第4話
「文学少女は、そういう生き物だからだ(二度目)」
「……………」
「文学Sy──」
「聞こえている。二度も言うな」
───実は三度目だ
絶望的な暑さもなく、窓から差す風の冷たさが、どことなく服を着込ませるあの北風を彷彿とさせ、でも別に何か羽織るほど寒い訳でもない、とある秋の日の昼下がり。
我ながら(音葉)カッコつけた上、自然界からの刺客である風さんも数少ない出番に盛り上がり、速水先生へのものを数倍に強めたもので、音葉に中々のファンサービスを見舞ってくれた。
がしかし、彼のほとんどと言っていいほど存在しない隠れアピールポイントの前髪に塗りたくられた何かを、有難くもまるで水をぶっかけたみたいに消し去ってくれたのもまた、その風さんなのである。
加えて、目の前の、当の文学少女には、いまいち効果が見られなかったらしい。
実にかっこ悪いというか、(笑)と言うべきか⋯⋯。
なんてダラダラしながらスペースだけ使って述べ明かしていても別に状況は好転することもなく───見る側としては文字数稼ぎにしか思えない行動に評価が下がり続ける一方で。
分度器を当ててみれば、おそらく10度だけ左側の口角を上げた少年と、ほんの5度もないくらいの角度で、いっそ︿苦笑い公式Wikipedia﹀の見本画像にしてしまいたいほど立派な苦笑いを続ける少女。
さぁ、どうしようか。
どうにか出来たら、良かったんだけど。
私には、やっぱり何も出来ないのだけれど。
じゃあ、気を取り直して。
桜の花びらの落下速度に一種のトラウマを抱えてしまった人たちへの何年か越しの救済だったあのセリフで。
「で、とりあえず、
はァ
どこからか大きめの溜め息が聞こえたと思えば、それは勿論彼女からのものであり、音葉は勿論何もコメントしない。
はァァ
追い打ちをかけるようにもう一回溜め息を吐く。ちょっと長めというのがまた、かなりしんどい。
「何度名前を告げる順番について話せばいいのかしら。まずはあなたから名乗れと言っているのだけれど、分からない?」
「あ、そうか。それはすまない───いや、言ってないだろ。そんなこと」
「そうだったかしら」
言っていなかった気がする。
───僕もそんな気がする。
「ああそうだ。嘘つき。最初からそう言えばいいのに。ほんと、面倒だなあ」
「……………」
彼女の眉間が、ピクっとする。ビキッ、とまではいってないから、まだ、大丈夫。
ビキッ、といったら、マズイ。
どれくらいマズイかと言うと、それはなってからのお楽しみということで。
そして、この調子なら彼女の表情筋が何らかの原因で動かない疑惑が、喜ばしいことに晴れるかもしれない、とも思う。
それはもう、快晴に。
雲がゼロで青空が10の、あの。
理科の授業でその知識を得てから何年かたった今でも、何年かたった今だからこそ、雲が7割もあるのに晴れ、というのに納得がいっていなかったりする、という訳もない報告。
誰か、共感してくれないだろうか。
「でも、そうか。名前か⋯⋯」
そうボソボソと呟きながら、音葉は視線を、下げる、下げる……下げ、る。
そして彼女の手元、音葉の史上最も忌むべき作家の著作を再確認する。させられた。
特に、著者名辺りを、入念に。
はぁ
「音葉」
状況を整理して、ゆっくり息を吐いて、決意をみなぎらせた音葉の口から出た、二文字。一秒足りともかからない自己紹介。たった二文字。
これで十分。ただの自己紹介に、よろしくお願いしますなんて定型文は不必要。過剰。新学期で無駄に凝った自己紹介をしても、基本的には無駄。決して血迷うな。二度は言わん。
二度としない。
───ん?
その言葉の真意も、それに関する背景も、私の実体験も、なんら特筆すべきものも、隠された記憶もない。
言うなればノーコメントである。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
彼女は目を閉じ、開けず、なら瞬きではないと音葉は判断する。彼女はその(どの?)隙に顔に手を当てる。それも両手で。そして今にもビキッといってしまいそうだった目元を下げ、物思い、なんて言う昔らしい言葉が似合う顔つきになり、あ、よく見るとまつげ長い。
そんな一秒だとちょっと足りないくらいの動作の後、例に漏れずため息をつくのであった。
はァ
「それは───下の名前かしら?」
一度唾を飲み込んでから、音葉は質問に答える。
かのように見えた。
「さぁ、どっちだと思う?」
ビキッッ。あっ、これはまずい!
はァァ
「別にその二文字の単語があなたの苗字であろうと名前であろうと、なんら構わないのだけれど。まぁ、そうね───どうでもいいからもう聞かないわ。なしにしてちょうだい」
なんだこの人は。
一世代前のアニメに蔓延っていたような古めかしい喋り方といい、言わないと気が済まないみたいな、悪態をつく、という表現がこれ以上似合わない語彙といい。
すぐビキッといきそうになる眉間といい。
頬に手を当てて虚空を見上げる彼女は、まだまだ喋り足りないというのか、やれやれ、なんて独り言が似合いそうな顔をして、やれやれと言った。
やれやれ
「じゃあ、私は常識人だから、せめてこう名乗ってあげる」
彼女はそれはもう漫画の世界から飛び出してきたような、夢も希望も背負った少女らしく目を輝かせ、背の低い人の特権である腰に手を当てるポーズで、
「日向、よ」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
うん
「⋯⋯どっちだ?」
流れからして苗字?いや、いまいち確証が持てない。「かっこいい苗字」で検索すれば簡単にヒットしそうなくらいには、かっこいい。しかも私はその名前のかなりかっこいい、言ってしまえば私はそのアニメキャラに心当たりがある。というか結構好みの。
───それってもしかして、もしかしなくても、青髪、だったりするか?
⋯⋯⋯⋯。
空白
⋯⋯ああ、そうだ!その通りだ!よくわかっている。君、名をなんという。
───あ?そんなの音h……
黙れ!ああ、違う、そうじゃない。こんなことをしている場合じゃない。
こいつと仲を深めている時間などないのだ。そういうことじゃない。
それに勿論、果てしなく倍率の高い高い主人公枠から、そこら辺のツッコミ枠に成り下がるつもりも、ない。
だから、私にはそんな暇ない。
音葉程度の人間と関わっている時間なんてものはな───
───そのセリフはもっと別のヤツに言われそうだからパスだ
「よし、じゃあ、日向」
「はぁ?⋯⋯なんでいきなり呼び捨てなの?貴方程度の分際で口走っていいことじゃないわ」
「……俺程度?」
───ほら来た
「日向さんとか、日向様とか、なんなら日向殿下でも構わないのに」
殿下。また古めかしい言葉を……
「構わないのに、じゃない。構え。というか全人類が構う。というかどうでもいい。それが苗字であろうが名前だろうが、俺は、君を、日向と呼ぶ。有難く呼ばせていただく」
「有難く思うな」
「…………………」
「黙るな」
はァ
「あなた学年は?見たところ、小学八年生といったところだけど⋯⋯」
「ん?あぁ、なるほど⋯⋯いやいや、じゃなくてだな。わざわざ小学生換算するなよ、ややこし───いや、待て。小学八年ってことは……」
「「───中学⋯⋯二年?」」
ハモった。
ハモってしまった。初対面の人と。それも女子高生と。しかもかなり可愛めの。
全然嬉しくないけど。
「ああ、そうかもしれないわね。あなたの計算が本当に正しいなら、そうなるんじゃないかしら。まぁ信頼は出来ないけれど⋯⋯ちなみに私は小学十二年生よ」
「⋯⋯あぁ、高三な。そのまま言え。さっきの俺みたいな照れ隠しじゃないんだし……。ちなみに俺は君の一個下、高校二年生だ」
「あ、そう。興味ないけど。でも、そうね……てっきり中学生が迷い込んできちゃったのかと思ってたわ」
「違う、断じて違う!───それにしても、結論日向は先輩なんだな、この学校の」
「ええ。それが分かったのならとっとと呼び捨てはやめてもらえるかしら。ついでに君、の二人称も。見下されてる感が拭えない。金輪際口にしないで。死ぬまで、永遠に」
「一個一個が重い!」
「あら、そう。なら訂正するわ。えぇと、それじゃあ、貴方の呼吸が止まる、その日まで?」
「同じだ!オブラートに包まれたように見えてかえって酷くなってる。何かの創作のタイトルっぽくなっているが、勿論却下だ。直接的な表現は避けろ。校正されるぞ」
───一体誰にだ?
彼女の表情には次第に楽しそうな感情が見え隠れするようになり、途方もなく、途方もないため息が出てしまうほどに、自虐的だった。
「ああ、なるほど。確か貴方──四行以上の会話文は理解できないんだったわね。それなら仕方ない。それとも……本能なら、仕方ない。だったかしら?」
「⋯⋯なんだそれ。俺はそんな理解力の乏しい人間じゃないぞ。それと、会話が四行以上になっているのは書いている段階であって、今読まれている文章だと三行に行くか行かないか辺りだと思う」
「あら、そう。まあ、どうでもいいんだけど」
───どうでもいいのか
速いテンポの会話に音葉は呼吸を忘れ(──忘れてない)、音葉の呼吸はみるみる荒くなっていく(──日本語…)。生まれた時に一生の内の心拍数が定まっているという話が本当ならば、音葉が彼女に例の失礼な呼び方をすることを許される時、
「それに、別に間違えてるわけじゃない。俺が君を呼び捨てにするのに、実際
「そんなものは特にないけれど、別に普通じゃない。それにちゃんはなしよ。私には、似合わない」
ちょっとクールダウン
彼女、改め日向
ガタンッ、とかなれば、まぁ驚くだろうが。
そんなUnder18センチメンタル選手権代表みたいな日向の横顔は、どことなくさっき校庭を眺めていた文月のものに似ていた。
言い換えれば、何かを諦めてしまった顔。
先の○○の答えを発表していいのならば、
───なぜ言い直した?
「じゃあ、日向ちゃん。お話しようか」
「だから、やめなさい。私は貴方の言った、
「いや、そんなこたあない。ていうか正体ってなんだよ。人間じゃねぇの?」
「……………」
───えっ?違うの?
「そ、それに、あいにく今手持ちの音葉友人帳には、毒舌・美人・先輩なんて属性持ちの人物は、一人たりともいない。というか先輩という存在すらない」
───疑問がはっきりとは拭えず、変なことを言い出してしまった。なんだ音葉友人帳って。
何なんだよ。
───聞くな。口を慎め。
……………。
「そう、音葉友人帳、ね⋯⋯ごめんなさい。無理して開くこともないのよ」
……それと、私の正体は禁書庫に住み着く妖精よ
⋯⋯は?妖精?なんだそれ。私は妖精みたいに美しくて可憐ですわ〜、ってことかい?寝言はきちんと寝てから言うんだな。以降大人しく黙っていてくれるんなら、布団くらい安安用意してやる
⋯⋯えっ、馬鹿なの?寝言に思考は伴わないわ。寝言で言え、なんて無理に決まっているじゃない
⋯⋯⋯⋯。
「さ、流石に白紙じゃない!君は俺をなんだと思ってる。友達を失った回数にかけては右に出るものがいないと言われている、この俺だぞ!」
はァ
「その要らない情報が、貴方の友達多い自慢よりも、貴方の人間性に対する不信感を増すという効果において活躍することは、その足りない頭でもちゃんと理解できているの?」
───ふむ。
───自傷覚悟がなかったと言えば、嘘になる。
───少々おふざけが過ぎたらしい。
「私の大嫌いな自慢は大きくわけて三つ。寝てない自慢、勉強していない自慢、そして最後は───友達いない自慢よ」
「だから俺は友達がいない訳じゃない。そろそろしつこいぞ、君」
「まだ醜い言い訳をするの?
「葉が一個多い!というかダメだ、そのネタは。何があっても擦っちゃいけない類のやつだぞ」
「あら、そう。じゃあ、そうね───うん。かみまみた」
沈黙
桜の花びらが10cm下方に到達するくらいの時間。数瞬の停止が解凍され、すぐさま取り乱す音葉。
「あれ?じゃあちょっと待って……ゔ ゔん」
深呼吸までする彼女。
それと今わかったことだが、咳払いは文字に起こすのが難しいらしい。
「かみまみたっ!」
前述+〈っ!〉
っっっっ!
「やめろやめろ!今すぐにだ。その道は、しゅ、修羅の道だぞ!というか修羅でも怯えるぞ!⋯⋯ていうか修羅って何なんだ。何かの人?」
これ以上は、かなりマズイ。
何がマズイかと言えば、何がまずいのかすら弁明ができないにくらい、マズイ。
はっきりしなくてすまないとも思う。
はっきり出来ないから、マズイのだが。
「十八行くらい前まで遡るぞ。いいな?いい加減話を戻さないと、俺が、俺には認識できないはずの文章中の、名前の誤植にまでツッコまなくちゃいけなくなってしまう」
その説明に一応は納得したらしい日向ちゃんは、何かを確かめるように頷きながら、さっき私が気づいたばかりの、中々の長さを誇るまつ毛を上下させる。
その仕草にうっとりとしているうちに、気づけば、日向ちゃんは充電が完了した際のスマホのように目を見開き、口を開いた。
「そうね。そろそろ初会合にはいい時間だもの───じゃあ話を戻しましょうか、音羽君」
「⋯⋯⋯⋯…」
閑話休題
禁書庫 しるなし @izumi_daifuku
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