーー」



「ああ!!?」



ガタンと立ち上がった捺が、先生を指さす。


ついでに口をパクパクと開いて、しばらく喘いでから、震え出す。



「“朱い髪の神様”ーー!?」



朱い神の神様。



シンデレラを代々守るよう村人に言い聞かせ、その後富を与えた、一番最初のシンデレラと村人に言い聞かせた、あの?



「そだよー。


あたしゃ、邪眼を守れってお告げを下した張本人でーす」



自分を指さし、あっけらかんと明かした。



それに負けじと立ち上がったのは、捺だった。


拳を強く握り、もう片方の手で先生を指さす。



「あ、あんた……あんたのせいで、村人は伊織さまを、邪眼を心酔するようになったんだ!伊織様を孤独にしたのはあんたのせいだ!」



「孤独って」



「小さい頃は、一緒に仲良く遊んでたのよ。

私と、歌月って野郎と、3人で。


でも大きくなって、突然私たちは引き離されたの」



部屋の中のコントローラーを思い出す。

あれは確か、3つではなかったか。



彼女の言うことが本当なら、お兄ちゃんとその後もうひとりと捺の仲良しを奪ったのは、村だ。



「私は巫女として教育を受け、伊織さまは邪眼についての勉強を強制された。


歌月は……まあ今はいいわ。


とにもかくにもあんたのせいよ。


村の連中が怖がって近寄りもしない存在に伊織さまを仕立てたのは!」



「それは……まあ、悪かったと思ってる。


邪眼についてはこれでも詳しい方だと思ってるし、特にシンデレラに関しては発生してからずっと研究していた。


だから、私が何をしでかしてたのかもよくわかってる」



ぺこりと、頭を下げた。



「すまなかった。

あたしの考えが甘くて、まさかこんなことになるなんて、思いもよらなかったんだ」



以外にもあっさりと頭を下げた彼女に、捺は少し驚き、一方後ろを下がった。



「る、瑠璃はどうするつもりよ。

今まで通りするつもり?」



「まさか!白龍は白龍の思うように生きててもらいたい。


だからこうしてあたしがサポートしようと学校にまでつとめてるんだ」



その言葉を聞いて、安心したようにため息をついた。



「……そう」



とすんと、ソファに座り、頭を抱えた。



「もう一度確認するわ。


あなたは日向尚隆の遣わしたボディーガードってことでいいのよね」



「そうだ」



「……わかった」



カバンを持って、保健室のドアに手をかける。



「瑠璃、行くわよ」



「あっ、待って……先生それじゃあ」



と、ガシッと手を掴まれた。


ビクッとしてると、「白龍」と真面目な顔でこっちを見つめてきた。



「変なの、混じってる……?お前、最近変な神社とかいったか?」



「え?」



思いもよらない発言に驚いてると、パッと手を離してくれた。



「いや、ずっと前だな、これは……」



「私、は、初詣すら行ったことないです!」



正月はおじさんの用意したおせちを食べて寝るに限るが母のモットーである。



「そうか……もし周りに変な力とか持ってる奴がいたら、遠慮なく言え。

お前を殺したいと思ってる奴は山ほどいる」



「なっ」



おどろいて、ついポーカーフェイスを崩す。



「白龍家は暗殺の家系なんだ。

恨みを買いやすい。

それを守護するためにも、村に置いていたんだ」



「暗殺の……もしかして、邪眼で……?」



「ああ、証拠も何も残らないからな」



「……」



恐ろしいことを聞いてしまった。



私は1度力を暴走させている。


やらかしている存在だ。



「私も、殺さなきゃならないの……?」



つい不安になって先生に聞くと、今度は抱きしめられた。



「そんなことは絶対あたしがさせねー!だから心配するな!」



朱い髪を西日に照らしながら、うっとりするほど綺麗な笑みを浮かべ。



「あたしがお前を絶対に守る!」



女神なのに、ヒーローみたいに、言い切った。




保健室を出た瞬間、足元から崩れるように捺がしゃがみこんだ。



「私じゃなく、あの女が瑠璃のボディーガードなんて……」



「捺」



どういう気持ちか分からない。


こんなとき、美夜なら気持ちを読み取って、簡単に慰められるのかな。



「どうしたの」



「私は瑠璃を守るためにここにきたのよ、それを神様だかなんだか知らないけど横取りするなんて……」



「ちがうよ」



しゃがんで、目線を合わせて。



「私と友達になるために来たの。

だから、守るとかそういう面倒なことは全部あの人に任しちゃおう。

強い神様らしいし」



私たちは、主従じゃない。


もう、友達だ。



「それじゃだめ?」



「だめなわけないじゃない……!」



私の手を取って、嫌で嫌で仕方なかった顔をしていた彼女は、笑った。



「ありがとう、瑠璃」



あれ?なんか……忘れてるような。



「あ」



「え?どうかした?」



「あ、いや……なにも」



能力を持ってる子を1人思い出したからだ。



私のもう1人のお友達ーー美夜。



知り合いに変なのとなると、それくらいしか思いつかない。


先生に聞けば、あの子のルーツも分かるのだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る