第14話 村人の家に不法侵入して棚を漁る勇気は無い

前回までのあらすじ。


美少女の魔人が仲間になり、最終的に新世界のアダムとイブになってもいいと思ってたら、実質アダムとアダムだった事が判明してしまった……以下略。


魔人の塔周辺から、その近くの村までの長い道のりを、ダークヘイズはドンヨリとした面持ちで歩いていた。

魔王城からも随分と離れたため、空色からしてもうすぐ夕刻も近そうだ。

今日一日で、一生分の不幸が凝縮されてやって来たとも言える程の精神的ダメージと疲労感もあり、もはや一刻も早く休みたいという気持ちしかなかった。


「もう直ぐで着きそうですぞ 」


ダルルンは目を見開き、前方をジッと確認している。目が望遠鏡の役目でも果たしているのか、正直、傍から見ると絵面的にはかなり気持ち悪い。


「なあ、この変身って解けるのか…?」


ダークヘイズが発した一言に、ダルルンが再度目を見開く。


「えっ!元の姿に戻るんですか!?」


信じられないと言った表情を見せるダルルンを、ダークヘイズは睨み付ける。


「いや、非戦闘時はせめて服の修復をさせろよ!マジでそろそろランボーみたいになるわ!!」


これ以上の魔力消費が起こると、服の崩壊が危険なレベルだ。前代未聞の全裸の魔法少女を誕生させるわけにはいかないだろう、これが番組だったら放送局にお母さん達からの苦情が殺到してしまう。

もう村も近いなら、体力的にも元の姿でも問題無いはずだ。


しかし意外な事に、この道中で何故か魔物の姿を一体も見かける事はなかった。昔この周辺には、魔王が放ったえげつない凶悪な魔物達が棲息してると聞いたことがあったのだが。

リュドラスは魔王城の周辺に漂う、以前とは違う雰囲気に、少なからず違和感を感じていた。


「うーん、しょうがないですな。チョーカーの石に触れて”解除”を念じれば元に戻れますぞ 」


「何もしょうがなくねーんだよ!あっ、これか 」


えー、”解除” ……でいいのか?


そう思った瞬間に、ダークヘイズの身体を眩い光が包み、元のリュドラスの姿に戻る。


「うわっ!意外と簡単だな!?……なんか久々にこの身体に戻った感じがする 」


当たり前ではあるが、元々そこそこの身長はあるため目線が高い。先程まで、ほぼ同じ高さだったルミナスヘイズの旋毛を見下ろしているのには違和感があるが、いつも通りの安心感のある高さだ。


元の姿に戻って一心地ついているリュドラスを、ルミナスヘイズがジッと見上げてくる。


「えっ、俺の顔なんかついてる……?」


お年頃なので、容姿への辛口評価が飛んでくるものなら深刻な精神的ダメージを負ってしまう。それはめちゃくちゃ俺に効く、やめてくれ。


「え!?ち、違います!ダーク……いえ、リュドラスさんって元の姿はカッコイイんだなって思って 」


「へ……? 」


ルミナスヘイズの言葉に、リュドラスは目を丸くする。

正直、今まで数百年と自分の容姿を良い方に評価された事は一度もなかった。

何故なら、魔王と並んだら最早モブも同然。周りの幹部の魔人達も、全員綺麗な顔立ちをしているからだ。

中ボスなんぞ所詮は、クズエピソードを軽く添えたりしただけの、ちょっとキャラ立ちした経験値製造機という認識だ。自分としてはこの容姿は、ごく平均的にしか見えない。


「そ、そうか?今までそんなことを言われた事が無かったからな 」


「ええっ!?みなさん、気が付かないものなんですね 」


そう言って、ルミナスヘイズは屈託のない笑顔を向けてくる。


ああ、これはよくある、社交辞令的なお世辞なのかもしれない。

こういう一言で気を持たせて、もしかしたら…という期待を誘発する女子は大変危険な存在だ。危うく一瞬で好きになる所だった。まあ、何ならさっき一回オトされてるし、おまけにこの子は女子じゃないけど!


チラチラとこちらを見ながら隣を歩くルミナスヘイズに、リュドラスは気後れする。


(でもこの子は最初から、何気に好感度高いんだよな。ああ、これがおとこの娘じゃ無ければ!おとこの娘じゃなければ!! )


そう悶々としているうちに、前方に小さな村が見えてきた。

ここは魔王城に1番近い村だ。中が凄惨な状態になっている可能性は高い。もし死体の山でもあったりしたら、その場で吐く自信がある。

現に、ここから見える村の入口にある支柱には、魔物が付けたであろう傷や血の跡の様な物も見てとれて、リュドラスは若干震え上がっていた。


村の入り口までやって来た二人と一体は、一先ず、近くにある大木の裏に身を潜めた。


「俺はとりあえずフードを被ってれば角は隠せるか…ルミナスヘイズは、元に戻ると発光で死人が出る可能性があるし、そのままで行くしかないよなぁ 」


しかし生きてる人間達が居るとすれば、こんな小さな村にその華美なフリフリの服はかなり悪目立ちしそうではある。


「そうですね、冒険者だと思ってくれれば良いんですが… 」


ルミナスヘイズが心配そうに呟く。

二人の周りをくるくると回っていたダルルンが、ルミナスヘイズに近寄ってきた。


「なら、ワタクシは置物になっておくので、このまま運んで欲しいですぞ!ワタクシを抱いていたら、ぬいぐるみを抱いたファンシーな女の子に緩和されるハズ!! 」


すっぽりとルミナスヘイズの腕の中に収まったダルルンを見て、リュドラスはキュッと眉間に皺を寄せた。


(コイツ、可愛い方に行きやがったな!しかも、お前は和風過ぎてどう見てもミスマッチだろうが!!)


そう内心悪態をつきながらも、リュドラスは村の入り口を見据える。


もし仮に、村人がほぼ全滅して魔物の巣窟になっていたりしたら、戦闘は避けられない。ましてや、ルミナスヘイズはこの姿での戦闘は初めてだ。しかもまだ武器すら出した事がない状態なのだ。


「……どんな状況でも、中を確認したら一旦引くぞ 」


「わ、分かりました……!」


二人はソロソロと門に近づき、柱からそっと村の中を覗き込んだ。


リュドラスは、村中が血に染まった凄惨な現場になっている事を覚悟していたが、その予想に反して、村の中では人々が談笑したり仕事をしていたりと、至ってよくある田舎の村という雰囲気が漂っていた。


「……ん?結構普通だな?」


「そうですね?なんか平和そうですね 」


目の前に広がる長閑な光景に、二人は首を傾げる。


「おお、旅の方ですか?」


村の中を観察するのに気を取られていた二人は、突然後ろから声をかけられ、思わず飛び上がる。


「わ゙あぁあ!?びっくりした!!誰だよ!!魔物じゃないよな!?心臓止まるかと思ったわ!!」


後ろから人が現れるとは思わず、声を掛けてきた人物をリュドラスは怒鳴りつける。

ルミナスヘイズも余程ビックリしたのか、顔を赤くして目を回している。


「ぼくも元の姿だったら、この村全体を薙ぎ払ってましたよ!?」


思わず物騒な事を言い放ったルミナスヘイズの横で、リュドラスは顔を青くし、ひくりと口端を引き攣らせた。

完成された巨神兵を連れて来てなくて、本当に良かった。


どうやらリュドラス達の後ろから声を掛けてきたのは、50代半ばといった頃の村人の男性だった。

二人のあまりの驚き様に、男性は汗を拭きながら説明する。


「ええ、そんなに驚かなくても……この辺は魔物は寄り付きませんからね。全然、危険はないので大丈夫ですよ 」


「「……え? 」」


村人の言葉に二人は思わず顔を見合わせる。

魔王城に1番近い村なのに、魔物が全く寄り付かないとはどういう事だろうか。

リュドラスは理由を聞こうと口を開きかけたが、その村人は間髪入れずに言葉を発した。


「ああ、宿屋をお探しではないですか?どうぞ、ご案内しますよ 」


そう言って村の中にスタスタと入っていく男性の背中を、リュドラス達は慌てて追いかけた。


入り口から数十メートル先にある、男性に案内された宿屋は、よくあるお手頃価格の宿泊所と言った様子だが、ここで一つ問題が発生していた。


「あー……俺は人間の金はあんまり持ってねぇぞ?」


リュドラスは、バツが悪そうにガシガシと頭を搔く。


「えっ、お金ってなんですか? 」


ルミナスヘイズに至っては、金銭の存在すら知らないと言った様子で首を傾げている。


それを見たダルルンは、双方を見据えて深くため息を着く。


「うーん……まあ、二人とも元々魔族ですしね。そういえばリュドラスさんは、あのガチャに使ったお金はどうやって手に入れたんですかな?」


「ああ、あれは……」


リュドラスが持っていた人間の金は、自分が中ボスとして待機していたダンジョンで、力尽きてしまった人間達から回収したものだった。

それはチート勇者が一向に現れないこの世界で、大勢の一般の冒険者達が魔王の激強魔物トラップに引っかかり、命を落としてしまっていたからなのだが。

そんな屍達から、平然と装備を剥ぎ取っていた自分も魔物側に生まれ変わった事で、人間に同情する心も失くしてしまっていた事を改めて感じる。


「その時は、俺を倒しに来てこうなってるんだから、使えそうなものは別に剥ぎ取ってもいいかな〜って思ってたからな 」


「そんな羅生門みたいな理屈を……」


しかし、こんな所で悩んでいてもしょうがない。どこの世界でも、先立つものは金である。


「で、どうする?村人の家に押し入って、棚とか壺を漁るのは流石に気が引けるんだけど 」


そう言いながらも、リュドラスは近くの家をチラチラと伺っている。


「ソレ、現実では普通に空き巣か強盗ですからな!?記憶が蘇って人間らしさを取り戻してきたと思ったら、やっぱりここでもRPG脳が……」


リュドラスは元の人間らしい思考を取り戻してはいるが、ゲーム脳過ぎて現実の常識とゲームの常識の境界があやふやだ。現実からこんなゲームじみた世界に飛ばされたら、そうなるのも分からなくもないが。


「こういうの、金稼ぎクエストとかあるんじゃねーの?魔物討伐とかそういうやつ 」


「でもさっき、村の人がこの辺には魔物は居ないって言ってましたよね 」


先程の男性の言う通りなら、魔物の討伐は無いかもしれないが、こんな村にも恐らく小さな仕事の依頼くらいはあるだろう。


「……分かりました。今日一日の宿泊代はワタクシが出しましょう。でも以降はお二人に働いて貰いますからな 」


渋々とそう切り出したダルルンに、リュドラスはジトリと目を向ける。


「なんだケチくせーな、必要経費だろ。会社に言って経費で落とせよな 」


「……は?うちはほぼ慈善企業なので、経費なんてモノはありませんぞ 」


ポツリとそう言ったダルルンの瞳は、マスコットキャラクターとは思えないくらいに淀んでいた。

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