第3話 お友達
◇◇◇【4月17日】
「白龍さん!連絡先交換しない?」
昨日と同じように、私の視界にはブレザーの紺がいっぱいに拡がっていた。
今度は男物。青とピンクのチェックのネクタイが垂れ下がっている。
「……」
これも昨日と断ったら同じようについてこられておともだちになろうといわれるんだろうか。
茶色の髪の毛をセットしていて、陽キャな雰囲気をまとった男である。
警戒していると、「ちょっと!」と、大声がかかった。
教室に入ってきたのは小池さんであった。
づかづかと入ってきて、ガっと男の腕を掴んだ。
「何ほかの女の子ナンパしてるのよ。2組の彼女に言うわよ」
睨めつけながら言うと、「げっ、なんでそれ」と言いながら、思い直したのか腕を振り払う。
「ナンパじゃねーし。俺深川っていうんだけど、お友達になりたくて」
「だからそういうのがナンパだって言ってるでしょ!」
腕をパンっと叩いてから。
「2組の市田さんに言ってくる」
「ちょ、まってまじでやめて!」
ずんずんと2組に向かう小池さんに、慌てて追いかける深川くん。
騒然とする教室内に、くるりと踵を返して帰ってきた小池さん。
「とっちめておいたわ。これで近寄ってこないでしょ」
私の前で鼻息混じりにそう言うのだった。
「あいつはね、可愛い子を見かけたら声掛けて手を出すやつなの。用心しておいて損は無いわ」
なんで入学してそうそうそんなことまで知ってるのか。
同じ小学校とかだったのかな?
と、いうか有能だな。
私なら答えに困ってたものを見事に救ってくれた。
私の理想とする静かな学園生活を本当に作ってくれるかもしれない。
今日から午後からも授業があり、お昼は食堂かお弁当のどちらかを選べる仕組みになっていた。
私は“なにか毒物でも入ってたら”という理由で問答無用でお弁当である。
小池さんはハキハキとした物言いで誰とでも仲良さそうに話すので早速人気者で、お昼休みの直前まで女の子に捕まっていたが、お昼休みが始まると同時にこちらにかけてきた。
「白龍さんっ、食堂いこっか」
「私、お弁当で……」
「私が食堂なのよ!一緒に食堂で食べましょ」
と、なかば強引に食堂に連れてかれた。
白を基調としたデザインの食道は、食堂というにはあまりにオシャレで優美だった。
初見の私は思わず見とれ、ここで食べようと提案してくれた小池さんに内心感謝した。
「なににしよっかな~お、今日カレーの日なんだ〜…節約節約」
小池さんは迷った末カレーの日ということで安くなってたカレーライスにしていた。
250円の札を購入し、食堂のおばさんに声をかけ、カレーライスを受け取る。
「私寮生活じゃない?月々に渡される食費とか決まってるから安いの助かるのよね」
「…自分でやりくりしてるの?」
「そーよー。慣れないから嫌になっちゃう」
なんてことだ、これが同い年か。
私なんておじさんの買ってきてくれたものを食べ、着て、生活してると言うのに。なんという自堕落。
「…私もお小遣い……」
「ん?どーかした?」
ブンブンと首を振る。
お小遣い制度を導入してもらって社会勉強をさせてくれと今度お願いしてみようと思ってたなんて、遅れてる子だとバカにされてしまいそうだ。
席につき、お弁当箱を広げる。
いつも届いてるお弁当をお弁当箱に移し替えただけのそれは、なんだか味気ないものに見えた。
小池さんのカレーライスがやけに眩しい。
「いただきまーす」
小池さんが食べ進めてるのを物欲しそうに見てると、「何?欲しいの?」と一瞬でバレた。
「あ、でも外の、ご飯は何が入ってるか、わかんないから……食べちゃダメって」
「お嬢様も大変ねえ。私がこうやって食べてるんだから問題なんてないでしょ、ほら」
そう言って、カレーライスを1口分スプーンによそって、私の口に突っ込む。
「っ!?」
突拍子もないことだったので驚きつつ、味を確かめる。
「どう?」
「か、から……」
辛かった。
どうやらお母さんが家で作ってるカレーライスは甘口だったらしく、食堂のカレーライスとはものがちがかった。
「えー!?これ中辛よ!白龍さんって辛いのにがて?」
「…たまねぎとかも苦手なくらい苦手」
「そっかー!聞いときゃ良かったね、はいお水」
食堂に置いてあるサーバーから汲んできた水を渡してくれる。
「……」
コクリと飲みながら、やはり小池さんは優しいなあと考える。
私が二の足を踏んでた味見を躊躇なくさせてくれて、それで失敗してもバカにしたりせずにフォローまでしてくれる。
なんて優しいんだ。
「……小池さん、ありがとう」
「うん?全然いいのよ」
ニコッと笑う彼女に、私も笑い返したかったけど、あまり感情を表に出すなと言われてたのを思い出し、慌てて引っ込めた。
◇◇◇【4月19日】
お昼休みの時間だった。
今日は人気の唐揚げ定食の日だったので、食堂がいつもより混んでおり、裏庭で食べようということになり、小池さんは食堂でパンをいくつか購入して向かった。
食堂から裏庭に向かったので、人気の無い道を通る。
すると、鈍い音ともにうめき声と悲鳴が聞こえてきた。
驚いて身を隠すと、男の人が4人で寄ってたかって1人の男の人を蹴っていた。
「お前さぁ、約束の金用意できねえってどういうわけ?」
「僕はそういうのは用意できないってハナから……ぐはっ」
「お母さん、稼いでるんでしょー?サイフから2-3万抜いたくらいじゃわかんないって」
「そんなことできるわけっ」
どうやらお金のことで揉めてるらしい。
「行こ、白龍さん。ああいうのはどこにでもあるから、気にして怪我でもしたら大変」
「じゃあ待ってて」
「え?」
たまらず私は飛び出して、男性4人の前に立つ。
私がいじめられた時、助けて欲しかったことを思い出しながら。
誰も助けてくれなかった、いじめられてるのが常とさえ思っていたと思う。
それは、決して許されてはならない行為だ。
「えっ、」
「あっ…女神の人」
男性4人は突如現れた異端児に驚き、暴行の手を止める。
「こういうの、やめた方がいいですよ」
怖いけど絞り出して声を出す。
「向こうから先生が来てま…すし、」
「まじかよ!」
「おい行こーぜ」
私の一言が効いたのか、男4人はぴゅーっと逃げ出してしまった。
無論、先生なんて来てない。口からでまかせだ。
「……大丈夫ですか」
身を丸くして耐えていた男の人に手を差し伸べると、見覚えのある顔だった。
確か玉造くんとかいう人で、私の生徒代表を代わってくれた方である。
「すみません、恥ずかしいところをお見せして……」
頭をかきながら手を握り返し、勢いで立たせる。
「いててっ」等言っていたが、骨に異常などは無さそうだ。
「恥ずかしいことをしてるのは向こう。あなたはなにも恥ずかしくない」
玉造くんにそう言うと、ハッとした顔をして、「確かにそうですね」と言った。
「うち、水商売で生計立ててるんです。母親ひとりで。小学校のころからそれをずっとばかにされてて……最近ではお金まで要求されて」
「親がなんの仕事をしているかって、いじめていい理由になるの」
そう言うと、困ったように玉造くんは笑った。
「ならない…ですね、すみませんなんか」
「白龍さん!!!!」
小池さんの声がして、振り返ると小太りの先生をハァハァ言わせながら走らせてこちらに来ていた。
「だめじゃない!勝手に飛び出しちゃ!」
どうやら本当に先生を迎えに行っていたらしい。
先生は玉造くんの前に行き、「おいどうした!?何があった!」と色々聞いていた。
「白龍さん、いい?ああいうのは関わっちゃダメ。下手に目をつけられたらどんなに危険か」
「じゃあほっとけっていうの…!」
「ちがう。先生を呼ぶとか、第三者に頼るとか、そういう手段をとって」
そう言うと、小池さんは私を抱きしめて言った。
「あなたが大事なの。何かあったら守りきれなかったらって考えたら不安なの。お願いだから無鉄砲なことはやめて……」
消え入るような、泣きそうな声で、私は小池さんをどんなに不安にさせたのかを思い知らされた。
学校が終わって帰宅すると、おじさんが来ていた。
「おじさん…!」
「瑠璃ちゃん、制服よく似合ってるね」
40代ぐらいのおじさんは、スーツの良く似合う紳士だ。
黒い髪に緑色の特徴的な目を持つ彼は、日向尚隆という。
我が家のパトロンである人物だ。
定期的に我が家に現れ、お母さんと私の診察をし、帰っていく。
医者なのだ。
太陽製薬という製薬会社の社長ではあるが、元は医者で、私たちをみてくれている。
「はいお土産、今日はお寿司だよ」
そして、お弁当以外の食事も与えてくれる。
「生物…!」
お寿司は滅多に食べられないのでうれしい。
しかもおじさんの持ってくるお土産はハイランクが多く、おじさん=美味しいものになりつつある。
「瑠璃にね~お友達が出来たんだって」
お母さんが嬉しそうに話す。
するとおじさんも興味深そうに、「それはそれは」と顎を撫ぜた。
「どんな子だい?」
「優しい子。わたし私のことを守ってくれる」
「良い子じゃないか、よかったね」
そう言い、私の頭を愛おしそうに撫ぜた。
「瑠璃はかわいいからね。何か問題があったら言うんだよ」
友愛、と呼ぶには深すぎるような愛の子だとは言わなかった。
彼女の身分を調べたり、そういう風になるのが嫌だったからだ。
「あっ、おじさん」
忘れてたことを思い出した。
「私、お小遣いがほしいんだけど…」
意を決してそう言うと、拍子抜けな顔をしてから、おじさんは笑った。
「何が欲しいんだい?なんでも買ってあげるから言ってごらん」
「ちがうの!お小遣い貰って学食たべたり、月々のやりくりを計算したり、そういうのがしたいの」
「うーん、なるほど。でもお金もってるとカツアゲとかにあっちゃうかもしれないしなぁ」
「その子が守ってくれるから大丈夫」
「さすがにカツアゲからは守れないと思うけどなぁ」
おじさんは少し悩んで、「舞雪ちゃん、どう思う?」とお母さんに助けを求めた。
「さぁ…私はお金を自分でやりくりなんてしたことないけど、瑠璃には普通に生きててほしいからなぁ。それが普通というなら普通の額を渡してあげたら?」
きゅうり1本の値段も分からないのだ。
社会勉強として、ぜひ導入して欲しい。
「じゃあこうしよう」
おじさんは、だいぶ、とてもだいぶ迷って、いくつかの案を出し、決まり事を守るという約束で、月々1万円という額を渡すことにした。
それが多い額なのか少ない額なのかわからないが、それをこれから知っていくのである。
◇◇◇【4月20日】
1万円札を学園の食堂の紙幣を入れる場所を入れ、350円の欄を押す。
すると音ともに券が発行され、がしゃんとだいぶ多めのお釣りが落ちてきた。
券に感動してると、隣で小池さんが「おつり!お釣りを受け取るのよ!」と、言ってきたので、慌てて受け取った。
以上、私の初めての買い物である。
おじさんの許可を得た私は、条件を守り見事お小遣いデビューしたのである。
①食べ物は学園のものしか買わないこと
②洋服とかは今まで通りおじさんにねだること(寂しいから)
③人にあげないこと
を条件とし、私は1歩大人に近づいたのである。
私は大人気の唐揚げ定食を通常価格で購入し、小池さんはビビンバ丼というまた奇怪な食べ物を安く購入していた。なんだビビンバって。ダンスみたいな名前だな。
「本当にお買い物できたんだ…私…」
小学生でやった通り、1万円払って350円のものを買ったら9650円帰ってきた。
感動に打ち震えてると、第二関門が待ち受けていた。
声を出しておばちゃんに何を注文するか言わなきゃならないのである。
初買い物でいきなりハードルが高すぎると思われる。
「はい!なににしましょ!」
笑顔で話しかけてくるおばちゃんに萎縮し、あっ、あっ、と、言葉を迷わす。
後ろに人がつっかえてる。やばい、唐揚げ定食ですっていわなきゃ。
「あの、あの、からあげていしょくを…」
意を決して声に出したが、あまりに小さくて聞こえなかったらしい。うん?と言った感じで耳をすませている。
「唐揚げ定食だって!」
前に並んでた小池さんがすかさず助けに入ってくれた。
「あいよ!」とおばちゃんが返事して、調理場に伝える。
「あ、ありがとう…」
「いいのよ。頑張ってたからね」
ビビンバ丼を受け取りながら、ニコリと笑ってくれる。
その次に私の唐揚げ定食がきた。すごい、はやい。
「ありがとうございます…」
と言いはしたが、小さすぎて聞こえなかったのだろう、無視された。
「ここでお箸とかお水のコップとか取るのよ」
案内され、必要な箸とコップを手にし、お盆に乗っけた。
「良かったね、初めての買い物が出来て」
お水をサーバーから汲んでると、そう言ってくれた。
「小池さんのおかげ」
「お金とかは白龍さんじゃない」
こういう、少し頑張ったところをほめてくれるのが小池さんだ。
いつも優しい。
初めて自分で買った唐揚げ定食は、すごく美味しかった。
食べ終わり、るんるんで帰ろうと支度していると、声を掛けられた。
「こんちわ」
制服の色が違う、高等部の男の人が3人ほど、ずらりとならんできた。
「…なんですか」
小池さんが警戒レベルマックスで返す。
「あんたが白龍さん?俺さぁ、可愛い子に目がなくて。付き合わない?」
「こいつが一目惚れしたんだってよ」
「答えてやってよー、悪いやつじゃないからさ」
はやし立てながら、なんか告白してきた。
「白龍さんは彼氏どころか友達すら募集してないんです。お引き取り願います」
両手を広げ、私の前に立ち塞がる小池さん。
が、体格差がありすぎた。
どんっと押しのけられ、私の方へ向かってきて、抱きついてきた。
「俺さー喧嘩とか強いから、瑠璃ちゃん守ってあげれるよ」
「…離してっ」
腕を掴まれる。力が強い、全然離れてくれない。
喧嘩が強いというのは本当なのか。
すると、小池さんが動いた。
「ぅおりゃぁああ」
ビビンバ丼が入っていた容器で、頭をカチ割ったのだ。
容器もぱっくり割れ、男の頭もぱっくり割れた。
「逃げるよ、白龍さんっ!」
食べた食器もそのままに、荷物を持って大慌てで逃げる。
まさかの行動に私自身動揺を隠せなかったが、とにかく今は逃げることに専念することにした。
教室まで逃げてきて、やっと一息ついた。
「あーはっはっはっ、やっちゃった!!あいつの頭パッカーンしちゃった!」
ケラケラと興奮気味に笑う小池さん。
「だ、大丈夫なの、あんなことして」
「高等部が中等部にちょっかい出してやられたなんて言えないでしょ。へーきへーき。それより驚かせちゃったね、大丈夫?」
私の体をハンカチで拭きながら、聞いてくる。
「守ってくれてありがとう…」
「いいの。その一言がいちばん嬉しいから」
突拍子もないことをするなと感じてはいたが、まさかここまでするなんて。
少しだけ不気味さを覚えた。
◇◇◇【4/26】
学校もだいぶ慣れてきた。
相変わらず友達は小池さんしかいないが、割と良好といえる関係を築けているので良しとしよう。
彼女は私の心が読めるのではと言うくらい先回りして行動をしたり、守ったりしてくれるので、正直居心地がとても良かった。
「それでは瑠璃さま、いってらっしゃいませ。本日は19:00に学園の寮の前にお迎えに参ります」
いつも通り御先さんがお見送りをして、その後に小池さんと下駄箱の前で鉢合わせた。
「おはよう、白龍さん」
挨拶がわりにお辞儀をするとふふふと嬉しそうに笑う声が聞こえた。
「今日、楽しみね。気合い入れて掃除しちゃった」
小池さんが内緒話をするように言うので、私もコクコクと頷いてから、こっそりとささやいた。
「1時間、門限伸ばしてもらったの」
「えー!すごい!珍しく寛容ね」
今日はなんと言っても小池さんの部屋に遊びに行くのだ。
最新のゲーム機を触ったことがないと言ったら、家に沢山あるよと招待してくれた。
家と言っても彼女は寮生なので、学校の裏の寮に行くだけなのだが、お友達の家に遊びに行くのは初めてなのでとても楽しみだ。
美夜の家は玄関までしかみたことがない。
おじさんとお母さんにお願いし、18:00までの門限を19:00までにしてもらったのである。
「じゃあお菓子も買わなきゃね。甘いのを沢山買いましょ」
耳障りのいい言葉に態度に、私は本当に放課後を楽しみにしていた。
待ちに待った放課後、一緒に彼女の部屋に向かう。
大きなアパートのような建物がいくつもならぶ、集合住宅地のような見た目の寮である。
「白龍さんはマンション暮しだったっけ」
「うん、あの岩水の大きいやつ」
「ああ…高級マンションに住んでんのね」
慣れた手つきで鍵を開け、中に招待してくれる。
「どうぞ」
中は、思ったよりも落ち着いていた。
ワンルームの部屋に、テレビとベットに大きな本棚。これといって目立つものは少ない。
勉強机や棚などの家具はすべて茶色で統一されていた。
自分家とは違う他人の家の匂い。
「…あれ、」
「ああこれ?芳香剤よ。割といい香りでしょ。バニラみたいで」
甘い匂いを辿ると、入口に瓶と造花があった。これが芳香剤か…。
「さーて、何する?色々持ってるの!」
テレビの棚の下からゲーム機やカセットをザクザクと出してきた。
私の家には一昔前のしかなく、初めて目にする機械に、胸が高鳴る。
「て、テレビでしか見た事ないものばかり…」
「本当に現代っ子?お嬢様は大変ね」
わらいながら、ポンッとコントローラーを手渡してくれた。
「じゃ、教えてあげるから相手できるくらいに上手くなってよね」
結論から言うと、私はド下手であった。
初めてやるゲームだからこんなもんだろうとおもったが、小池さんの言うにはセンスがないらしい。
小さいおじさんを操作しようとすると、キノコみたいなのに一直線に走り自滅したり、車を操作しようとするとなぜか逆走したりと、センスのないミスをしまくっていた。
小池さんは流れるようにやってるのにな…これが経験の差か…今度これも買ってもらうか。
ミスするたびに爆笑してくれるので、恥ずかしいけど悪い気はしなかった。
「この調子じゃ、私の相手をするようになるまでは時間がかかりそうね」
でも嬉しそうに言うので、私は聞いてみた。
「小池さん、他に友達はいないの?」
中身を見るとコントローラーは3つあった。3つ分ということは、2人はいるのでは無いのか。
小池さんは驚いた顔をしてから、少し寂しそうに言った。
「私の家ね、田舎の旧家なの。地元じゃ名が知れているから、あまりお友達が出来なくて…。このコントローラーは家族3人分よ。私とお父さんとお母さん」
この社会性でお友達がいないとは、田舎怖いな。
さすが私立の名門の学校、小池さんも寮生とはいえ、それなりのお嬢様だったらしい。
「まあ、離れてるここに通えば、友達できるかなと思って」
寂しそうに笑うので、私はずきりと胸がいたんだ。
この子の数少ないお友達が私のような女で良いのかと、どうしたって思ってしまうのだ。
「…そういえば、白龍さんご両親は?何をしてる人なの?」
今まで聞かれたことがない質問をされ、えーとなんて答えるべきかと頭をまわす。
「…お父さんは物心ついたときにはいなくて、お母さんはライターをしてるよ」
「へえ、ものを書く仕事をしているの」
驚いた顔をされる、なんでだ。
「あ、もうこんな時間」
小池さんが声をあげるので時計をみる。気がつくと18:00をまわっていた。
「キャラメルのケーキ食べちゃって。賞味期限短いから」
そういうので遠慮なく食べまくる。私はチョコレートよりキャラメルの方が好きな甘党だ。
「…これ作ったって本当?」
キャラメルのシフォンケーキ、キャラメルの生クリームを添えてある。
キャラメルが大好きだと言ったら作ってくれていたのだ。
「簡単よこんなの〜」
「でもすごい…」
「じゃあ今度一緒に作る?」
私がペロリと平らげていくのを嬉しそうに見つめながら、そういってくれた。
嬉しくてうんうんと頷く。
「これ、キャラメルじゃなくて紅茶を練り込んでも美味しいのよ」
「…それは美味しそう」
「でしょ!」
今日の小池さんはやたら機嫌がいい。
幸せそうによく笑う。
じゃあ次は紅茶を練りこんだシフォンケーキの作り方を教えてね、と言おうとして。
「……っ、?」
違和感に気づいた。
私はいつの間にかテーブルの上に頭を落としていたのだ。
全く持ち上がらない。手足の先も固まってしまったかのように動かない。
あれ、なんで、あれあれ。
力が入らないというより、伝わらないというか。
「2時間で効くって言ってたけど、ぴったりか。さすが太陽製薬」
いつもより低めの、小池さんの声。
こんなに体が動かないのに耳だけは聞こえるのか。
小池さんがやったの?これは一体何?
「教えてあげようか。あの芳香剤もこのケーキも、全部薬が入ってるのよ。あなたを眠らせて動けなくする薬がね」
そして、彼女は言った、
「さあて、義務を果たしてもらいましょうか。邪眼の一族の末裔としての義務をね」
何かを言いたいのに口と頭が回らなくなり、私はそのまま意識を放り投げてしまった。
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