第2話 募ってない

◇◇◇【4月16日】



翌朝。



朝予定通りの時間に起きて玄関の扉を開けると、昨日の人が無表情で待っていたので小さく声を上げてしまった。


「私は御先と申します。瑠璃さまの送迎係を尚隆さまから承りました。今日からよろしくお願いします」


黒髪の綺麗な、黒スーツの男の人。ネクタイピンには黒曜石。シルバーのメガネ。


なんというか、黒が似合う綺麗なメガネの男の人だった。



「……よろしくお願いします」



ぺこ、とお辞儀をして、ご挨拶。



無口な人で、私も無口な人なので、車内は沈黙に包まれながら学校へ到着。


騒ぐ周りを無視して、慣れない校舎をうろうろ迷いながら教室へ。



「……」



入った瞬間。しん、静かになる教室


「…はぁ…」


とうとうため息をついて席へ向かった。


いじめかよ。



ちょっと容姿が変なくらいで、ざわざわざわざわ。



めちゃくちゃイライラする。


発散できないストレスをどうしようかと迷いながら、黒板へ視線を向けようと前を見たときだった。



視界いっぱいに、紺が広がった。



制服、である。


またざわつく周り。


周りが耳を傾けてるのがわかり、嫌悪感。



女の子が一人、私の登校を待ちかねたように立っていた。



「白龍さん、だよね?」



ショートカットで、オレンジ色のピンを前髪に挟んでる女の子だった。



ハキハキと調子よく、笑顔で話しかけてくる。



「私ね、小池捺っていうの。白龍さん初日からすごい話題になってるよ!」



どうしたらいいのかわからないので、無言。


「私、すごい白龍さんに興味あるな〜。ねっ、お友達にならない?」


「大丈夫ですので…」


「まあまあそう言わずに」


ニコニコニコと食らいついてくる。


逃げずらい子だな、どうしたらいいか。


「すごい可愛い顔してるのねえ、お人形さんみたい」



感情を表に出すなと言われてるので、事実といえば事実である。


初対面なのに的確に突いてくるな。面白い子だ。



「…私はお友達を募ってませんので」


消え入りそうな声で言うと、あら、と言った調子で流した。


「へえ、そうなの?もったいない」


さして傷ついた様子もなく、これで去ってくれるかと思いきや。



「作らないの?作れないの?」



また嫌なところをついてくる。


私、私は……作れ、ないのほうだ。

だって作ってしまったら、また大事なものが出来てしまったら。


美夜はいいんだ。あの子は 特異体質 だから。


でも普通の人間の女の子をお友達にしちゃったら、何が起こるかわからない。


関わりはない方がいい。6年間、ひとりぼっちのほうがずっといい。




「作れません」



そう答えると、ふうん、と、私の目をわざと見るように睨めつけた。



「わかったわ。お邪魔してごめんなさいね」



そう言って、さっと離れていった。


どこかほっとするような、寂しい決断をしたような、そんな気持ちにさせられた。



学校も校内の紹介と教員の紹介、それと生徒同士の自己紹介、校則の案内……などと進み、午前中には終わってしまった。



駐車場にいくと見計らったように御先さんがいて、家まで送ってくれた。まさか一日ここにいるわけじゃあるまいとはおもうが。


ちなみに名門学校なのでお車のお迎えがあるパターンは珍しくなく、その点においてだけは私は全く浮いてない。


田舎道を車で走っていると、見知った背中が見えたので「止めて」と御先さんに叫ぶように伝えた。


白色のセーラー服に紺襟に緑色のリボン。ポニーテールを黒い7色の光沢のあるリボンで止めている。


「美夜」


車の中から呼びかけると、俯いて歩いていた背中がパッと前を向き、嬉しそうに近づいてきた。


「瑠璃!」


久しぶりに会った美夜は悲しそうな笑顔を浮かべてたので、「どうかした?」と問うた。


「あっ……瑠璃にはすぐばれちゃうなぁ」


頭をかきながら、困ったように笑う。


よく笑う子なのだ。いい意味でも悪い意味でも。


「うちの親、帰ってきてなくて……2日くらい何も食べてないんだよね」


「乗って」


即断即決だった。

聞き過ごせない単語だ。


「え!?でも…」

「いいから。迷惑じゃないから。私は。御先さん、乗せて」

「かしこまりました」


私の乗る後部座席のドアを開けてもらい、美夜を促す。


「乗って。今日のお昼は卵付きの焼きそばって言ってた」


美夜は数秒迷って、焼きそばにつられたのか最終的には乗った。



山本美夜は、両親からネグレクトをうけている。



こう言ったことは珍しくなく、4日間学校の給食だけで食いつないでたこともあったくらいだ。


「給食もないの?」


「中学上がってから弁当なんだよね〜…」


気まずそうに笑う。

弁当がないのでも教室で浮いて虐められたりしてないか不安になる。


唯一の救いの給食がないのはまずいな。


「そうなんだよ〜。ごめんね迷惑かけて…」


大丈夫。とりあえずお母さんにはメールしておく。

携帯を取りだしメールを打ってると、ふと気づく。


「入学のお祝いメールとかしてる暇あるならこの連絡をしなさい」


「迷惑かけると思って……」


「いいから」


少し強めに、手を握る。

本当に迷惑じゃないの、読めるあなたならわかるでしょう?


「……ありがとう…」



美夜は触れたもの、周囲のものの考えてることが読める体質だ。


リルを失ったりやらかしたりして意気消沈してる私に、「じゃがんってなぁに?」といきなり話しかけてきた子である。


私は知られちゃいけないことを知られた恐怖で最初は接していたが、美夜もネグレクトに加えいじめを受けてたのを知り、おなじ境遇に仲間意識を覚え、仲良くなっていった。


家に着き、御先さんにお礼を言って別れを告げる。


「ご学友と楽しんできてくださいませ」と、律儀に頭を下げてきた。



マンションのオートロックを開け、エレベーターで35階まで上がると、そのまま扉に通ずる。


「何回来てもすごいよね、ワンフロアそのまま部屋なんて……」


ガチャガチャと開けていくと、美夜がそう言った。

そう?生まれた時からこんな環境だから、むしろ美夜の家のアパートってのの方が新鮮。広すぎて行き来が面倒。


「あはは、それはあるかもね」


笑ってくれた、よかった。


「お母さん〜」

ただいまと美夜の件含めて声をかける。


テレビを見てたお母さんがそれを消して「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる。


「ご飯の用意しちゃうね。焼きそばなんだけど、3人前でちょうどよかった!」


お母さんはシチュー、肉じゃが、カレー、焼きそば、焼きうどんしか作れないのだが、それ以外は宅配の弁当で賄っている。どれもこれもパトロンの采配である。


「いつも三人用で余らせて夕飯のオカズになってるんだよねぇ、美夜ちゃんいっぱいたべて」


スタスタとスリッパの音を響かせながら、オープンスタイルの台所へ消えていく。


「はわー…」


「どうしたの」


「いや、なんか、キラキラしててかっこいいなって。ほんと親子揃ってその白髪うらやましい」


そんな羨ましいものでもないんだけどな。


しばらく2人でテレビを見たり雑談したりしてたら、目玉焼き付きの焼きそばが出来上がった。


焼きそばを3人でつつき、談笑。



「新しい学校はどう?瑠璃お友達できた?」


美夜以外いらないよ。


「うれしいんだけど学校生活楽しんで欲しいな〜せっかく誰も知らないところ行ったんだから」



あの事件があってから、私に近づく子は美夜しかいなくなった。


クラスの全滅の中ただ1人だけ無傷という状況から、私を疑うものが多く出たのだ。


あながち間違いではないが、警察はあくまで事故だと処理した。


それでも、1度ついた疑惑は晴れず、私を怖がるものも多く居た。



そんな中で美夜の存在は能力含めて救いとなった。



自分と同じ異端の能力を持つ美夜は、それ故に他人の目ばかり気にし、逆に反感を買うといった不器用な生き方をしていた。


両親からのネグレクトも重なり、いじめの対象として見られてたのだ。


最後の2年以外は別クラスだったが、私と行動を共にするようになってから、今度は気味悪がられ、避けられるようになったらしい。


「いじめられるよりいい」と本人は笑顔だった。



私には美夜の心が読めないから、本当にそれでよかったのかわからない。



でも、美夜は私といるのが一番幸せだと言う。


その笑顔だけは本心から来てるものだと思う。



「じゃがんってなあに?」と声をかけてきて、それだけで能力がばれた美夜。


あの時、これからはそういったものは隠すようにと教えなければ、たぶんもっと不器用に生きていただろう。



焼きそばを食べ終わり、ふたりでゲーム(美夜は持ってないのに私より強い)してたら、あっという間に4時になってしまった。


彼女の家の門限は4時。4時に家にいないと、親が烈火のごとく怒るらしい。


4時前に家を出て、徒歩で彼女の家へ向かう。


いえから10分程度の距離にある二階建てのアパートだ。


「瑠璃の家、私が住んでみたい家の理想なんだよね。ああいうお姫様みたいな生活してみたい」


そんなことないよ。ご飯はお弁当だし、自堕落もいいところだよ。


「こんなアパートよりはずっとマシだよ」


築何年なのか、ボロボロのアパートの扉を鍵を使って開き、じゃあねと言ってから。


「今日はありがとう!」


「次何かあったらメールするように」


「ごめんね、わかった」


困ったように笑ってから、お土産のおにぎりを嬉しそうに掲げた。


「これあるから、しばらくは大丈夫!」


それは私が握ったものだ。


形は歪だが、美夜によく振る舞うと大喜びするので、親がいない時に食べるように渡した。


「じゃあね、大好きだよ!」


「……私も」


ふふ、と少しわらって、扉が閉まるのをみとどける。


そして、瞠目した。





「ふうん、いるじゃない。お友達」





振り返ると、オレンジ色のピン留めに、雑誌とかに出てきそうな可愛い私服姿の彼女ーー小池捺さんがいた。


「なん、で……」


「私寮生なの。この街に家具屋があるでしょ、それが一番近かったから来てみれば、2人で仲良く歩いてるの見かけてついてきたってわけ」


確かに私の街には家具屋がある。

彼女の発言に嘘偽りはなさそうだった。


「あなた目立つから、駅で一瞬で見つけたんだから」


美夜の家に行くには、1回駅を経由してから出ないといけないのだ。

そのときにばれたというのか。



「あ、の、これには…訳が……」


「小学校の時にはお友達作っておいて、中学では作れませんなんて宣言しちゃって。なんて性格悪いのかしら」


見られちゃいけないところを見られた。


まずい、とドクンドクンと心臓が高鳴る。


口から出てきそうだ。


「……何が目的なの」


絞り出すように出した言葉だった。


「別に学校ですきに広めて貰って構わない」


元々1人で送る予定の学園生活なのだ。いまさらいじめがなんだ。何も怖くはない。


すると彼女は、あっはっはと気持ちよく大笑いし、「そんなことするわけないじゃない」と言い放った。




「私はあなたと友達になりたいだけなの」




「こ、こんな後ろからつきまとうような真似して……?」


「そうよ、ほんとうにお友達になりたいだけなんだから」


私の顎を持ち、まるでキスするかのように。


「私の何が足りないの?あの子にはあって、私には何がないの?何があなたにとっての魅力たりうるの?」


「私は、おだやかに学校に行きたいだけで、お友達とかはいらなくて」


「あなたみたいな容姿の人が、静かな学園生活なんておくれるわけないでしょう」


そして耳元で、囁くように言った。


「私と一緒なら、これ以上関わる人間を減らすことができるし、平穏な学園生活をお約束するわ」



それは大変魅力的な話であったが、なぜ私にそこまでするのかの理由がわからない。


「なんで、そこまで……」


「一目惚れしちゃったからよ」


くすくすと笑って。


「別に変な意味は無いわ。芸術品を見て見とれたってだけ。私はそれを守りたいとおもったの。汚されたくないって」


私のエゴよ、とつけ加えて。


「できれば、その芸術品を特等席で見る権利が欲しかったってだけ」


「わ、私の容姿が狙いってこと」


「うーん…容姿だけじゃなくて、その性格も込みでなんだけど」


困ったように笑った。

わからない、どういういみなのかさっぱり。


でも、嘘はついてないように思えた。

ここに美夜がいれば何考えてるのかわかるのになぁと思いつつ。



「お友達…本当に、ただの?」


「そうよ。あなたに興味があって仲良くなりたいの。ただそれだけ」



そう言って手を伸ばしてきた。



「怖がることなんてない、私の言う通りにしてれば理想の学園ライフを手にできる。ね?悪い話じゃないでしょ?」


戸惑う私に無理やり手と手を繋ぎ合わせて、嬉しそうに。


「ねっ、これで契約成立!」


私、賛同してないんだけど……。


勝手に話を進めるが、別に悪いことでもないので放っておいた。


「人見知りのあなたが楽しいと思えるようにする」


私は人見知りってことになってるのか。


「じゃあまた明日ね、よろしくね白龍さん!」


嬉しそうに手を振る彼女に別れを告げ、帰り際にふと思う。


あれ、彼女家具屋に行ったはずなのに、手ぶらだったな、と。



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