第7話 汝、「おもしれー女」と言われるなかれ

─塔の最上階へ上がる30分程前


「勝算はあるんですかな?」


ダークへイズとダルルンは、最上階広間の一階下にある、塔を繋ぐ石橋の上に居た。

地上200m程の高さにある橋は、下を見下ろすとどうしても足がすくむ。落ちても死なないと分かっていても、だ。

そもそも、東京タワー並の塔を建てた魔王はアホとしか言いようがない。飛べない魔物への配慮はないのか。


吹き荒む風が、絶壁の足場に佇む少女の長い髪と、幾重にも重なる花弁の様なスカートを揺らす。


「正直、今のテンションでも倒せるイメージは全くねえ!!」


「ええっ!? 」


ダークへイズはダルルンの方に向き直ると、少し申し訳なさそうな顔をして、微笑んだ。


「今更こんな事を言って悪ぃが、俺たち上位の魔物同士は殺し合わない様にできているんだ。だから、俺がいくら失態を重ねても、ブラッドヘイズは俺を殺さねぇ。まあ、半殺しくらいにされた事はあるんだが……。その誓約があって、俺はいつまでもこの世界に縛られてるんだよ 」


しかし、中ボス魔物ポジションではなくなった今の姿なら、ブラッドヘイズに殺される事も叶う。


「……死にに行くつもりで? 」


「そのつもりだったが、タダじゃ死なねェよ。アイツには今までの積年の恨みってヤツがあるからな 」


ダークへイズは、少しずつ顔を見せ始めた太陽を見つめながら、目を細める。


勝とうとは思っていない。だが、出来れば相打ちが望ましい。この厄介な魔人を一体でも消滅させられれば、きっとまたいつか、この世界に来る誰かの手助けにはなるだろう。


微かな薄紫が溶けだした、まだ暗い青が広がる空を見上げ、ダークへイズは手にしていた武器の柄を強く握りしめる。


「……ダルルン、この武器の使い方を教えてくれ 」



ダークへイズが手にした武器。

それは、放出した魔力で刀身を作り出す魔剣だ。

剥き出しの黒い刀身は魔力の塊そのものであり、炎の様に揺れ、発光している。

それがダルルンに、ビームソードと揶揄されていたのだ。


「いい玩具オモチャを持ってるな 」


目にしたことも無い武器を手にして対峙する少女を、ブラッドヘイズは嘲笑う。


「だろ?お前さ、見た目だけなら同い歳くらいだよな。一緒に遊ぼうぜ 」


怖くない訳では無い。現に、先程までビビり散らかしてたのだから。

だが、とうの昔に覚悟は決まっていて、今は不思議とアタマの中は真っ白で、恐怖心はない。


これが最高にハイになってる状態か!

ダークへイズは不敵な笑みを見せていた。


対するブラッドヘイズは、自分を前にして全く畏怖の表情を見せない少女に、目を据える。


「……お前、名を聞こうか 」


シンと静まり返った部屋に、いつもより低いトーンのブラッドヘイズの声が響いた。


「ダークへイズ……魔法少女、ダークへイズだ!!」


堂々とそう名乗ったダークへイズに、ブラッドヘイズはピクリと耳を動かす。


「ダークへイズ……?」


魔王が創り出した最強の魔物である自分たちに似せた名前を名乗る少女に、ブラッドヘイズは眉を顰める。


「そうか……。なら、その名は捨てた方がいいな! 」


ブラッドヘイズの周囲に浮かび上がったのは、煮え滾るマグマのように沸騰した、球状の血液の塊。

それは自由自在に形を変え、瞬時に硬化する。

リュドラスは、過去何度もこの血に身体を貫かれた事があった。


血球は一瞬にしてダークへイズを取り囲み、硬化すると鋭い棘を持つ茨のようになり、身体を貫通する。


「イッ……!!」


身体を貫いた血液の棘は徐々に液体に戻り、ダークへイズの身体に高温の血を浴びせる。


「ゔあっ……ッつい!!クソ!!これが陰湿なんだよ!!」


変身しているからか、元の身体の時よりは痛みが無いが、それでも痛いものは痛い。


しかし、血球を捌くには数が多すぎる。

叩き切っても、弾け飛んだ高温の血液が飛び散りその身を焼く。本当に厄介な能力だ。


無数の血球に纏わりつかれ、早々にダークへイズは大きく息を切らせていた。


「そんなに俺には、赤の方が似合うかよ 」


気がつけば、ダークへイズが身につけていた真っ白なドレスは、半分ほどが真っ赤な血に染まっている。


「お前のその純白の服も髪も、陽の光の様な金の瞳も全てが不愉快だからな。僕が全部塗り替えてやる」


ブラッドヘイズは、闇に溶け込むようにフッと姿を消した。


「だが、そうだな。健闘の褒美に、その目はくり抜いて飾っておいてやってもいい 」


また、耳元で聴こえた声。

背後からゆっくりと、差し伸ばされた長い爪が、ダークへイズの瞳にかかる。


「……っ!」


身をかがめたダークへイズは、寸でのところでその爪をかわす。

そのまま身体を反転させ、背後にいたであろうブラッドヘイズを剣で切り付けるが、ブラッドヘイズの腕に広がる、血を固めた様な鱗に阻まれ、斬撃は通らない。


「クソ趣味がわりぃな。まさかオークションに出すとか言うじゃねぇだろうな 」


何とか強がってはいるが、やはりブラッドヘイズはチートが過ぎる。

ここまでやれたのは、自分が死を受け入れているからだろうか。


「ああ、負けイベントって無駄に凝ってたら何か萎えるよな 」


もうほぼ勝ち目の無い絶望的な状況でも、ゲームに被せて物を言ってしまう自分に、やっぱり俺も魔王と同じゲーム脳だったんだな……とリュドラスは思わず笑みをこぼす。


「……この僕を前にして、そう何度も笑う奴はお前が初めてだ。今までのヤツらは恐怖に引き攣った顔しか見せなかったからな 」


そう零したブラッドヘイズを、ダークへイズは一蹴する。


「バァカ!しらねぇのか?女の子は笑ってる方が可愛いんだよ!!」


刃が通らないのを分かっていながらも、また

馬鹿の一つ覚えの様に刃を振るうダークへイズに、 ブラッドヘイズは興味を失い始めていた。


しかし直後、右腕に違和感。


ブラッドヘイズの腕の紅い鱗は砕け割れ、キラキラと光りながら床に落ちてゆく。


その刹那、ダークへイズは防御の薄くなったそこに、魔力を注ぎ込んだ刀身を全力で叩き込んだ。


【 スキル妨害 】

相手のスキルを一定の短時間だけ無効にする能力。


そう。これは、リュドラスがこの世界に来て受け取った唯一の能力だった。


魔力を帯びた刃が、ブラッドヘイズの腕に深い傷を付ける。

腕を飛ばすことは出来なかったが、これで一矢報いたとは言えるだろう。


今まで自分の身体に傷をつけた者は、誰もいない。そしてこの先も、現れる事は無いと思っていた。

本来なら激昂してもおかしくない状況だが、自分に付いた傷を目にしても、ブラッドヘイズが怒り狂うことは無かった。


ただ純粋に、口から出た言葉。


「クッ……ハハッ、面白い女だ!! 」


そう言い放った直後、ブラッドヘイズは固まった様にピタリと動きを止める。


「……?」


(どうした?年寄りだから、ビックリして脳の血管でも切れたのか?それならそのまま倒れてくれたらめちゃくちゃ嬉しいんだが……)


一瞬の間を置いて、ブラッドへイズはゆっくりと顔を上げたかと思うと、スッと目を閉じる。

余りに無防備な姿を晒すブラッドヘイズに、ダークへイズは異様な雰囲気を感じ取っていた。


「……なんだ?勝てると思っての舐めプかよ!」


だが、こんな好機を逃すワケは無い。


ダークへイズは脚を踏み込むと、ブラッドヘイズの首元に向けて刃を振り下ろす。


( 殺れる )


しかし ─ 再び、その深紅の双眼は開かれた。


紅い瞳の中心にはしる金色の亀裂。

過去何度も叱責を受けてきたリュドラスですら、今まで一度も見た事が無かった、まさしく竜を象徴する、鋭く光る瞳孔が開き切っている。


その眼孔に射抜かれたダークへイズは、ビクリと身体を揺らす。


その一瞬。

ブラッドヘイズの姿が消え、顔がぶつかりそうな位置まで一気に距離を詰められたダークへイズは大きくバランスを崩す。


直ぐ様に体勢を立て直そうとしたが、ダークへイズの身体は、一瞬の間に床に叩きつけられていた。


「ぐっ……!」


床に押し倒されたダークへイズは、そのまま腕を掴まれブラッドヘイズに組み敷かれる。


─ あっ、死……


即座に頭に浮かんだのは、もうそれだけだった。


……。


しかしブラッドヘイズは、見下ろしたダークへイズの顔にかかる乱れた髪を軽く指で払うと、顔をまじまじと見つめてくる。


「……なんっ!? 」


動揺するダークへイズを見て、ブラッドヘイズは口端を吊りあげた。


「ハハ……ああ、そうか……お前がその『おもしれー女』ってヤツなのか 」


ブラッドヘイズの口から飛び出た、この場に似つかわしく無い単語に、ダークへイズは目を剥く。


「はい!?なんて!?!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る