第8話 一万年とウン千年前からホニャラララ

色々やらかして逝った魔王 様


前略


先程まで、今までの流れと打って変わって別の話かな?ってくらい真面目なバトル展開(当社比)が始まったと思ったら、やっぱりこういうアレでしたが、どういう事でしょうか。自分的には命を賭した真剣な死闘だったのですが。是非とも、ご説明下さい。


リュドラス 拝


押し倒したダークへイズを見下ろすブラッドヘイズは、頬の傷をなぞる様にその手をかける。


「イッ……!」


傷口をこじ開けられる様に触られた痛みに、顔を歪めたダークへイズを見て、ブラッドヘイズは上機嫌に笑う。


「待ちわびたぞ、一万年……いや一万と二千年くらいか 」


……いや、お前。俺も勝手にショタジジイとか呼んでたけど、やっぱり配合された魔物の分も、自分の生きた年数にカウントされた事になるのか?実際に生まれたのは、俺よりももっと後のハズなんだが。


しかもそのせいで、年数が聴いたことある有名なフレーズみたいになってしまっている。もう随分と打ってねぇな……一体なんの記憶だコレ。


自分を睨みつけている少女に、ブラッドヘイズはゆっくりと顔を近づけ、耳元で囁く。


「光栄に思えダークへイズ、お前を僕の花嫁にしてやるよ 」


「ほぁ……ッ!?」


放たれたあまりの衝撃的な言葉に、冷たい床に横たえていたダークへイズは、宇宙をバックにした猫の様な顔で固まっていた。そしてこのヘソ天である。


憎しみあい殺しあっていた二人がやがて結ばれる、そんな物語もあるよな……いや、あるかもしれないが……それはこの物語じゃない他所でやってくれ!!!


警鐘エマージェンシーコールが鳴り響いて脳が再起動を始める。


しかし、さっきまでの態度とは違いすぎるブラッドヘイズの行動に、頭がついていっていないのは確かだ。

正直、こんな熱い手のひら返しを目にしたのは初めてだった。


「いや!!結構です!!間に合ってます!!本当に無理です!!マジでゴメンなさい!!」


今までこんなに拒絶された人を見た事があるだろうか、と言うくらいのお断わりの言葉を並べてしまったが、ブラッドヘイズは全く意に返さない。


「花嫁衣裳で来るとは随分と準備がいいな。そんなに僕と契りたかったのか?……見た目は見窄らしいが、まあいいだろう」


「なあ!ハナシ聞いてた!?!?」


そのあまりの華麗なスルースキルに脱帽する。

あの並んだ厨二スキル名のうちの、どれがこのスルースキルだったのだろうか。

しかもこのドレスは、さっき自分がボロボロの血染めにしているのだ。


「お前の意思はないと思え。これからは僕だけに従い、僕だけに全てを差し出せ。従順なメスでいれば、永久的に愛してやる 」


冷たい声でそう言い放つブラッドヘイズの妖しく光る紅い双眼を前に、ダークへイズは静かに白目を剥いていた。


誰だー!こんな乙女ゲーみたいな台詞仕込んだのは!!魔王あのアホか!!マジで俺様ドSショタを創り上げやがった!!

そもそも、俺は「お前の意見は聞いてない」系の男って何が良いのか分かんねーよ!!イケメンだとしてでもだ!!


ブラッドヘイズは、固まったダークへイズの顎を掴み顔を寄せる。


えっ、ちょっと何してんの?早速飼い犬候補の虫歯チェックか?


いや、いや待て、これは、キキキキキ……


「キヷア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア!!!」


ダークへイズは渾身の力で床を蹴ると、まるでコメツキムシさながらの跳躍をみせる。

そして床に着地するやいなや、脱兎のごとく逃げ出した。


「い゙やぁあ゙ぁああ゙!!無理無理無理!!こんなん『大嫌いなドS鬼畜上司に溺愛されて今日も仕事になりません!』みたいなタイトルのピンク表紙のTL小説が突如始まっちまうだろーが!!」


「うーん、それはそれでちょっと面白そうですな 」


いきなり姿を現したダルルンが、隣を併走してくる。


「テメェ!!今までどこにいた!!」


「魔法少女が戦ってる時は、マスコットキャラクターは空気になるかアイテムになるかしかないんですぞ 」


「ならせめてアイテムになれぇえぇ!!」


ダークへイズは目の前に現れた窓を突き破ると、外へ飛び出した。


「ヒッ……!」


最上階から下階の踊り場までは結構な高さがあり、一瞬、心臓が跳ねる。


恐怖を感じた内面とは裏腹に、羽のように軽く感じる身体は”舞い降りてきた”と表現出来る程に、いとも容易くフワリと踊り場に着地した。


「うう、こんなか細い脚、折れないか心配だよ……」


問題ないとは分かっていても、思わず脚をさすってしまう。


「魔法少女になったんだから、今は自由に空も飛べるはずですぞ 」


「いや、もう引っ張んなくていいから……えっ、どうやって!?」


ダルルンは少し考えた素振りを見せ、体から手を伸ばし、相手の身体を支える様なジェスチャーをする。


「……うん。最初は補助付きがいいかもしれませんな」


「小学生の補助なし自転車練習かよ!!」


しかし、こんな所で遊んでる場合では無い。

いつブラッドヘイズが出てくるか分からないからだ。


「取り敢えず、ここを離れるぞ 」


ある単語を口にした事を境に豹変したブラッドヘイズ。

恐らく、そのトリガーになったのが「面白い女」というワードだ。

塔を結ぶ橋を走りながら、ダークへイズもといリュドラスは考えていた。


……。

いや待て。この下りも何か記憶にある。


あ、コレまた回想に入るヤツだ……



「リュドラス、おもしれー男 」


頬杖をつきながらこちらに爽やかな笑顔を向けてくる魔王。


「いや、急になんですか 」


「うーん。イケメンに言われたらオチるかなって 」


確かに魔王のガワはめちゃくちゃ美形な訳だが、中身はクソオタクの女だ。

これがイケメンではなく、セクシーな美女魔王だったらオチていたかもしれないが。


「アホなんですか?」


ジト目で魔王を睨みつけたリュドラスに、魔王はチェッと口を尖らせる。


「ねぇ、思ったんだけどさ~、もし……もしだよ?私が皆を残して死んだとするじゃん?そしたらこの子達は、誰かに倒されるのを待つだけのNPCみたいになっちゃうのかな 」


「……」


魔王が創り出す魔物たちは、本人からすれば子供も同然なのだろう。心配する気持ちも分かる。


「ここには未だに乗り込んでくる勇者は居ないけど、将来めちゃくちゃ可愛い女勇者とか来ちゃったら、ラブコメ展開になるギミックが欲しい 」


「は?ちょっと意味が……」


「例え私が死んでも、この子達がラブコメ的日常を送ってると思うと安らかに逝ける 」


「だから、魔物にラブコメさせる意味が分からないんですよ!!!」


「自主的に『おもしれー女』って言ったら発動させる様にしようかな 」


「やめたげてよ!!!絶対言う事ないと思うけどやめたげてよ!!」



「やめたげてよー!!あの時は、俺が『おもしれー女』の立場になるとは、微塵も思ってなかったんだよー!!!」


あの時全力で止めていれば良かったが、もう後の祭りだ。

こんな事になるくらいなら、汚ッサンを狙っていけば良かった。汚ッサンなら「おもしれー女」とか言われることは、天地がひっくり返っても、未来永劫ないからだ。


実はこの世界では、汚ッサンが最適解だったなんて、誰が予測できただろうか。


もう、この後の展開を考えたくない。

冗談だろう?本当に、このままラブコメ路線に突入するのか?

それを回避するには、もはや早急に奴らを殺すか、殺されるかを実行するしかない。

『おもしれー女』スイッチが発動してしまったブラッドヘイズなら、俺に殺されてくれないだろうか。いや寧ろアイツなら、殺されないように四肢切断からの監禁とかしてきそうだ。マジで怖すぎる。


しかも、ブラッドヘイズだけではない。恐らく他の魔人達も、この起爆装置を抱えているハズだ。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!あとの3体全部にも、『おもしれー女』って思わせない様に戦わないといけないのか……!?ただでさえ極限状態なのに、余計な気を遣わせんじゃねーよ!! 」


そもそも、つまんねー女ってなんだ。

話してる時にスマホを弄ってくる女か?

定型文しか返さないチャットボットみたいな女か?

それを言うなら、魔王。お前は『おもしれー女』オブザイヤー賞を毎年受賞してたよ。


「ああ、クソ!!分かんねェ!!」


後ろを振り返っても、ブラッドヘイズが追いかけて来る様子は無い。

陽が昇りきった状態では、日光に適応するのに時間がかかるのだろう。


「このまま一旦、隣の塔に隠れるしかねぇな 」


橋を渡りきった先、目の前に聳え立っていたのは、植物の蔦が壁面を覆い尽くし、一本の大木の様になってしまった塔だった。

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