第44話「咲花先生のアドバイス」

 人々に必要なのは前に進む勇気。転んでしまっても立ち上がる勇気。一歩ずつ進む根気。敗北から逃げない根気。そしてたとえ何回逃げてしまってもいつか立ち向かえるならそれが大切だと言う咲花先生。

 心を少しずつ強くしていくこと。長い人生の中でほんの少しだけしかない学生時代。そこで輝けなくても構わないが、今輝けるなら輝いた者勝ちだろうと先生はホームルームで伝える。

 学ぶ姿勢、真摯な姿勢、ひたむきな姿勢。努力するものは必ず報われるとは言えない世の中だけど、そんな世の中でも自分なりに目標に向かって努力することが大事なはずだと先生は伝えた。


「誰だって、いつも強いわけじゃない。弱さに抗いながら生きてるの。だから負けちゃダメ。色んな誘惑、色んな試練、色んな敗北があるわ。でもきちんと得るものを得ること。失敗したらそれを糧として、次は失敗しないようにしたらいい。あなたたちがちゃんと成長していけば自ずと自分の道が見えてくる。どれだけ先が暗くても諦めちゃダメよ」


 先生の話を右耳から左耳に流す生徒もいる。だが頭には残る。いつか何かのキッカケで、咲花先生が言っていた言葉が刺さって、気が付くことが出来ればいい。

 生徒たちもまた人それぞれだ。成長速度も全然違う。それぞれのペースで進めばいい。焦る必要はない。

 今はテストの点を取れなくても、ちゃんと理解していけば学校の勉強は役に立つはずだ。覚えることが出来ない勉強があったとしても、『繰り返す』事をしていけばちゃんと身につくもの。


「絶対出来ないなんて簡単に諦めないで。何度でもチャレンジしてみて欲しい。いつかきっと出来るものだから。それでも出来なかったら、それより向いてるものがあるかもしれない。自分の向いているものをしっかり探して、壁にぶち当たるまで挑戦してから、壁をどうしても越えられなかったら諦めてもいいかもしれないわ」


 小さな積み重ねで上に登り詰めると必ずぶつかる壁というものがある。たとえトントン拍子に物事が進んでいたって、躓くことは必ずある。

 立ち上がって、見えたその壁の大きさに絶望しても、すぐに諦めてはいけない。

 再び小さな積み重ねで階段を上がるように登って行かないといけないのだ。その壁を越えられるまで登っていくしかない。

 そうやっていつかその壁を越えられた時、達成感があるはず。そして次の壁へと挑戦することになるのだ。

 一歩一歩踏みしめる様子はまるで登山者のよう。そうやって頂上に登りきったとき、最高の景色が見える。それが道を極めた者のみに見える景色だ。


「立派な大人になっていって欲しい。あなたたちが大人になった時、私に誇れるような大人になって欲しいの。期待してるわよ? これは進路希望調査です。どの高校に行くのかを書いてください。そして別のこちらの紙は私が勝手に作った将来の夢を書く紙です。こちらは自由に書いてもらっていいからね。なるべく白紙では出さないでください」


 生徒たちは嫌そうな顔をして頭を悩ませて書く。志望校は三つまで。中学二年生の段階で聞くのは早いかもしれないが、早いうちから目標を決めておくことで、勉強にも力が入るだろう。

 賢也と優斗と巫女は同じ高校に入ろうと決めている。小豆もその高校を目指すと言っていた。美世と千代はスポーツの強い高校に行くらしい。美世は千代の付き添いだ。仲のいい彼女らだから、共に行く決心をしている。


 夢については中々書けない者が多かった。勿論真っ先に書く者もいる。賢也はボクサーと書いていた。優斗と美世はまだ悩む。

 巫女はお嫁さん、これには流石に咲花先生はツッコミ入れようと思っていた。嫁も働かなきゃいけない時代だ、何かやりたいことがなければ務まらない。

 千代は陸上競技選手。女子の記録を塗り替えたいらしい。スポーツの強い高校に行くのもそのためだ。一応言うとその高校は音楽関係も大きく取り入れているため、美世にも良い。


 小豆は前から言っている通り小説家。だがそれだけではなくて教員免許を取りたいらしい。咲花先生のように誰かに教えれる人間になりたいと思う小豆。

 まだまだ勇気は出ないが、それでもなってみようと思うなら目指してみていいんじゃないかな? と言う咲花先生。

 背中を押され目標が出来て、より前向きに進むことが出来る。教員になっても役に立つことが出来ないかもしれない、苦労するかもしれない。

 それでもそれはやってみなければ分からないことで、上手く出来れば誇れる仕事だ。


「あなたたちはまだ自由なのよ。まだ悩んでいいの、迷っていいの。でもいつか決めなきゃいけない、そのために悩み迷うの。決定期間までには決めないといけないから、今のうちに存分に考えなさい。あなたたちの人生はあなたたちが決めなきゃいけない。サボったって何にも得はないわ。今楽をするのではなく、今ちょっとずつ苦しむだけで、未来の苦しみを少しずつ減らすことができるのよ」


 そのために学校がある。未来の自分をイメージするための場所なのだ。勉強だけでなく部活動などの活動をすることで、広い視野を持てるようにするのだ。

 家での生活も勿論大切で、家族との時間が未来の家庭のビジョンを作る。家庭内で何か揉め事があれば、先生たちを頼っていいのだ。

 それでも問題が解決しない場合はまた別の話だが、それもまた勉強と経験だ。

 子供の頃には分からない物、それは徐々に大人たちから明かされていく。


 子供が成長した者が大人であるが、子供の様な大人もいる。それは背が低いという意味ではなく、精神が子供のまま大人になってしまった人だ。

 そんな人は自分の我を通したり、ひたすら相手の非を責めたりする。そんな事をしていては人が離れていく。そんな事では誰もついてきてはくれないのだ。

 そんな大人にはなって欲しくない咲花先生。生徒たちには、柔らかい思考で正しい行動をしてもらいたい咲花先生。そうやって優しく真摯な大人になっていって欲しいのだ。


「優しさが否定されるなんて悲しい世の中になってます。ただ強くあればいいと言うような世界ではいけません。心に優しさと温かさとそれに準ずる強さがないとダメだと私は思います。皆さんには優しく強くあって欲しいですね。誰かと比べるのではなく、自分の中で一番良い方法を取ってください」


 優しいだけでもいけないが、優しいことがまず第一にあって欲しいと思う先生。人に寄り添い、人の心の隣人でいる事、それは友や親しい人間としてとても重要なことだ。

 優しさイコール弱さに繋がらないように心を強く保てる工夫が必要。

 優しさは時に諦めにも繋がる。だからと言って逃げてばかりもいられない。

 いつも優しい人はこう言う。「少しずつでいいから」と。それは事実で、大きく直ぐに変える事は困難である。だが少しずつなら軌道修正もできるはず。


 勿論なのだが、大きく軌道修正可能な人はしたらいい。それは何も悪いことではない。ただ殆どの人がそれが難しくて、少しずつしか変えられないのだ。

 でも変えていける事こそが躍進にも繋がる。真っ直ぐ進むだけの人生なんて中々ない。人生山あり谷ありなのだから、それを自分の中で調整しながら乗り越えたらいいのだ。


「あなたたちが幸せな人生を送れることを願います。そのための手助けなら、中学生の間だけですが、私も先生として全力であなたたちを支援します。私の声にあなたたちが耳を傾けてくれることを願いますよ。それではホームルームを終わります」

 約一時間の間、生徒たちとホームルームで話をしていた咲花先生。自分の考えを述べホームルームを終えたのだった。

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