第38話「恐怖との戦い」

 学校でイジメの主犯格の人間と廊下ですれ違う時、小豆は恐怖に震えた。だが小豆は心を強く持とうと思った。その姿勢が気に食わなかったのか、再びイジメが起きようとした。

「ふん、泥棒女が」

 その声に立ち止まり震える小豆。続けて主犯格が何か言おうとした時、賢也が前に立つ。

 賢也は今、正義感に燃えていた。正しい行いこそが咲花先生を振り向かせるただ一つの方法だと考えていたからだ。


「小豆に何の用だ?」

「ふん、次の男があなたってわけ?」


「俺は小豆の恋人ではないが友人だ。お前は小さいやつだな、過去のことでウジウジと。小豆はもう前を向き始めてるというのに」

「なっ! なによ、その言い方! 私はこいつに貶められて……」


「貶めたのはお前だろう? お前が勝手に勘違いして、お前が勝手にキレて、お前が勝手にイジメたんだ」

「勝手に勝手にって、事情も知らずによく言えるわね」


「小豆はお前の彼氏とは付き合わなかった。なのにお前はキレた、それだけだろう?」

「じゃあ何? 私が悪いって言うの?」


「お前の彼氏が一番悪い。そして次にお前が悪い。最後に小豆が悪い、だな」

「こいつも悪いんじゃん」


「ああ、弱さは悪い。だが今から強くなっていけばいい。それはお前もだ。いい加減放っておいてやれ」

「わかったわ……。好きにしたらいい!」


 怒りのままに通り過ぎていく彼女を見た後、賢也は小豆の方に振り返った。

「大丈夫か?」

 小豆は震えていた。トイレから帰る途中に出くわしてしまったから、もうトイレにも行けそうにない。だが賢也が小豆の肩を叩く。

「次から廊下に出る時は俺か美世に声をかけて行け。今はまだあいつも胸の内が収まらんだろうし、またちょっかいかけてくるかもしれん」

 こう言ってくれるのは有難いが甘えてもいいものなのか迷う小豆。困っている小豆を見て苦笑した賢也。A組の教室に向かおうとする彼について行く小豆は、ただただ感謝していた。


 小豆はもうSNS関連もメールも何も見ない。見るだけ無駄だからだ。自分の事が書かれているかもしれないと調べた時もあったが、本当に書かれている訳ではない。

 当たり前だが、イジメの主犯格も大事にしたいわけではない。もっと言うと実名を出す訳ではないのだ。小豆がいくら調べたところで、小豆に当てはまるような人間相手への愚痴なんていくらでも見つかるのだ。

 そしてそれが自分への攻撃かもしれないと感じてしまう。それが良くなかった。エゴサーチなんて基本的にはしない方がいいものだ。

 自分を良く見てもらう方法が分からなくなった小豆は次第に狂ってしまったという。


 だからもう情報を見ないことにした小豆。今は伝聞だけでいい、いずれはインターネットの大海を渡らなければならないのはわかっている。

 完全にインターネットと切り離して生きていくのは困難だ。勿論切り離して生きている人はいる。だが小豆の世代で情報社会への耐性がないと、中々社会に溶け込むのは難しい。

 それこそ家に閉じこもって生きるしかなくなる。それでは厳しいのだ。いつか社会に出て働いて、嫌味を言われたら強く訴えて。そう、強く生きなければいけない。


 これは小豆の恐怖との『戦い』なのだ。いつまでも震えて立ち止まっていてはいけない。少しずつ慣れていかなければならないのだ。足掻いて足掻いてその先に、きちんとした生活がある。

 だからこそ『戦い』であり、誰かと競い合うわけではないが、勝てば普通の生活を得られる。負ければ閉じこもる生活をしなければならないという途轍とてつもない勝負なのだ。

 小豆に対して咲花先生は少しずつでいいと言ってくれる。だが小豆は前をしっかり見据えて大きく進歩しようとしていた。

 積極的に手を挙げることはできない。発言力は小さい。だがなるべく保健室ではなく教室で勉強を受けた。

 時には途中で体調を崩して保健室に行くこともある。勿論学校自体に来れないこともあった。だが体調を整えて学校に来て、必死に勉強を頑張り、小さなグループだったが賢也と美世と共に少しだけお喋りもした。


 必死に頑張る彼女を強く抱きしめる咲花先生。少しは休んで欲しかったが、小豆の頑張りが嬉しくて少しだけ気を抜いてしまった。

 その日小豆は熱を出して寝込んだ。暗い闇で猛獣のようなものに襲われる夢を見た。起きたら汗だくだった。隣を見ると訪問した咲花先生が看病してくれている。

 いつの間にか日は落ちていたようだ。小豆の顔を見て先生は微笑んだ。

「ちょっと頑張りすぎたみたいね」

「……はい」

 小豆の体はまだまだ日常生活すら送るのが難しいレベルだ。それなのに必死になって生活を送ってしまうと、こういう事も起こり得る。

 精神もイジメられる前の状態に戻った訳ではない。明るく元気になんてなれないのだ。


 それでも咲花先生の期待に応えようとした結果、倒れてしまった。咲花先生は大きすぎる。それに近づこうとすれば光に当てられすぎた草花のように枯れてしまう。時に水分が必要なのだ。

「……迷惑かけてごめんなさい」

「迷惑なんて思ってないわ。それにあなたのように真っ直ぐな人の迷惑ならいくらでも背負ってあげるわ」

 咲花先生はそんな風に言ってくれる。小豆は布団を被った。泣いていたからだ。

「どうしたの? 大丈夫?」

「……大丈夫です」

 先生に涙を見せたら余計に心配をかけそうで嫌だった。だが泣き声に反応した先生は優しく布団の上から手を置いて微笑む。

「大丈夫。泣けるなら、まだ感情は死んでないわ」

 小豆はその言葉に更に涙を流した。まだ感情は死んでなかった、小豆はまだ人間だった。

 当たり前だ、別に改造手術を施された機械ではない。涙くらい流す。いつしか悲しみの涙は感涙になっていた。


 また学校へ行くようになった小豆は恐怖と戦った。いつもギリギリの登校時間に学校に着き、賢也の部活動が終わるまで保健室にいる。

 そして送ってくれる賢也たちと共に家に帰るのだ。小豆は疑問を投げ掛けた。

「……私のために時間使って大丈夫?」

「別に構わん」

「今更だよ。全然気にしなくていいよ」

「小豆ちゃんは私たちの心配してくれてるんだよね」

 小豆の疑問に、賢也も優斗も気にしなくていいと言う。巫女は自分たちの心配をしてくれている小豆の事をしっかり見ている。


 学生の本分は勉強。そして肉体作り。それだけじゃなくて友達作りも大切な要素だ。

 とはいえ小豆も大切な友達がいた事は確か。前に言ったように『裏切られるのが怖い』のは依然としてある。

 だから絶対裏切らないでいようと思ってくれる友達がとても大切で、そう思ってくれる友達がいてくれるような人格は小豆に必要なのだ。

 小豆にはそれがない。いつまでも甘えていたら誰かは離れていくかもしれない。可哀想だから守ってあげてる、それだけではどうしようもないのだ。


 小豆は思い切って言ってみた。

「……あのね」

 小豆の言葉は、か細く弱々しい。だがちゃんと聞いてくれる三人。

「……私、小説書いてるんだけど……」

「ほう」

「え!?」

「凄い! 読みたい!」

 三人とも好反応だった。正直に言うと人に読ませられるレベルには至ってはない。だがこれも経験だ。

「……読んでみてほしい。明日学校に持って行けるようにするよ」

 三人は了承してくれて読んでくれると言う。嬉しい事だがこれもまた恐怖に繋がる。

 小豆は帰ってから、大丈夫か印刷して読み直した。自分に出来ることをやり切ってとにかく一度読んでもらおうと勇気を出した小豆。

 こういう面は何気に強くある彼女だが、それもまた一つの一歩となる。

 得意分野で闇を払拭していけばいいのだ。

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