第11話 疾る、剥き卵の荷電粒子砲

物憂そうな様子のダークヘイズに、ダルルンは動揺する。


「えっ、そんなに強いんですかな……!?」


「いや……それは知らねぇけどさ 」


ダークヘイズもとい、リュドラスがバーンへイズを恐れる理由。


それは


”陽キャでちょっと強面のガタイのいい男” という事。


ただ、それだけである。


学生時代で言えば、カースト上位に位置するスポーツ推薦で入学してきた、クラスの中心で男女共に人気のある男子。

社会人で言えば、会社の実業団チームに所属しキャプテンを任され、仕事もソツなくこなす上司からの信頼も厚い男。

つまりそんな感じの、社会的地位のありそうな、かつ見た目も強そうな魔人であることだった。


前世、オタクだったと思われるリュドラスは、この手の(魔)人種が苦手なのだ。


バーンへイズとは、魔王城で何度か会った事があるが、会う度に大声で話し掛けられ、叱咤激励の如く肩をバンバンと叩かれて涙目になっていた。


「ええ、そんな事ですか 」


「そんな事とか言うな!!お前もアイツに大声で話し掛けられてみろ!?萎縮するしかないわ!!」


過去に何かあったのかは分からないが、今のダークヘイズからは、行きたくないオーラが溢れ出している。


「まあ、今はエンカウントしなければ問題ないワケですし 」


そう言って、先に塔の中に入ろうとしたダルルンの頭をダークヘイズが掴んだ。


「オイ、ちょっと待て。そういや、さっきのこの服の話がまだだよな?」


ダークヘイズは、自分のボロボロの服を指差して問いただす。


「……リュドラスさん。貴方がもし事故にあったとしたら、一番に治して欲しいのはどこですか? 」


「ハァ?そりゃ生命機能を維持する……」


「そう!そういう事です!最も優先すべきは命!服なんてただの飾りですぞ! 」


つまり、身体の生命維持にリソース使っているから、服の修復は後回しもやむ無し。と言った口ぶりだ。寧ろ、そこは修復されなくても問題ないと言っているとも取れる。

そのなんともしがたい回答に、ダークヘイズはブチ切れる。


「どこの世界に全裸で戦う魔法少女がいるんだよ!!!」


ダークヘイズは、怒りのままにダルルンをそのまま床に叩きつけた。


「ブッ!!」


変身してる事も関係あるのか、渾身の力で叩きつけられたダルルンは床にめり込んでいる。

因みにリュドラスは、中ボスに据え置かれた存在ではあるが、魔王と同じく基本的に非戦闘型で他物に力を与える能力と、妨害スキルがあるくらいで自身にさほどの戦闘能力がある訳では無い。


地面に埋まったダルルンは、フラフラと身を起こすとダークヘイズに抗議する。


「もー!大体、貴方が大怪我するからですよ!しかもこんなに美少女になったのに、リュドラスさんは変身してから殆ど、汚い顔しかしてませんからね!?可愛い服が可哀想ですぞ!? 」


「こんな美少女捕まえといて、汚い顔とはどういう了見だ!このクソみたいな展開の連続でバッチリな美少女顔なんか出来るわけねーだろ! 」


「しかも!その喋り方も可愛さや品性の欠けらも無いし……」


「この状態でブリブリの女の子を演じられる奴の方が狂ってんだろうが! 」


普通のファンタジー世界で可愛い女の子に転生したなら、いくらでも可愛い女の子を演じてやるが、こんな自分だけが地獄のど真ん中にいる世界でお遊びをしている余裕はない。

断言するが、この世界は狂っている。


「はぁ〜……入りたくねぇなァ 」


ダークヘイズはまたダルルンの頭を掴みあげると、塔の部屋の中に投げ入れる。


室内にガツンと鈍い音が響いたが、誰かが出てくる様子は無い。


「……ん?この部屋にはアイツは居無さそうだな 」


「ちょっと!?危険を確認する道具にしないで欲しいですぞ!一応マスコットキャラクターなんですが!?」


憤慨するダルルンを無視しつつ、ダークヘイズは入口から部屋の中を見渡し、恐る恐る足を忍ばせる。

部屋の中はシンと静まり返り、誰かがいる気配はない様だ。


「……となると、バーンへイズは上の階か、もしくは出かけてるのか?どちらにせよ、気付いてないならラッキーだな 」


音を立てないように部屋の中の階段を散策するが、階段などそれらしき物は全く見つからない。

しかし、よくよく見ると、部屋の端の床に不自然に埋め立てられた様な跡が見て取れる場所がある。


「げっ!何で床が溶接されて塞がってんだ!?しかも、上の階に行く階段も無くなってるし 」


バーンへイズは飛べるタイプの魔人のため、階段は不必要と言うのもあるが、わざわざ塞ぐ必要はないだろう。一体どういう事だ。


「うーん。これは無理そうですなぁ。次に行ってみましょうか 」


次の塔にまで周る羽目になったダークヘイズは、心底嫌そうな顔をする。


「もうすぐ一周しそうだぞ!?アイツの所には、ただいましたくないんだけど!!」


ブラッドヘイズは、まだアシッドへイズと揉めていて戻って来て無いとは思うが、出来ればあの塔には戻りたくないのが本音だ。


「次の塔の魔人はどうなんですか? 」


ダルルンの問いに、ダークヘイズの顔が曇る。


「……分からねぇ。魔王が最後に作った一体を、俺は目にすることが無かったからな 」


魔王が最後の一体を完全させた時、リュドラスはちょっとした用事があり、数日間、魔王城を出ていた。

リュドラスが城に戻った時にはもう、魔王は消え去ってしまった後で、城内は騒然とした状態だったのだ。


あの時、城の中で何が起こったのかリュドラスは未だよく知らない。

魔王を消したと噂される魔人も、何処かに消えてしまっていた。


確か名前は……ルミなんちゃらヘイズだったと思うが。それすらも曖昧だ。


「そうこうしてる間に着いちまったが……」


眼前に聳える最後の塔。


そっと覗き込むと、塔の中は非常に簡素であり、今まで誰も出入りがなかったかの様な静寂を保っている。


ダークヘイズは、塔の入口から少し入った所に、幾重にも厳重に鍵を掛かけた扉があるのを見つけた。


「ん?もしや、この中に下階に降りる階段があるのか?」


ダークヘイズは、手にしていたソードで鍵を叩き切ると、ゆっくりと扉を開ける。


ドアの隙間から覗いた部屋の中は、まるで誰かが生活をしている様な一般的な一人部屋だった。


その薄暗い部屋の中、モゾモゾと動く影がある。

よくよく目を凝らして見ると、部屋の中にあるベッドには、丸まった大きな白い饅頭の様なものが鎮座していた。


「あ……?なんだコレ」


忍び足で部屋に入ったダークヘイズは、ソードの先で、チョンチョンと饅頭を突く。


「ヒャンッ!?」


いきなり触られた事に、饅頭はビクリと反応し、可愛らしい声を上げた。


「うおぁっ!?何か入ってんじゃん!!」


「だっ誰ですか!?……バーンへイズさん!?」


慌てふためいて、見当違いな名前を出す饅頭に、ダークヘイズは眉間に皺を寄せ、その饅頭を見下ろす。

目の前で震える、あまりに弱々しいこの物体を、ダークヘイズは ”コイツはなんか、ボスのテリトリーにいるマスコット的な奴だろう”と推察していた。


「ハァ!?声が全然違うだろ!!アイツがこんな小鳥のような可愛らしい声をしてる訳がねーだろ!!」


「ひっ!ゴ、ゴメンなさい。バーンへイズさん以外がここに来ることがないので……あの、どちら様でしょうか?」


どうやらこの饅頭の中には、丸まって布を被っている何者かが居る。


「まずお前がそこから顔だして名乗れよ!失礼だろうが!!」


「リュドラスさんは相手が下手に出てると、横柄な態度になりますなぁ 」


ダルルンが呆れた様に呟く。


「スミマセン、申し訳ないんですが、ぼくは諸事情で顔が出せないんです…… 」


「はぁあ?何言ってんだお前! !」


ダークヘイズは饅頭の布を掴み、引っ張りあげる。


「だっ!だめです!!フリじゃなくてほんとに!!」


ダークへイズはその声の主が被っている布を力いっぱい引っ張るが、饅頭の中身も思いの外、強い抵抗をみせている。


「イヤッ!イヤイヤッ!」


「うるせえ!!テメェは、何かわなんだよ!!!」


ダークヘイズはベッドに脚をかけ、渾身の力で布を引き、奪おうとする。ここまで来るともう意地だった。


「ちょっとちょっと!無抵抗なのに可哀想ですぞ!?」


その光景を流石に可哀想に思ったダルルンが、ダークヘイズを咎める。


「いいや!悪ィが、俺は弱そうなスライムが悪いスライムじゃないと言い張っても問答無用でぶん殴るわ。いつ襲って来るか分からねえからな! 」


「随分と疑り深いですな!?」


布を取り払うまでは諦めそうにないダークヘイズの様子に、饅頭の中身は悲痛な声を上げる。


「ほっ、ホントに危ないですからぁっ……!」


しかし忠告に耳は貸されず、破られんばかりに引き上げられフワリと浮いた白い布の下からは 、強い光が次々に漏れ出していた。

それは、まるで爆発する前の星のアウトバーストを彷彿とさせる。


そう思った次の瞬間、眩い閃光に目が眩む。


目の前に迫って来た激しい閃光の帯は、まるで荷電粒子砲さながらであり、瞬く間にダークヘイズの頬をかすめると、その綺麗な白い髪に穴を穿った。


「……へ?」


一瞬で身体を駆け巡った死の恐怖に、ダークヘイズは震えながら床にペタリと尻もちをつく。


浮いた布がフワリと下にいたソレに覆い被さると、その強い光は収束を見せ、辺りは元の薄暗い部屋へと戻ってゆく。


「わっ!あの!大丈夫ですか!?消えてませんか!?」


(ああ、そうだ )


「……もしも〜し?」


(コイツが魔王を”殺した”という )


魔王が消えた日の記憶。

あの日、喧々とした城内で魔物たちが口にしていたその名前も、今、全てを思い出した。


「お前、ルミナスへイズ……?」

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