第9話 この番組は深夜枠でお届けしております

「どうやって入るんだ?……これ 」


蔦や枝が幾重にも絡まる塔は、出入口が完全に塞がれている。

空を飛べていたら簡単に飛んで逃げられただろうが、今は塔の中から下に降りるしかない。


「ここから入れそうですぞ 」


ダルルンが枝の隙間から見える、ガラスの無くなった窓を見つけて声をかける。


「でかした!!」


ダークへイズはその窓に駆け寄ったが、この可憐なコンパクトボディを持ってしても通るか微妙なラインの隙間だ。


「……なあ、これケツが引っかかったりでもしたら、エロ漫画みたいになりそうだが大丈夫か? 」


「過去、そういう漫画を見ていたんですかな?」


「「…………」」


一人と一体の間に沈黙が流れる。


「よし、取り敢えず入ろうぜ 」


コイツと出会ってから急激に、前世と過去の記憶がかなり鮮明になってきてて怖い。

今のやり取りを全て無かった事にして、ダークへイズは窓に身体を押し込む。狭い。確かに狭いが、ギリギリ入れなくは無い。


「いてっ」


腕に力を入れて下半身を引き抜いた反動で、ダークへイズは床に転げ落ちた。

倒れた身体を起こし、周囲を見渡すと、部屋の中に広がっていたのは、木や草が生い茂った、まるでジャングルの様な光景だった。


「中まですげェな……まあ、身を隠すには良さそうだけど……」


そう呟きながら、誰も手入れをしていない様な、鬱蒼とした草むらを掻き分け進んで行く。


「しかし、ここにも魔人がいるんですよね?でも身体の傷は殆ど癒えてきてるから、連戦でも無問題ですぞ 」


「誰が連戦するか!!身体の傷は治っても、心の傷はまだ全然治ってねーんだよ!!」


先のブラッドヘイズとの戦いで、身体もキツいが精神が一番消耗している。

今思い出しただけでも既に泣き出しそうだ。何が悲しくて一番嫌いな上司と恋愛ルートを開拓しないといけないのか。全ルート、エターナルバッドエンドしかないクソゲーなんか誰がプレイするものか。


「ああ。でも『めちゃくちゃにしてやるよ 』とか言われて楽しんでたでしょう? 」


「いや、言われてねえし楽しんでねぇよ!!つか、もう何百年も前から既にめちゃくちゃにされとるわ!!」


魔王が亡くなる前、リュドラスは魔王城で研究員兼魔王の付き人の様なポジションについていた。その魔王亡き後、残された魔物たちは魔王の忘れ形見である、魔人達に付き従う様になる。

その際に、浮いていた状態のリュドラスを貰い受けたのがブラッドヘイズだった。恐らく、弱い魔物なのに魔王と親しくしていたのが気に入らなかったのだろう。

彼はリュドラスを遠く離れた魔王領の境、もとい最前線の中ボスポジションに据え置き、特に用もないのに呼び出しては彼に身の回りの世話をさせ、常に叱責していたのだ。

その姿はさながら、傲慢な大物俳優と下っ端スタッフの様だった。


「……嫌な過去だったな 」


ダークへイズは、遠くを見て目を細める。


「でも先程の戦いで、ソードの熟練度が上がりましたぞ! 」


「魔法少女に、そんなゲームみたいなスキル上げあるか!? 」


最近の魔法少女は成長が可視化されてる事に驚きが隠せない。


「ええ、MAXまで上げたらソードマスターの称号を得られますぞ 」


「ソードマスターになって、アイツら4体を一気に串刺しにして速攻でこの世界から離脱できるなら、すぐにでも取得してやるが?」


「いや、それはちょっと無理かと……」


そんなやり取りをしながら部屋の中を進んでいると、急に足元が真っさらな石床になり、開けた空間が現れた。

目の前には、まるでアクアリウムの様な、水草が揺らめく水槽が無数に積み上がり、高いタワーを作っている。その水槽に張られた色とりどりの水は、淡い光を放ち、薄暗い空間を幻想的に照らしていた。


「あ〜、こういうのファンタジー感強くて良いよな〜 」


水槽を観察していたダークへイズが、ふと、隣に目をやると、何故かいかにも外国の金持ちが入ってそうなバスタブがそこに置いてあるのが目に付いた。

よく見ると、その猫足のクラシックなバスタブの中から、スラリとした綺麗な二本の脚が飛び出している。


「うぉあっ!?」


いきなり目に飛び込んできた、殺人現場を思わせるソレに、ダークへイズは一瞬心臓が止まりそうになる。

しかしよくよく見ると、それは無造作に置かれたマネキンの様にも見える。


「何だよこれ!!ビビらせんな!!」


お化け屋敷のチープなビビらせ装置みたいなトラップに、ダークへイズは憤慨する。

怒りのままズカズカとバスタブに近寄ると、飛び出ていた足首を掴んだ。


「ん?……あれ?」


しかし、マネキンだと思っていた脚の感触は妙に柔らかく、しっとりして温もりを感じる。


その瞬間、ゴボゴボという音と共に、水面が揺れた。


バスタブに張られたエメラルドグリーンの液体の中から、激しい水音と共に髪の長い少女が上半身を起こし、その姿を現す。

ぼんやりと発光しながら揺れる水面に照らされた、水が滴る彼女の身体は、一糸まとわぬ裸体だった。


「はっ……裸ァ!?!?」


そう。ダークへイズが掴んだ脚は、浴槽に上半身を沈めていた彼女のものだったのだ。


「……誰?」


少女は首を傾げてこちらに問いかける。


「ゴ、ゴメンナサイ!!!!」


ダークへイズは反射的に急いで謝ると、慌てて少女に背中を向けた。


うっかり国民的アニメのお約束シーンみたいなお色気ハプニングサービスを誘発してしまい、心臓がバクバクとすごい音を立てる。


(二重にビビった!でも、ラッキースケベの神様、ありがとう!)


「ねえ……なにしに……きたの? 」


「ヒッ!いや!たまたま通りかかって!?」


彼女の追求に思わず声が上ずったが、直後、先程の少女の姿を思い浮かべたダークへイズは青ざめる。


(コイツ……アシッドへイズだ!!)


植物の様な長い髪の魔人。魔王が二番目に作った個体。生まれて直ぐの時しか、彼女の姿を見た事が無かったのであまり記憶に無かったが……。正直、こんなに可愛いなら、もっと早くに出会いたかった。


アシッドへイズはペタペタと水気のある足音を響かせてダークへイズの背後に近づいてくる。


「可愛い……お人形さん…… 」


真後ろに立ったアシッドへイズは、後ろからピッタリと身体を密着させ、ダークへイズを抱きしめた。


「おわ゙っ!?!?」


背中に柔らかい感触を感じ、そこに全神経が集中する。

抱きしめられた衝撃で、ダークへイズは武器から手を離してしまい、床にガシャりと音が響いた。


嘘だろ!裸の女の子に抱きしめられてる!?

ヤバイヤバイ!こんなの絶対反応する……


いや、今はするものが無かった。


しかし、安心したのも束の間、全身に暖かい感覚が広がり、身体が動かなくなっていた。


「ぎゃあああ!!なんか取り込まれてる!!!」


床に落ちたソードを確認すると、水晶が勝手に彼女のステータスを表示していた。


アシッドへイズ Lv???


╴強酸食人スライム

╴デスキラーマンイーター

╴樹精ユグドラシル


╴誘惑ノ芳香

╴毒酸合成

╴溶解酸雨

╴世界樹ノ雫


╴魔王ノ系譜 ╴魔王ノ呪縛

╴魔王ノコレクション拝読済ミ

╴百合


ゲェ!!コイツ三体も重ねてんの!?

しかも、魔王のコレクション拝読済みってなんだ!!……ん?しかも最後の百合?何だこれ。ベースの植物の事か?それっぽいデザインではなさそうなんだが。


「いや!真面目に分析してる場合じゃねぇ!!待って!!ちょっと待って!?一旦話し合おう!?」


焦りすぎて、思わず浮気がバレた男みたいな必死感を出してしまった。


「……お話……したいの?」


首元にアシッドへイズの吐息がかかり、ビクリと体が震える。


「したい!!めっちゃしたい!!」


その返答に、彼女は満足気に頷いて応える。


「うん、いいよ……お話……しよう」


ダークへイズの身体を半分吸収したまま、アシッドへイズはバスタブから少し離れた所に置いてある、大きなベッドとへと向かう。

真っ白なシーツが広がるベッドの側まで来ると、ダークへイズはその身体から勢いよく吐き出された。

ベッドに転がされたダークへイズの隣に、アシッドへイズがパタリと寝転んでくる。


彼女がベッドに沈み込んだ瞬間に、フワリと、甘い匂いが鼻を擽った。


(ああ、すげーいい匂いがする……風呂上がりの彼女とこうやってイチャイチャしたい人生だった )


しかしこの後をどうしていいか分からず、視線をさ迷わせていると、じっとこちらを見ていた彼女が、頬に手を添えダークへイズの顔を自分の方にゆっくりと向かせる。二人の視線が重なると、アシッドへイズは嬉しそうな柔らかい微笑みを見せた。


( 可愛いが過ぎる!! )


いや〜、やっぱ時代は百合だな。

自分が魔物になって体感数百年経ったけど、今までモン娘を開拓して来なかったのが悔やまれる。人間とそう変わらないし、めっちゃ良いじゃん。

ほら、もうここには優しい世界しか広がってない。

平和は百合で作られると言っても過言では無いだろ…………ん?……百合?もしかしてステータスの百合って……。


浮かれた頭から意識を取り戻すと、隣に横えていたアシッドへイズは、ブツブツと何かを小声で喋っている。

ダークへイズは、よく耳を澄まし、彼女の声を拾う。


「……において……百合展開は……視聴率が……上がる」


「オイ、何言ってんだ……!?」

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