第7話 一ノ瀬柚螺

◇◇◇【4/29】



学校に通う日である、が、制服がないので通えず、途方に暮れていた。



あー早々欠席かぁ。


私あまり体強くないから、出席日数は稼いでおきたいのになあ。



仕方が無いので、自宅の滅多に使わないパソコンで処女受胎について調べる。



なるほど、イエス・キリストがマリアの中に宿った時に天使が現れ、報告したと。



その天使とやらもいないこの処女受胎は、一体なんなんだろう。


私の半分は、一体何で作られてるのだろう。



「私が、玉藻前…」


信じられない現象だが、有り得るのだろうか。



普通の人間が妖怪を産むなど、あっていい事なのだろうか。



電話がかかってきた。


どうせ学校からだろうと思い放置してると、お母さんが受話器を私に渡してきた。



「…はい」


《こんちわーす。



あたし、ここの保健の先生ってゆーいけない立場やらせてもらってるものっすー!》


随分軽快に話す保健の先生だな。



《一昨日だっけ?飛野大野から帰ったって聞いたからびっくりしたよー。

大丈夫?怪我とかしてない?》


「!?」

驚いてると、てへって声に出しながら、彼女は名乗り出た。



《尚隆とは影で繋がらせてもらってて、学園でのあんたの警護をたのまれてます♪


小鳥遊朱祢です》



保健の先生が私の警護を頼まれてた人だったのか!


「その、小鳥遊先生はどこまで」


《アカネでいいよーん、みんなそう呼ぶし》


バリバリと音がする。

なんか食いながら説明してるなこの人。



《私もお前と同じでちょっと人間とは遠い存在なんだわ。


だから警戒レベルナッシングでよろしくー》


「え、あなたは何なんですか。妖怪ですか」


《それは会った時に直接言うわ。

今日元気なんだよな?》


「あ、はぁ…」


《じゃあ体操服で保健室登校してこいよ。

上のもんには内緒にしておいてやっから》


「え、でも、もう休むって学校には伝えてしまっていて」


《そんなん無視でいいんだよ!》


バリバリと音がうるさくなる。



《これは私個人の問題だからさー。

悩んでるんだろ?どーせ玉藻前のこととかで》


ドキリと胸がざわつく。


ビンゴだ。



《私はそれに限りなく等しい存在だから。

お前が調べられないことまで教えてやんよ。


じゃ、学校で待ってるかんなー》


そう言いたいことだけ言ってがチャリと切られる。

つー、つー、と切れた音がみょうに耳に残る。



「また、異能なひとってこと…?」


美夜につづき、また変な能力でも持ってるのだろうか。


今なら口から火を吹いても信じてしまいそうだ。



とにかく、体操服に着替え、登校する旨をおじさんに電話で伝える。



《アカネちゃんがついに動き出したかー。


今から御先寄越すから、車で行きなさい》



そう言われ、本当に仲間なのだと知る。



「あの、先生って」


《味方だよ。

誰よりも君のね》


そうとだけ告げられ、通話を切られる。



10分も経たないうちに車が来て、お母さんに出かけてくることを伝えてから外に出る。



もう桜はとうに散り、暑さがでてきた。


体操服でも全然寒さはない。



「御先さん、一昨日はありがとうございました」


助けてくれた礼を言うと、


「いえ、私は命令のまま動いているだけですので」


と返され、やっぱりな…と思っていると、まさかの言葉が続いた。



「アカネさまの元へ向かうのですよね。


とても素晴らしいお方です。


ぜひ仲良くしてくださると、私としても嬉しいです」


「知り合いなんですか……!?」


「はい。

アカネさまの旦那さまが、私の主人です」


主人とは。

おじさんとは違うのか。


ますますそのアカネさんとやらが気になる。





学校につき、教室には寄らずに保健室を目指す。



初めて向かう場所なので、校内案内の記憶を頼りに向かい、なんとかついた。



中学、高校と別れており、つまりこの学校には2つ保健室が存在することになる。



保健室と木で書かれたプレートが下がる扉をノック。



「どーぞー」

電話そのまんまの間延びした声が聞こえ、扉を開いた。



「失礼します」


その先には、地毛であろう朱色の髪の毛を簪で一括りにし、白のフリルのブラウスに黄色のスカートという髪色とはあってない組み合わせの上に白衣を着た、20代後半くらいの女性がいた。



朱色の髪の毛。


それだけで異端で、仲間意識が湧く。



「おー白龍かー。


まってたよん」


にこにこ笑顔でそう言うと、私を保健室のソファへと案内した。



「あの、その髪の毛…」

「ああこれか?私の地毛だ。

綺麗な色だろー?」


夕焼けみたいに輝く色が地毛とは。


外国の血でも入ってるのだろうか。



「学校的にはアウトなんだよなーこれが。


でも無視してるの。

ウケんだろ」


教師が無視してんのはアウトだろ。


奥でカチャカチャ飲み物を用意してくれる。


「ほい緑茶。

熱いから気ぃつけなー」



黙って受け取ると、いししと嬉しそうに笑った。



「あたし、ずっとお前に会いたかったんだぜ」


「おじさん…尚隆さんから聞きました。

私の味方だと」


「そーよ、あたしはあんたの味方。

産まれる前からね」


ソファの正面に座ると、長い足を組みながら喋り続けた。


「伝説って信じるタイプの人?」


「…私の立場で信じなかったら、非常識では無いでしょうか」


「あっはは、確かに!」


玉藻前の逃げ込んだ岩が砕け散り、当たって邪眼になった私の祖先。


実際私が邪眼である以上、それを信じない訳には行かない。



「あたしはさ、鳳凰ってんだ。


1万円札の裏に載ってたりする、伝説の鳥」


やすやすと正体を明かしたので、目を丸くする。



鳳凰…?鳥…?


「全鳥類の長でもあり、神々を仕切る役目もになってる吉兆の象徴。

それがあたしの正体だ」


「先生は、人間じゃないの…」


「見た目はそうしてるけどな。

ちがうんだよ」


私は、なんと言っていいのか分からない感動に打ち震えていた。



美夜やお兄ちゃんと初めて会った時のような、仲間を見つけた充実感。



「どーだ、驚いたかー」


「先生は、鳥なんですか」


「鳥だ。


鳥の神様だ」


ズズ、とお茶をすすりながら、話を続ける。




「聞きたいことがあります」

「なんだー?」


「私は、人間なんですか」



溢れ出た質問をした瞬間、涙が出てきた。


この数日が目まぐるしくて。



じわりと滲む視界で、藁にもすがる思いで聞く。



「私は、なんなんですか…」


処女受胎から生まれたという私。



「自分がなんなのか分からないというのは、恐いです…」



半分人間で、もう半分は?

なんで私は生まれたの?

泣きじゃくる私に、先生は抱きしめて返答した。



「お前は人間じゃねえ。


でも、神でもねえ」



香水なのかいい匂いがする。


その安心感に、少しだけ恐怖が和らぐ。



「お前はな、器なんだよ」



うつわ?入れ物ってこと?

疑問しか浮かばないまさかの回答に、先生は頭を撫でながら私の目線に立って優しい目付きで。



「お前は玉藻前をつくるための器なんだ。


あたしゃこーゆー説明苦手なんだよな」


「器は人間なんですか」


「んー…。

ごめん。


人間じゃない」


謝りながら、あっさり言った。



私は、人間じゃない…。



「半分玉藻前で半分人間ってとこだな」


「え、半分玉藻前なんですか」


白衣を脱ぎ、代わりに春物のコートを羽織る。



「考古学の研究をしてる知り合いがいる。


多分そっちの方が説明が早ぇ。


だからいまからいくぞ」


「え、先生仕事は」


「どーせ転んだ程度しかでねーんだから、大丈夫大丈夫!」


保健室は外に直接つながっており、そこから無理やり外に連れ出され(体操服のままである)、黒色の車に乗っけられる。



「お、近くまで来てくれるらしーぜ」

携帯をいじりながら、カーナビをセットして。



「よっしゃー!しゅっぱーつ!」

と嬉しそうに車の運転をはじめた。




車で15分ほどだろうか、おしゃれなカフェに到着した。



「私、体操服なんですけど…」

「気にしたら負けー!行くぞ!」


親がる私を引きずり出し、一人の男 の人の前に案内された。



背丈は小さめ、全体的に柔和な、色素の薄い優しそうな人である。



「アカネ!また無理やりしたんでしょ!ダメだって!」


高位の神々であるアカネさんを呼び捨てにするほど仲が良いらしい。



年齢が読めない顔をしている。


肌とかもみずみずしい。


生徒だと言われてもなるほどと思ってしまいそうだ。


彼は私を見る度、驚いた声を上げた。



「わっ、本物のシンデレラ?興味深いなぁ」


私を怖がることなく、さも私の存在が嬉しそうに眺めてきた。



「はじめまして、こんにちは。

一ノ瀬柚螺っていいます。

考古学の研究を主にしているよ。

よろしくね」


そう言って握手を求めてきた。


おずおずと返すと、それすらも嬉しそうな笑顔で返された。



何でも頼んでいいよ、ここはアカネの奢りだからと言われ、キャラメルモンブランと紅茶のセットを注文。


2人は飲み物だけだった。



「さて、なにから瑠璃ちゃんに説明しようかなぁ」


頼んだアイスコーヒーを氷の音を立てて吸いながら、一ノ瀬さんは悩むポーズをした。


なんだろう、この人童顔のせいか、やる仕草がいちいち可愛いんだよな。



「神様って信じれるかな?人々の信仰によって生まれたり朽ちたりしていく存在のことなんだけど」


こくりと頷くと、話が早くていいと褒めてくれる。



「神様は八百万、万物にやどる。


そして霊力という人間の信仰心によって生まれたものを使って生きている。


アカネみたいな大きな神様はその霊力を多く持って使うことができるし、そこら辺の石ころはほとんど持ってない。


そうやって世界は成り立ってるんだ」


そこまで話して、私のキャラメルモンブランが来たので一旦中断し、私が遠慮なく食べ始めたのを見計らって話を続けた。



「アカネは鳳凰って言ってね、ぜんぶで5羽いて、吉兆の時に復活するんだけど、霊力がなくて1人だけ復活ができず、霊力がたまるのを山奥で待ってたんだ。


その結界を僕がやぶいちゃってね。


アカネの霊力を貯めるためにアカネの代わりみたいなことをして……まあ、要するにアカネの霊力を貯めるための器になったんだ」


「器」


つい反応してしまった。


先程言われた単語だったから。



「僕は色々して霊力を集めて器じゃなくて普通の人間にして貰えたけどーー君は器になるべく生まれてきたからなあ。


人間にはなれないだろうな」


「どういうことですか」


「玉藻前も霊力が枯渇している。


半分器の君を使って霊力を稼いで、その次に復活するだろうね」


「次って」


「君の子供さ。


君の子供が玉藻前になるんだ」


思わずフォークを落としてしまった。



「私の、子供が」


まだ12歳である。


子供なんて、考えてもいない。



なのにその子供が玉藻前になることが決定しているなんて。



「君は半分神様ってことになるね」


店員さんがフォークを持ってきてくれる。


軽くお礼を言いながら、私は呆然としていた。



「玉藻前は妖怪って聞いたんですが」


「ああ、妖怪も神の一種だから。


玉藻前はさらにそれに近い。


神様ってイメージの方が統一感あっていいでしょ」


ニコ、と笑顔で返される。



「さあて。


なにか質問はあるかな?」


「私は何かしたら人間に帰れる可能性はありますか」


「玉藻前が復活したら、邪眼自体が滅んで消えると僕は推測してる」


復活したら。


ってことは、私は邪眼の旦那さんを見つけなきゃならないわけだ。



「そうしたら君は晴れて普通の女の子になれるってわけだ」


「なるほど……」


では最後の質問だ。



「じゃあ、どうやったら子供って作れるんですか」


「ぶわっはぁ!?」


一ノ瀬さんが思いっきり吹き出した。



「あー、えーと、たしか邪眼って不純なものダメだよな、柚螺」


「ああ……うん、だめだよ。


だからこの質問は、君のお母さんかお兄さんにして答えてもらってね」


「不純なものがだめなんですか、私」


「そうだよ。


邪眼は神聖な一族だからね」


キャラメルモンブランが食べ終わってしまった。


残りカスを集めていると、一ノ瀬さんに眺められてるのに気づく。



「シンデレラは特に、ねーー」





一ノ瀬さんは大学の研究があるらしく、ここでお別れとなった。



何かあった時用に、アカネさんと一ノ瀬さんとの連絡先を交換しておく。



「な、役に立ったろー?どーよ自分の存在を自覚して」


帰りの車内にて、楽観的にアカネさんが言う。



「……正直、言葉にならないです」

動揺、焦燥感、落胆、どれを題材に今の感情を話すべきか、迷っていた。



「…私は、人間になりたい」


「焦るこっちゃねーよ。


なれるって確定してる訳でもねーしさ」


「でも」

人間になりたい。


だって人間になったら、捺だって元に戻って一緒に笑い合えるかもしれない。



「邪眼は強い方に引き寄せられるらしーんだ」


柚螺に聞いたんだけどよ、とつけ加えながら。



「双方が望むなら強い方に移動するらしいんだ。


今邪眼最強なのは間違いなくお前だ。

お前の子供じゃなくても、そうやって散らばった邪眼をかきあつめていけば、玉藻前は復活するかもしれねー」


「それじゃっ……人間になれる可能性もあるってことですか」


「かもしれねーって話だ。


ただ、やってみる価値もある……かもしれねー。


邪眼は今や薄れ散り散りになってるから難しいんだけど」


1冊のキャンパスノートを手渡される。



「これ、やるよ」

年季の入ったノート。


中には手書きで邪眼についての詳しい情報や、血筋、家系について書いてあった。



「完全版じゃねーんだがな。

柚螺が必死になって探した邪眼の数々だ。


今のところこれが限界と言っていい」


白龍家の血筋を指で辿る。



お母さん、雪博さんの間にお兄ちゃん、そしてお母さんから伸びた線の先の瑠璃の、父親欄が空欄になってるのを見て、ハッとした。



「これを元手に、邪眼を集めれば…」

「100パーセントじゃないとだけ言っておくぞ」


先生の真剣な眼差しとは打って変わって、希望が出てきたことに私は喜びを感じていた。



可能性がある。


ただそれだけでいい。



だって人間になれたら、捺とーー


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