第10話 それは俺の知っているチーレムではない

「……怯えなくていいよ……優しくする……から……ね」


アシッドへイズは起き上がり、ダークヘイズの上に覆い被さると馬乗りになる。

忘れていたが、アシッドへイズは服を着ていない。そう、服を着ていないのだ。


視界にいっぱいに広がる肌色の光景に、ダークヘイズは思わず赤らめた顔を逸らす。


(ええ〜!?お話するって身体でって事か!?)


大丈夫か!?これソッチのセルフレイティング付いてないぞ!?大人の階段がいきなりエスカレーターになって……る……


彼女から発せられる甘い香りが一層強くなり、頭がボンヤリとして思考が纏まらなくなっていく。


ああ、死は甘い匂いってこれか?

いや、いい。もう殺されるならこの子が一番いいだろう。殺されるなら可愛い女の子に殺されたいに決まっている。


ダークヘイズの頭の中は、既に死で満たされ、支配されていた。


その時、ビリリと脳にノイズが走る様な感覚が起こり、意識が少しだけハッキリとしてきた。


(ワタクシですぞ。今、アナタの脳の中に直接語りかけてますぞ )


(こいつ直接脳内に……じゃねぇ!!何の用だよ!!つか、お前こんな事も出来んのか!!)


(右を見て下さい。右横の樹です。)


(はぁ〜?こんな時に、何が樹だよ……)


ダークへイズは渋々顔を横に向け、隣に根付く大樹を睨む。見た限り何ともないただの大樹だ。

しかし目線を上げると、その大樹の上部にはおびただしい数の干物の様な物が引っかかっている。


「あ?……なんだ、あれ?干物でも干してんのか?」


しかし、よくよく目を凝らしてみると、樹に吊るされたソレは、人間なのか魔物なのかも判別がつかない、干からびた死体の山だった。


「ヒッ!!」


視界に飛び込んできたカラカラの死体達を見て、ダークへイズの意識は完全に覚醒する。

その反応を見たアシッドへイズは、ダークへイズを落ち着かせるように頭を撫でて囁いた。


「大丈夫大丈夫……可愛いお人形は……ゆっくりゆっくり……体液とシリコンを……入れ換えるから」


とんでもない保存方法を教えてくるアシッドへイズに、ダークヘイズは顔面蒼白になる。


「ぎゃあああ!!なに人の身体でリアルラブドール作ろうとしてんだ!!」


確かに殺されるならこの子がいいとは言った。言ったが、この殺され方は違う。一瞬で逝けないのは論外だ。ジワジワ時間を掛けて、迫り来る死を自覚させられるのは怖すぎる。


しかし、アシッドへイズはまた自身の中にダークヘイズを取り込もうと身体を変化させ始めていた。


「やめ……っ 」


その瞬間、聞こえてきたのはキィキィと鳴く蝙蝠のあの耳障りな音。


「アシッドへイズ、返せ。それは僕の物だ」


闇の気配が強くなり、怒気をはらんだ声が響く。

浮かび上がる暗闇の中から現れ、ベッドの脇に立ちこちらを睨みつけるのは、もう見たくも無いあの姿だ。


ああ、また厄介なのがログインして来やがった。


「なに……ブラッドヘイズ……」


突然に姿を現したブラッドヘイズに、アシッドへイズはジトリと目を細める。


「……聞こえなかったか?」


その言葉に従おうとしないアシッドへイズに、ブラッドヘイズの瞳には憤懣ふんまんの色が見える。


「……やだ。この子は……ワタシのお人形だモン……」


何故かダークヘイズに異様な執着を見せるアシッドへイズに、ブラッドヘイズは驚き顔を顰める。


「なんだ……?お前も、”おもし「お゙わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」」


ブラッドヘイズの声を掻き消す様に、室内にダークへイズの大絶叫が響き渡る。


テメェ!!なに颯爽と工事現場に入って来て、勝手に発破起爆ボタン押そうとしてるんだ!!ヒヤリハットって言葉を知らねぇのか!?即刻生まれ変わって現場ニャンコからやり直せ!!


いきなり大声で叫んだダークヘイズを、ブラッドヘイズは耳を抑えながら睨みつけた。


「うるさいぞ、嫁 」


「誰が嫁だ!!嫁になった覚えはねーんだよ!!」


そんなダークヘイズの反論を、ブラッドヘイズはまた聞こえなかった様に無視する。


「はい、出た。またスルーしやがった! 」


そのスルースキルを妨害してやろうかと、ダークヘイズはブラッドへイズを睨みつける。

だがその後に、ふと疑問が沸く。


「なぁ、お前。どうしてここに俺がいると分かった?」


この質問に対しては、ブラッドヘイズは面倒くさそうに口を開き答える。


「……お前のその血の匂いだよ。衣服にこびり付いてるだろう 」


確かに、体の傷は治っているが服は修復されている気配がない。一体どういう事か分からずに、ダークヘイズは木の影に隠れていたダルルンを睨みつけたが、ダルルンは完全に顔を反対に背けていた。


「ねぇ魔王ママは……ケンカ……したらダメって……言ってたケド ?」


その言葉に、ブラッドヘイズは笑う。


「ハハ。なら、コイツを不死の眷属にして半分にでもするか?」


冗談か冗談でないのか分からないのは、コイツか本当にやりかねない奴だからだ。


「いや、ふざけんな!どういう提案だ!……マジで冗談だよな 」


「じゃあ……上と……下?」


「!?」


ダークヘイズを無視して物騒な会話を続けている魔人達に、少なからず恐怖を感じる。


「ワタシは……下はヤダ……使い道……ない」


オイ!使い道とか言うな!!何に使うことを想定しての発言だ!!


「いや、僕も流石に下半身を連れ歩くのは嫌だぞ 」


おお、上半身に人気が集まってるな。でもこの細い脚もなかなか芸術点が高いぞ?……とか言ってる場合か!身体を半分にされてたまるかよ!


「頼むから半分はやめてくれ。引っ張り合うのもなしだ。大岡裁きどころか牛引きの刑だからな!?」


恐らく身体はある程度頑丈だから、一気に裂けることは無いと思うが、何も悪いことをして無いのに処刑される筋合いはない。


平行線を辿る話し合いに、アシッドへイズはフゥとため息をつく。


「揉めたら……これだよ……」


アシッドへイズが頭の花から取り出したのは、恐らく魔王が与えたであろう、ゲーセンにあるジャラジャラ落とすタイプのメダルコインだった。


「……なんだそれは 」


ブラッドヘイズは、そのメダルコインが何を意味するか分からず、首を傾げて眉を顰めた。


「ア゙ア゙ア゙!!やめてェ!!その作品ファンしかニヤリとしない小ネタを挟んでパンピに微妙な顔されるトコとか見せないで!?前世の俺の心が共感性羞恥で死ぬわ!!」


ブラッドヘイズといいアシッドへイズといい、コイツらとんでもねえ嫌がらせスキル隠し持ってんな!!完全に精神汚染A+だ!!


しかし、先程からアシッドへイズの口から出てくるのは、なんとも魔王が仕込んでそうな言葉ばかりだ。そういえば、魔王は過去に『実は部屋ごと魔王城に転移してきちゃったんだよね☆』と漏らしていた気がする。それならば、魔王城の中のどこか一室は彼女のオタク部屋なのだろう。アシッドへイズは長年そこで育てられていた可能性が高い。

魔王のコレクション拝読済みとは、多分そういう事だ。嫌な点と点が繋がってしまった。


お互いが譲歩出来ない状況に、アシッドへイズはムッとした表情を見せ、ベッドから降りるとブラッドヘイズの前に立ち塞がる。


「ワタシの……取ろうとしてるなら……消すしかないケド……」


アシッドへイズの足元から樹の根が大きく拡がり、その身体に巻きついていく。

先程より数倍の大きさになった彼女は、まさに樹木の魔人という姿に成り果てている。恐らくこれが、彼女の本来の姿なのだろう。


「僕に盾突く気か?……身の程を知れよ 」


対するブラッドヘイズも、血液の球体を発現させ、臨戦態勢になっている。


ヒロインだったらここで『私のために争わないで!』と言う所だろうが、そんなことは全く無い。寧ろ、一刻も早く俺のために争って死んでくれ!!


いつ始まるか分からない戦闘に、場の空気がピリつく。


ダークヘイズは急いでベッドを降りて、ゆっくり少しずつ後退すると、コッソリとその場を後にする。

このまま下に降りて行きたかったが、下階に続く階段は樹が道を塞ぎ簡単には降りられそうにない。


「くそ〜!また次の塔まで行くのかよ!!」


ダークヘイズは悪態を着きながら、また泣く泣く橋を走り始めた。


その後ろを着いてきたダルルンは、ダークヘイズに声を掛ける。


「もう”おもしれー女”として、全員を誑かしたらどうですか?魔法少女イレギュラーチートになったらハーレム築けたんだから、もはやリュドラスさんはチーレム主人公も同然ですぞ 」


「違う!こんなのは俺の知ってるチーレムじゃねえ!!」


本来なら可愛い女の子達に好意を寄せられ、色んな子とイチャイチャしたり、ちょっと嬉しいエロハプニングが起こったりもする、そういうのが正解のハズだ。

魔物の男女混合メンバーに生命を脅かされながら作るハーレムが一体どこにあるというのか。


「でも最終的に、全員葬り去るんならその方が楽でしょう?」


平気で恐ろしい事を言ってくる、このマスコットキャラクターに、ダークヘイズは口端をひきつらせた。


「ハーレム築いて、ベタ惚れてきたヤツらを最終的に全員殺す主人公が何処にいるんだよ!?後味悪すぎて俺は絶対嫌だぞ!?」


すごい剣幕で反論してくるダークヘイズに、ダルルンは、ヤレヤレとジェスチャーをして話を切りあげる。


そうこうしてるうちに橋の中間地点まで来ていただろうか、次の塔が見えてくる。

ダークヘイズは姿を現した次の塔を見据えて、心底嫌そうに呟いた。


「ハァ、次の塔……多分バーンへイズだよな……」

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