第15話 異世界にて、危険物取扱者資格を取得しました

「……ま、まぁ、取り敢えず入ろうぜ 」


深淵の瞳をしたダルルンから目を逸らし、リュドラスは扉を開いて中に足を踏み入れる。


「わ〜!ぼく、お泊まりするの初めてです! 」


ルミナスヘイズは、物珍しそうに辺りを見回しながら後に続く。

生まれた時から塔に閉じ込められてたルミナスヘイズは、初めての外泊ということもあり、とても楽しそうだ。


扉に付いていたベルの音を聞き、この宿屋の女将と思われる中年女性が、パタパタと足音を鳴らし奥から出てきた。


「まあまあ。お客様ですか?旅の方が来られるのは久々で 」


それはそうだろう。並の冒険者では、魔王城周辺まで辿り着くのは難しい。この村に立ち寄った冒険者は、これまで数百年の間どれくらいいたのだろうか。


「あの〜……つかぬ事を聞きますが、この村って魔王城に一番近いと思うんですけど、本当に魔物の被害とか無いんですか? 」


リュドラスは先程の男性に聞きそびれた質問を、女将に投げかける。


「ええ、この村はバーンヘイズ様が統治なされてるので、とても安全ですよ 」


「へー、バーンヘイズが……ってはぁあああ!?」


突如出てきたバーンヘイズの名前に、リュドラスは目をひんむく。


何故魔人が人間の村を治めてるのか、その理由がわからない。寧ろ支配しているの間違いではないのか。もしかしたら、村の安全と引き換えに、無茶苦茶な取り立てをしている可能性もある。

しかし、そう話した宿屋の女将の顔には、怯えた様子は全く無い。


よく分からない状況に、リュドラスは頭を捻る。


「えっと、お部屋は一部屋でよろしいですか?」


宿屋の女将はリュドラスとルミナスヘイズに交互に視線を移す。


ああ、今の状態ではカップルの冒険者かと思われているかもしれないが、コイツは男だ。可愛いけれど男なのだ。


「はい、大丈夫です! 」


嬉しそうに笑顔で答えるルミナスヘイズに、女将は何かを察したように部屋の鍵を渡す。

恐らく勘違いしてるだろうが、もうこの関係を説明するのも煩わしいので、ここは黙っておく事にした。


……が、それが後に仇となる。



「いや、カップル用の部屋を用意しろとは言ってないんだよな〜!!」


渡された鍵で部屋を開けると、目の前には堂々とダブルベッドが鎮座していた。これ見よがしに並べられたハート型のクッションや、サイドテーブルにキャンドルが置いてあったりと雰囲気作りも鼻につく。


「わぁ〜可愛い!!人間はいつもこんな可愛いベッドを使ってるんですか?いいなぁ〜 」


「……使ってないと思う。一部しか 」


目を輝かせて楽しそうにベッドに飛び乗るルミナスヘイズを後目に、リュドラスはゲンナリしながら傍にあった椅子に腰をかける。


はしゃぐルミナスヘイズの腕の中から、ダルルンがベッドの上に投げ出される。今まで置物と化していたダルルンだったが、その衝撃でハッと思い出した様に口を開いた。


「ああっ!そういえば、リュドラスさんのスキルが進化してたみたいですぞ?」


「……へ? 」


ダルルンの一言に、リュドラスはジトリと目を細める。


「は?どういう事だ?俺、自分のステータスとか見れないから、全然分からねぇんだけど」


うっすらと前世の記憶はあったとはいえ、元来魔物である事が原因なのか、今まで自分のステータスなんか興味が無かった。それ故に、ステータスの見方を模索しようとしたことも無い。しかし、そういう事を優しく教えてくれる神様的な存在すら居ないってどういう事だ?放置プレイが過ぎるだろ。


「……なんか、リュドラスさんって本当に神の気まぐれで、ただただ魔物に転生させられただけなんですね。普通こういう時、レベルアップしたとか天啓みたいなのってないんですかな? 」


「ねーよ!!生まれてこの方そんなもの!! 」


悲しい事に、レベルアップしようが何しようがずっと無だ。今の自分のレベルすら分からないのだから、本当に急拵えのNPC魔物仕様なのだと思う。


「仕方ないですね、私が説明しましょう。リュドラスさんのスキルは、今までは相手のスキルを一定時間阻害するという能力でしたが、今は相手のスキルや状態異常を任意で一つだけ打ち消す能力に進化していますぞ 」


つまり、リュドラスのスキルは元々、相手のスキルを一時的に強制解除する程度のモノだったが、進化したスキルは、対象の【スキル】または【状態異常】を任意で一つ【消滅】させる。といったモノに変わっているというのだ。


「へー、知らなかった。俺も一応転生者だから、スキルが進化したりするのか 」


今までずっと、魔王の魔物配合の手伝いばかりをしてきて、魔王亡き後もお飾りの中ボスとして、ほぼ戦闘無くして生きてきたのもある。転生して数百年後に知るその真実に、リュドラスは溜息をつく。


「でも、相手のどのスキルが強力なのかさっぱり分かんねーよ 」


水晶に映る相手のステータスは、スキル名は見えるがスキル自体の説明はない。ここでも博打かよ。俺の人生は博打ばっかりか。


「しかし、これでうっかり魔人達の強スキルを消せれば、勝算もありますぞ!」


喜ぶダルルンに、リュドラスは眉を顰める。


「いやいや、どう考えても消すのはあの”魔王の呪い”一択だろ 」


そう。あの”魔物ノ呪縛”と名を打つ、『おもしれー女』の呪いである。


「……えっ、それは優先順位的に下ではないですかね 」


確かにそれが最優先命に関わるかと言われると、優先順位は低いかもしれない。しかし、個人的には一番消したい嫌な状態異常だ。


「だから!あんな嬉しくないハーレム要素とか全くいらねぇんだよ!!あのクソ上司も最悪だけど、バーンヘイズまでもああなったら、俺は絶対無理だからな!!」


今までの事を思い返すとリュドラスはゾッとして、ちぎれんばかりにブンブンと首を振る。

もう大人向けラブコメ路線は真っ平御免だ。


「うーん。しかし呪いを解いて回るというと、まるで聖女の様ですな 」


「いや、どこがだよ!!どう見ても聖女じゃなくて、爆発物処理班じゃねーか!!」


物は言いようだが、祈りを捧げて呪いを解く聖女の清らかなイメージでは全くない。魔法少女のビジュアル的には聖女を名乗れそうではあるが、やってる事は対爆スーツを着て離れた所から爆弾を処理する爆発物処理班が妥当だ。


しかし対象に対して1度切りとは言え、都合よくスキルや異常を消せるのかは怪しいところだ。

リュドラスは、ベッドに居るルミナスヘイズにチラリと目をやる。


「なあ、ルミナスヘイズ。 悪いが本当にステータス異常が消えるか、お前で試してみてもいいか? 」


「えっ!?はっ、はい!!」


急な申し出に、ベッドに腰をかけていたルミナスヘイズはビクリと肩を揺らす。

ルミナスヘイズは、緊張しているのか視線をさ迷わせた後、そのままベッドにゆっくりと横たえると、上気した顔と潤んだ瞳でこちらを見てくる。


「あ、あの……どうぞ 」


震える手でスカートを抑えて、身を強ばらせるルミナスヘイズを前に、リュドラスは固まる。


「いや、なんかソレは俺がイケナイ事してるみたいじゃん……?」


これは治療でも無いので、横になる必要も全く無いのだが。

ぎこちなく手を伸ばしてスキルを使おうとするリュドラスに、ルミナスヘイズはビクリと身体を揺らす。


「わっ……あっ……や、優しくしてください 」


ギュッと目をつぶったルミナスヘイズの金色のすべやかな髪が、サラリと頬をつたい落ちる。


「だから!!変な雰囲気にしないで!?!?すげーやりにくいから!!」


そのあざと過ぎる仕草に、リュドラスは冷や汗をかきながら困惑していた。

その様子を見て、ダルルンは真顔になる。


「……ちょっと出ていきましょうか?」


「どんな気遣いだよ!!!やめろ!!」


しかし、相手の了承を得てのスキル使用は、やりにくいにも程があった。

こんなに警戒されると、呪いと共に本人も消滅するんじゃないかと心配になるくらいだ。まさかこんな事で魔人が消滅したりする、ご都合主義ENDは100%無いとは思うが。

もしあれば、これがゲームなら低予算クソゲーとして語り継がれてしまうだろう。


リュドラスは気を取り直して、ルミナスヘイズの頭に手を翳す。


「”魔王ノ呪縛、消去デリート”」


その言葉の直後、ルミナスヘイズの身体に一瞬、稲妻の様な光が疾る。


「……? 」


ルミナスヘイズは瞑っていた目をゆっくり開いて、おずおずとリュドラスを見つめる。


「何ともないか?」


「ええ、はい。特には 」


当たり前だが、特に外観上の変化は無い。

キョトンとしているルミナスヘイズを見て、リュドラスは安堵する。


後は、あのワードを言っても問題無いかだけだ。


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