第4話 白龍伊織
目が覚めると、天井が和風だった。
「…?」
制服のまま布団の中で眠ってしまっている。周りも和風の、それも高そうな造りの場所だ。
すっかり夜になっているのが、障子からの侘しい光でわかった。
えーと、ここはどこだ。なにがあった?
軽く混乱してると、思い出した。
「…あっ」
小池さん。
小池さんの部屋に遊びに行ったら、眠らされてこうなっていたのだ。
「なんで…」
友達だと思ってたのに。あんなに楽しくやってたのに。
裏切られた絶望感だけが頭を支配する。ここはどこだとか、なんのためにとか、それよりも、なによりも、裏切られたことだけがただただ悲しかった。
視界が滲んでくる。やがて布団の上に、ぽつり、ぽつりと涙が落ちてくる。
守ってくれた。優しくしてくれた。肯定してくれた。
あれは全部、偽物だったのか。
「瑠璃さま、お目覚めでしょうか」
女の声が聞こえ、ドキッと心臓がはねた。
襖の向こうから、聞こえてくる。
「は、い…あの、ここはどこですか」
「お手数ですがカラーコンタクトをお外し願います」
私の質問に答えることなく、襖が空いて、顔に紙をくっつけた全身真っ白の巫女が3人出てきた。鏡と、ゴミに捨てるようか紙をもっている。
何だこの奇妙な集団は。
紙には護符みたいなのが描かれてあり、たぶん、私の目の能力を抑えるものだろう。
鏡をつかいカラーコンタクトを外すと、この中の一人のさっきの声の主が声を上げた。
「なんと美しい色でしょう」
目の色を褒める前に言うべきことが沢山あるだろうに。
「あの、小池さんはいませんか。あとここはどこですか」
「小池?誰のことでしょう」
そう言ってから、3人揃って私にかしずき、頭を垂れた。
「こちらは聖地、飛野大野。貴方様がいるべき場所にございます」
聖地。飛野大野。
1度も聞いたことの無い単語に、とまどう。
もしかして、邪眼が関係しているのか?
「私を家に返してください」
無理も承知で言ってみるが、
「貴方様がいるべき場所はここにございます」
としか返されなかった。
全員、女であった。
白い真っ白の巫女服を身につけており、顔を隠している。
その中に、光るものがあった。
暗闇でもわかる、そのピンはーー
「小池さん!!!」
斜め右にひれ伏していた彼女の肩をいきなり掴んで叫んだ。
「小池さん!なんでこんなこと…!」
声を滅多に荒らげない私が叫んだ。
すると他のふたりに押さえつけられ、動けなくさせられる。
「瑠璃さま!お静まり下さい!」
「だって…!小池さんが…!こんなお面とりなさいよ…!!」
暴れ、お面をもぎ取る。
中には、目に涙を沢山溜めた小池さんがいた。
その姿を見て、暫し呆然としてしまった。
だって、泣いてるなんて思わなかったから。
私を騙して誘拐して、なのに、なんで泣いてるの??
「捺!!!」
慌ててもう1人が小池さんの元へ駆け寄る。
これで顔を隠すよう、持ってきた盆を手渡すが、いらないと手で払った。
「瑠璃さま」
いつも、私の全てを肯定して、ただひたすら守ってくれて、笑かしてくれた声が、低く、ただ低く響く。
「私は白守捺。神の証である邪眼をもつ白龍瑠璃様を守る、巫女にございます」
「み、こ……?」
「どうかこれからもお見知り置きを」
震えた声でそう言う小池さんは、オレンジ色のピンを外し、何かを発散するように苛立った様子でそこらにかなぐり捨てた。
「行きましょう、姉さん、母さん」
小池さんが言うと、2人は大人しくなり、いそいそと下がって行った。
私は大慌てでピンを拾いに行き、手のひらに閉じ込めた。
「小池さん…」
まさか、本名ですらなかったなんて。
なんで小池さんは泣いてたんだろう。理由なんて、検討もつかない。
小池さんを泣かす環境にあることが、許せなかった。
しばらく、思い出に縋るようにピンを眺め、その度にため息をついていた。
あんなに楽しかったのに、それが全部偽善だなんて思いたくもない。
外には先程の女の人がいて、1回出ようとしたら止められた。
私はしばらくこの部屋に監禁、らしい。
どうしたものかと思考をめぐらす。
19:00には御先さんが迎えに来る手はずとなってるから、異常事態に気づくはずだ。
あとはおじさんが何とかしてくれるはずだ、あの人なら大抵の事は何とかできる。
「よし、大丈夫」
独りごちて、少し勇気をだす。
それにしても今が何時かわからないのはもやもやするな。携帯も何もかも取られてしまってるからな。
「お待ちください!!!!!」
突如、先程姉さんと呼ばれた人の叫び声が廊下に響いた。
「明日順当な手筈を整え対面していただく予定です!なので今夜はお引取りを、」
「うるせぇ!!!!!」
おとこのひとのこえ…?
「俺様が今会いたいって思ったら今なんだよ!!巫女ごときが俺様に逆らうんじゃねーよ!」
なんだ、随分乱暴な人だな。
振り切ったのかドタドタと廊下を乱暴に走る音が聞こえる。
「伊織さま!!お静まり下さいませ!お気持ちはわかりますが」
「お前ごときに俺の5年間の思いが伝わるか!」
パァン!と小気味よい音を奏でて襖が開く。
そしてどたどたと中に入り込んできてーー瞠目した。
真っ白、なのである。髪の毛が。
高校生くらいの見た目をしたその人は、真っ白の髪の毛に薄い青の瞳を持っていた。
暗闇でもわかる、これは、血縁だ。
そしていきなり抱きしめられ、嬉しそうに言った。
「はじめまして!俺は白龍伊織、お前のお兄ちゃんだ!!」
おにい、ちゃん?
何を言ってるのかぱちくりしてると、お面で顔を隠した人が2人がかりで慌てて引き剥がしてきた。
明るい部屋で見るとますますわかる。端正で、儚げな美しい顔立ちをしていた。
それはどこかお母さんに似ていて、サラサラのストレートヘアも何もかもがそっくりだった。
「伊織さま、少しは言うことを聞いてくださいまし!」
「うぜーんだよおめーら。早く退け」
「しかし…瑠璃さまはここにいきなり連れてこられて何も状況がわかってない状態です。伊織さまがいらっしゃると余計混乱なさるかと」
「俺が全部説明してやる」
「伊織さま!」
「そも、誘拐っつう手段が気に食わねえ。瑠璃を傷つけやがって」
美しい顔立ちを怒りに染め、彼は言った。
「俺が命令する、もう瑠璃に近寄んな!」
そう言われ、ビクッと肩を震わせ、彼女らはすごすごと奥に引っ込む。
「では今晩だけ、伊織さまにおまかせいたします。くれぐれも瑠璃さまに無理をさせぬよう…」
「わかったから!」
強引に巫女達を部屋から追い出し、ふう、とため息をついた。
「さあて、大混乱中の瑠璃ちゃんに1から説明してあげるからね」
さっきの怒りの面とは違う、心底愛する人を見る目になった。
そのギャップに戸惑い、一気に目の前の人が信じられなくなる。
私、この人と初対面なんだけど。
恋人に向けるような優しい顔立ちだと、ますますお母さんに重なる。
「ここは聖地、飛野大野。知ってる?」
ぶんぶんと首を振ると、だよねと笑った。
「自分の邪眼のルーツとか、知りたくなかった感じ?」
「私、1度無自覚で使ってしまったことがあるんです」
小学校の時の惨劇。無知とはいえ、それでは済まされなかったことである。
「だから、あまり触れたくなかったというか…」
「それも知ってるよ。小学校の時でしょ?」
ビクッと肩をあげてしまった。なんで。なんで知ってるんだ。
「俺は瑠璃ちゃんのことで知らないことなんて何も無いの。調べあげてるんだから」
「ストーカー…?」
「違う違う!外にいる大事な妹のことはなんでも知っておきたいってだけさ」
頭を撫でられ、愛おしそうに視線を向けられる。慣れず、恥ずかしくて目を背ける。
「昔ね、玉藻前っていう妖怪がいたんだ」
妖怪?私の目は、妖怪が関係してるのか?
「その妖怪は国家を転覆させる傾国の妖狐。インド中国日本と来て、日本で退治されたんだ。その時、岩に入った」
伊織さんは、もう何度も聞かされて覚えきってしまった物語を話すように、語っていた。
「殺生石というその岩は、玉藻前そのものになった。そして岩ごと破壊され、岩は散った。その岩に当たったものは、邪眼という特殊能力を手に入れた」
「それじゃ…」
「それが続いたのが俺たち白龍家ってわけ」
ニコ、と自分を指さしながら言った。
「それだけじゃない、この村は特別なんだ」
「聖地って言ってましたね」
「そう、1番強い石が当たったのがうちの祖先で、朱い髪の神様から村全体にお告げがあったらしい。この血を絶やすなって。翌日から村からは金銀財宝が出て裕福になり、オマケに温泉まででたときた。全ては俺ら、白龍家のおかげだとなって、俺らを保護…まあ、監禁って言った方が早いんだけど、するようになった」
「監禁って」
「巫女がいたでしょ?アイツらが俺らを監禁する最高責任者の家系。それに嫌気がさしてにげだしちゃったのが俺らの母親ってわけ」
お母さんにそんな過去があったなんて。
何も知らなかった私に、伊織さんは続けて言った。
「はっきり言ってここでの生活は地獄!親には捨てられひとりぼっちで勝手に崇められ友達もできやしないーーそんな中、外に妹がいると知った」
私の頬を撫でる。
そしてそのままむにむにしてきた。何すんだこの人。
「外でのびのびと育ってくれてる瑠璃ちゃんがいるって知った。これは心の底からの希望だったんだよ」
私が、希望。
「私、そんなのびのびとは…」
「知ってる。けど、友達もできたんだろ?」
その言葉に、目に涙が滲んだ。
出来たはず、だったんだ。
小池さんって言う友達ができたはずだったんだ。
滲んだ涙は大きくなり、やがて眼球から零れ落ちていく。
「おおお、どうしたどうした。いきなり話しすぎたか?」
「ぅぇえ…」
「ど、どうしよ、ほーらお兄ちゃんですよ〜泣かないで〜」
伊織さんに抱きしめられながら、感じた。
この人、お母さんと同じ匂いがする、と。
少し安心し、鼻水をすする。
「あの、私の話も聞いてくれますか」
「捺か。あいつはくそ真面目だから、任務のことしか考えてないと思うよー?」
お兄ちゃん(伊織さんと連呼したら怒られたのでこう呼ぶことになった。かわりにお兄ちゃんは瑠璃と呼ぶことに)は、一応私の小さな悩みも真剣に聞いて、結論を出した。
「でも、お友達っていってくれたんで…くれたの。それで、さっき泣いてたの」
「俺もあいつは小さい時から知ってるけど、あくまで白守の巫女として接してきたからな〜。泣いてるのとか想像つかねーなー」
お兄ちゃんは、欠伸をひとつもらした私に、頭を撫でながら言った。
「まあ今日は寝ろ。誘拐しちゃったのは本当に申し訳ないけど、ちゃんと家に返すから。そう聞いてる」
「…ほんと?」
「お兄ちゃん嘘はつかないから」
ニコニコとなでながら、さっきまで私が寝てた布団に案内してくれる。
制服姿のままなのが気に入らないが、仕方ない。
寝かしつけて、傍らに鎮座した。
「ごめんな、急にこんなところ連れてきちゃって。今日は疲れたろ」
「うん…」
頭を撫でられ一気に眠気があがる。
安心する、この人は。
「本当にごめん。でも、痛いことも嫌なことも絶対させないから。お兄ちゃんが守ってやるから。な?」
「…うん…」
「こんなところに来てくれて本当にありがとう。大好きだよ。おやすみ」
「…う、ん…」
とても安心するまどろみの中、私は意識を手放した。
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