シンデレラの一族

@sukunabikona0114

第1話 入学式


何も知らなかった、では済まされないことをしたことがある。


小さい頃の記憶は曖昧だったけど、今から思うと少し変わっていたかのように思う。

父親は昔からおらず、聞けば母親は逃げたので、大方私を身籠もってすぐに逃げたりでもしたのだろう。お母さんの仕事は自宅でライターをすることで、それとパトロンの存在で生計を立てていた。

基本家から出ないで、食事は2日に1回材料が送られてきていたのでそれで作って食べていた。

幼稚園にも通わず、ただただぼうっと過ごす母と一緒にいた。

おかしい、と気づいたのは、私が近所の小学校に通うことになってからだ。

どこを探しても私の容姿と似たような人が見つからないのだ。

くせっ毛の白髪に、紺と紫の中間の瞳の色なんて、普通にいるものだと思っていたのだ。ちなみに母親はストレートの白髪に青に近い紺色で、たまに来るパトロンも黒髪に緑の目をしていたので、アニメ同様この世界は色々な髪の毛の色の人がいて、目の色の人がいるのだと思いこんでいた。


周りからすると私は異端だったらしく、好奇の目を浴びた。

上手く立ち回れるような社会性などなく、私はただただ耐えてしまった結果、立派ないじめられっ子になってしまった。

無視は当たり前、虫を投げつけられたり、給食に虫を入れられたり、上履きを隠されたり、教科書を汚されたり。

私は生まれてはじめての人間の悪意に、翻弄された。

悲しかった、辛かった。でも、怒りはこの容姿にしか向かなかった。

そんなある日訪れた転校生が好機を運んできてくれた。

リル、という名の彼女は外国の生まれで、金髪の少女だった。

私と同じく、変わった容姿のよしみですぐに仲良くなった。生まれて初めての友達は、物語に出てくるお姫様のように美しく、優しく、面白かった。

しかし、彼女も同じようにいじめられてしまう。

彼女は私と違い、「やめて」をはっきりと言える女の子だったが、数には勝てず、ある日大怪我を追ってしまう。

学校の屋上から落とされてしまったのだ。

私はうまれてはじめて怒りというものを味わい、クラスメイトに敵意を込めて睨んだ。



そして、最悪の事件を起こしてしまう。





◇◇◇【4月15日】



床を踏みしめ、履きなれない靴下の感触に戸惑う。


新品の香りの制服は私に馴染もうと、動くたびに揺れた。



「……」



鏡の前にたち、出で立ちを確認する。


紺のブレザーに、淡いピンクのチェックのスカート。白いシャツと紺色のコルセットに、ピンクのリボン。

お揃いのピンクのネクタイ。



――私が通う中高一貫制の学校の制服である。



「…わ」


やば、私中学生だ。


この間までランドセルだったのが嘘のよう。


急に大人びた気がして、なんだかワクワクする。


未知の空間にドキドキしていた、その時だった。



「瑠璃ぃ〜」



リビングからお母さんの呼ぶ声が聞こえた。


もうご飯の時間か。


くるりとドアの前に向かい、自室に別れを告げた。


3LDKのマンションである。この街で1番高く大きなマンションの最上階で、2人で使う分には広すぎるくらい。


贅沢な暮らしをしていると思う。なぜなら金を出すパトロンがいるのだ。彼は経済的にも身体的にも私たちを助けてくれる。理由は知らない。


リビングにつくと、お母さんが焼いた食パンを「あっつっ」と悲鳴混じりに並べていた。


テーブルにはコーヒー、食パンのみ。


バターもジャムもない。


なんというか、そういう細かい部分が欠落下人なのだ。私の母は。


「…大丈夫?」


「へーき。とにかく食べなよ!」


30代が10代に見えるほどの美女のお母さん。


本名、白龍舞雪。


健康的なショートカットの彩飾は、目映いほどの白。


角度によっては銀にも七色にも見えるそれは、私の母親なんだなあと再認識させられるものだ。



己の白髪を少しだけ弄って、「…いただきます」と小さな声で呟いた。


白髪は、なにをしても無駄なのを知っている。


絶対に染まらないのだ、この髪は。


それを恨んで、小さい頃から結構手は尽くしてるんだけど。



ため息を堪えて、お母さんを眺めた。


朝、お母さんはいつもはパジャマだけど、今日は違った。


上着を着れば完成のスーツ姿だ。


それも入学式とかに着る感じの、フォーマルな。


母親がこれを着るのをみるのは初めてなので、しばらく観察する。


子供が無理して着てるような浮世離れ感がある。


似合わない訳じゃないが、似合う訳でもない。



「……?」


ppp…と短く携帯がなった。


身の安全のために持たされているそれが知らせたのは、メールである。



「美夜ちゃん?」


「…かも」


マナーのなっていない私は、食事中にそれを確認した。



【瑠璃〜!今日入学式でしょ?おめでとー!】



短いけれど愛の伝わるそれに、少し苦笑い。



美夜は予定外で愛してしまった友達だ。


友達なんて作らない!と思っていた私に、「大丈夫?」と声をかけてくれた人。


残念ながら、中学では別になってしまう。


名門私立中高一貫に通う私と違って、そこらへんの公立中学に通う美夜。


離れてもきっと友情は変わらない。


いや、変われないの間違いか。


秘密を共有する楽しさを知ってしまった私が、戻れなくなっただけ。



まるで、麻薬みたい。





美夜は、何をしてるのかな。



心のはしっこでそんな感情が芽生えて、急いで消す。



そんなことしてる場合じゃない。



目の前でスーツをパンクズだらけにしてるお母さんをなんとかしなければ。








私にはトラウマがある。




呪いみたいに付きまとい、病気みたいに私を蝕むトラウマが。




もう私の一部になっているそれを抱えたまま、私は新しい地へ足を踏み入れることになったのだ。




◇◇◇


車の外から覗いてみる。


築40年とは思えないほど綺麗な校舎は、パッと見外国みたいだ。


学校の裏にはなぜか神社があった。取り壊しができない理由でもあるのだろう。



高等舎と中等舎に別れてて、高等舎はじゃっかん大きいらしい。


体育館はそれぞれについていて、二つに別れている。


中等舎と高等舎の間には職員舎があり、両方で先生を行き来させている。


保健室も大体真ん中にある。


寮もあるらしいけど、私の家から学校は近い方なので用はない。



私立宝珠学園。



それがここの名前である。


聞けば理事長の先代が創立者で、金持ちらしい。


で、その理事長の恩人がお母さん…ということで選んだだけの学校だ。



特に思い入れはないけど、ちょっと融通を効かせなくちゃいけないところがある私には丁度いい。かも。



中高一貫なため、ここに6年間通うことになる。



近所の小学校と変わらない年月をここで過ごすのだ。


ああ、面倒…


車の中で苦い顔をしてると、駐車場についてしまった。



「瑠璃さま、どうぞ」


運転手が開けてくれる。


これもパトロンの遣わせたものだ。


電車で行けば通える距離なのに、随分手厚い事だ。


私のクラスは6組だった。


1クラスの人数が20人と少ないのに、クラス数だけは多いこの学校。


9クラスもあるのに、そんなに生徒数は多くないのだ。



じゃあクラス減らせよと思うが、考えたらきりがないので思考を切り上げた。



「…」



廊下が、ざわつく。


親とはクラスまで一緒なせいか、余計に。


容姿が目立つのは解るが、そんなに不躾に見ることはないだろ。



…あぁ嫌だ、気持ち悪い。



注目されるのは嫌いだ。


親子揃って、できることならひっそりと暮らしたいコトナカレ主義だから。



「うわぁ〜…人がいっぱい…小学校とは違うねぇ瑠璃」



隣のお母さんが呑気に感想を述べた。


慣れない校舎を歩くから、うろちょろと一緒に迷いつつ、なんとか教室につき席を見つけた。


「じゃあね」


お母さんがニコニコと笑って遠ざかる。


保護者は教室には入れないのだ。



半分になった視線にホッとしながら椅子に座る。


出席番号順か。


9月生まれだから真ん中の方。真ん中の一番後ろだ。



わいわいと騒ぐ教室の前と教室に、辟易とした。


日本人はこういう差別が多い気がする。


確かに私は白髪に青と紫の中間色の目――まあ今はカラコンを着用してるから黒だけど。


とにかく、目立つ見た目なのは認める。



だけど、日本人だ。



私は純粋な。生まれたときから日本を出たことない。


だから他の国はわからないんだけど、昔の外国の友達がいっていた。



『日本は住みづらい。皆一緒の背丈なの。


よく笑う人や、笑わない人。足の早い子や遅い子。勉強のできる子にできない子。外国人に日本人。


そういうのが一体になって生きてるのに。なのに、日本人は差別が多いわ』



「…」


彼女には、多くを教わったなあ、なんて。


甘美な思い出と、現実の騒がしさに、ため息と舌打ちをつきたい衝動にかられた。


天真爛漫なお母さんですらもうざそうに耳を塞いでいるのだから、短気な私に我慢できる訳がない。


「はあ…」



思わずため息をついた。


教室は、やっぱり嫌いだ。


イライラして落ち着かない。



――私は呪いにかかった。


だからこれは落ち着かねばならない。


自制心を取り戻せ。


大丈夫、私はうまくやれる。



この教室という密室で、うまく生きてみせる。



失敗せず、完璧に生きてみせる。


私には、できるの。


ううん、できなくちゃいけないことなの。





さて、立って座るだけの入学式が終わった。




実は私は生徒代表だったのだが、普通に嫌なので2位の玉造くんという方にお願いした。


立派に努めを果たしてくれた玉造くんには感謝。


生徒会長の藤原さんの挨拶とかのあとなのに、結構上手かった。


何やってもそれなりにこなす万能タイプと判明。




そのあとは教室に戻り、担任の説明を聞く。



30代半ばの女の人で、派手なコサージュが印象的な人だった。入学式だからだろう。明日には印象が無くなってるので、何で顔を覚えよう。


大した話しはなく、ほんの10分程度で終わった。


「…今日はこれで解散となります。明日はクラスでの自己紹介や、校則の確認などをしますので、覚悟して置いてください」


覚悟って何を言われるのやら。



この日はこれで終了。



本当ならこれで、教室をおずおずと見てた家族と子供は再会して、なかよく家に帰るのだが――




私たちは理事長室へ向かった。



職員舎の際奥に位置するところで、人影は皆無。


なんだか寂れた、豪華な場所である。


私はここで試験を受けたわけだけど、とんでもなく緊張した。




木と洋がコンセプトのこの学校に似合う、チョコレート色のドアを迷いなく押したお母さん。



理事長にノックなしとは…母の無礼さに将来が不安になる娘の私。



中には、一人のおじさんがいた。



「…え?あ、はははは白龍!?」



奥の偉そうな机に腰かけて、なにやら書類を読んでいた理事長。


ありえないほど動揺して、すごい勢いで立ち上がってお母さんに頭を下げた。




「お久しぶりです舞雪さま!」




「…ん、おひさです」


この人が好きではないらしいお母さんは、テンション低めで答えた。


しかし、KYな彼はそんなことお構いなしに、私にも深々と頭を下げた。



「る、瑠璃さま、ご入学おめでとうございます!」



…それさっき入学式でも聞いたなぁ。


『瑠璃さま』じゃなくて『皆さん』だったけど。




「すいません…そ、ソファーへどうぞ!」



「いりません。それより瑠璃をよろしくお願いします」



お母さんの用事はそれだけらしい。


特別待遇を礼に来た訳じゃなく、この私が安心して笑って生きていける環境を提供しろ、と。



夢物語。



私は少しだけ奥に入って、部屋を不躾に眺める。


数々のトロフィー、賞状、写真。


すごい学校。



「ご存じのとおり、瑠璃は特殊な体質です。ここではあなたに守ってもらわなくちゃ、この子は他人と自分を傷つける」



聞きたくなくて、耳を通さぬよう、賞状を読み上げることにした。


「は、はあ…ごもっともです」


「……」


私は弱いからなあ、と口の中で言葉を転がす。


守ってもらわなくちゃいけない身の上が本当に嫌。


たぶん、理事長は本当に“ごもっとも”とは思っていない。



きっと、“なんで自分が守らなきゃいけないんだ”とか、そんなことを思ってるに違いない。





「瑠璃をお願いします」



同じ言葉を繰り返し、頭を下げたお母さん。


「…は、はい!」


偽善の理事長はそれに答える。


なんかの社長とか会長とか、そんなお偉い人の彼も。


私たちには逆らえない。




「お願い、瑠璃にもう…」



“人を殺させないで”


その言葉を飲み込んだのがわかった。


悲痛な声音に心臓がいたくなる。



「かしこまりました…」



理事長としての威厳もなにもなく、完全に怯える彼。




それはやはり、二人の殺人鬼に囲まれてるからだろう。




「――瑠璃に何かあったら、私が黙っていませんから」



珍しくお母さんは脅した。



命を引き換えに脅すなんて卑怯だと思う。



私たちはその切り札を簡単に使えるから。



でもそれを鼻にかけて乱用することはまずない。




切り札は自らも傷つける。




「お任せ下さい」



「ん、任せた」



ニコッと、打って変わって見とれるように美しく笑って。



「瑠璃行こう、お腹すいちゃった」



「…」


ニコニコ挨拶もなくドアをあけ、向こう側に行く私たち。


ずっと下げたままの理事長の頭が印象的だった。




「あいつ私嫌いなんだよね」



「…らしいね」



天真爛漫すぎるぞお母さん。



「瑠璃、お昼何にしよっか?私パスタが食べたいなあ」



「お母さん」



パスタを巻くまねをしていたお母さんに話しかける。


覚悟を、語るため。



「私、頑張るから。独りで。もう失敗しないから。だから…」




脅さないで、そう言うと。




「瑠璃は、ちょっと独りすぎないかな…」



ぎゅう、と私を抱き締めた。


特に抵抗なく私は受け入れる。



たぶん、私は幸せだ。


お母さんより、ずぅっと。


「私には無理なくらいに独りだよねえ」


お母さんが私に執着しすぎなの。


その言葉を飲み込んだ。




私はトラウマがある。




昔、大好きな親友を傷つけられた私は――その親友を傷つけた奴等を傷つけた。



己に牙があるのを知らなかったのだ。



よかれと思ってお母さんは、私に牙の存在を教えなかった。



決して染まらない白い髪に受け継がれる、呪われた牙の存在を。





遅かった。何もかもが。





助けて、


嫌だ、


なんで、


誰か、


神様。




そんな声が入り交じる、死屍累々と化した教室。




そうまでして守りたかった親友は、去っていった。




全てを失った私は、あの日誓ったのだ。





あの日、私たちをいじめた人間が、全員大怪我をした。

教室に突如トラックが突っ込んできたのだ。



「私たちはね、邪眼という眼をもった一族なの」



対象を呪うことの出来る眼をもつ一族。


恨みを込めて睨んだだけで、トラックが教室に突っ込んできて、クラスメイト全員に瀕死の怪我を負わせることの出来るほどの力。



お母さんは、もう少し大きくなってから話すつもりだったのと泣きながら話してくれた。




己に牙があることを知った私は恐れ、誓ったのだ。




二度と人は殺さない、殺したくないと。





これは、私の血と涙の努力による学園生活の物語である。

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