第37話「イジメをなくすために」
月曜日の朝。咲花先生は校門で挨拶しながら小豆を待つ。登校時間ギリギリになって現れた小豆の足を抱きしめる咲花先生。
そして校門を閉めて一緒にクラスへと向かう。二年A組に登校した小豆にクラスが騒がしくなる。
「今まで休んでごめんなさい」
そう言った彼女に戸惑う生徒たち。再びイジメが起きるんじゃないかと不安になるのは無理がなかった。
だが賢也が前に出て小豆の肩を叩いた。これからクラスメイトとしてよろしくな、と笑った彼。美世も近づいて行って小豆と握手する。
それを見たクラスメイトたちは小豆を受け入れた。中には元一年C組のクラスメイトもいて受け入れ難い状態だったが、それは仕方ないだろう。
ショートホームルームで小豆のことを任せた咲花先生はそのまま国語の授業に入る。二年A組のクラスメイトとして初めての授業を受ける小豆。
「先生! 黒板係、国定さんにやってもらってはどうでしょうか?」
ある一人が声をかける。それは善意なのか悪意なのかわからなかった。悪意のあるようにも取れる、だが先生は否定しなかった。
「出来るかしら? 無理なら無理をしなくてもいいわ」
「……やってみます」
ゆっくりとした口調で授業を始める先生。「ここから書いて欲しい」等、指示を出しながらゆっくり進めていく。
だが遅くては他の者の授業の邪魔になってしまう。少しずつ小豆に気付かれないようにペースを上げていく。
小豆も書くのは苦手ではない。むしろ小説家になりたくていっぱい書いた時もあるくらいだ。
ひたすら黒板に集中する小豆。気付けば熱中していた。先生が背中を叩く。
「あんまり無理しちゃダメよ。動くのまだ久々なんだから」
「……はい」
チャイムが鳴り席に着く小豆。席に近づいてくるのは美世と賢也。小豆に抱きついた美世は笑った。
「黒板係お疲れ様!」
「……うん」
「少しの間休め。キツかったら保健室へ行っても良いと聞いてるぞ。体力的にキツそうに見える」
「……よくわかるね」
美世が労い、賢也が心配する。小豆は背は高くない。黒板も高いところは書けないし手を伸ばして書くから腕も痛くなる。
だが小豆は腕を組んで突っ伏すような事はしなかった。眠るくらいなら勉強をしっかりする、それが小豆の信念だ。
幸いな事にイジメの首謀者がこのクラスへ警告したりはして来ない。他クラスにいる首謀者の事は気にしなくて良いのだ。
自分のことを第一に考えて欲しいと言われた小豆は、とにかく授業を受けて乗り越えた。
終わりのショートホームルーム。咲花先生は小豆に拍手を送った。
「今日一日よく頑張りました。明日からもきっと頑張って欲しいわ。無理せずに、体調の悪い時は休んだり、保健室に行くのも構わないからね」
他の人も拍手を送る。拍手しないのが悪い事だと感じたのか皆が拍手を送っていた。
同調圧力と感じられるかもしれない。だが集団で行動するという事はつまりそのように圧迫されてしまう事なのだから、仕方ないのだ。
「皆、国定さんを応援してくれてありがとうね。でも本当は心の底からは応援できない人もいると思う。そういう人は自分を責めなくてもいいからね」
咲花先生もちゃんと分かっている。全員が認めることなんて出来ないだろう事は。
長い間休んだだけで注目されるなら誰だって休む。この注目は長くは続かない。
と言うか、注目される事自体が良くない。小豆の精神を削ってしまう。
「国定さん、今日は自宅でゆっくり休んでね」
正直言うと登下校が一番危ない。大人の目に映らないからこそ危険が潜んでいる。
昔は机に落書きをしたりバケツで水を被せたりというイジメがあったかもしれない。それは今もあるかもしれないが、中学校に上がった彼らのイジメ方は少し違う。
誰にもバレないように狡猾にイジメは行われるのだ。言葉の暴力という物は、人が思っている以上に殺傷力が高い。
それは刃物のようなモノだ、刺されば心にくる。跳ね返して言い返せる者ならば問題はないが、そうでないものもいるのだ。
小豆はすぐに帰ろうとした。だが賢也に肩を掴まれる。
「送っていく。空手部の活動が終わるまで何処かで待っていてくれ。保健室でもいい」
「……わかりました」
小豆は保健室に向かうと言って、美世と共に教室を出た。美世は保健室まで付いてきてくれるらしい。
それを迷惑だとは思わなかった。だが保健室に着いた後、中に入ってからも一緒にいるので困ってしまった小豆。
「……美世さん、部活動は?」
「私、保健委員なんだよね。だからもう少しここにいるよ」
丁度よく保健委員だった美世は少しだけ一緒にいる。保健の先生と共に小豆に話しかける。
「それにしても小豆ちゃん、よく頑張ったよねぇ」
「偉いわ、国定さん」
小豆は首を横に振る。全ては咲花先生のおかげだ。根気よく先生が来てくれたからの今がある。
「それだって小豆ちゃんが許可しなきゃ来れないんだもの」
美世は小豆の勇気を褒める。咲花先生だけなら良いと認め、優斗と美世も時々来させてくれた。
ちゃんと拒否せずにいてくれたからこそ手を差し伸べられたのだ。
「……実は咲花先生に救われたの」
小豆は語る。それは小豆が不登校になったと聞いた先生が取った行動。
小豆の家の電話にかけた先生は、いくらでも待つから小豆と話をさせて欲しいと言った。
小豆は何度も断った。だが母親は何度も呼びかける。必死で訴えているからだという。
ギリギリの精神状態で電話に出た小豆は、咲花先生に言ったのだ。
『……なんですか?』
『私が聞きたいのはあなたの声。全部聞いてあげるから全てぶちまけてみて』
『……うっさいんだよ!
それを聞いた先生はこう言った。
『言ってくれてありがとう。これからもあなたの心の声を聞かせて欲しい。こうやって電話をするのは無理かしら?』
小豆は少し迷った。困惑したのだ。少しして自然と自分のスマホの電話番号を言っていた。
『そこにかけたらいいのね、ありがとう。私はいつだってあなたの味方でいたい。たとえ学校に来れなくても、あなたの作品楽しみに待ってるわ』
『……はい』
言い切った後少しスッキリしたと言う小豆。咲花先生はちゃんと吐き出す機会をくれたのだ。
勿論それに応えた小豆はまだ軽傷な方だったのかもしれない。だが傷ついていたのは確かで、ギリギリだったのも確か。
だが叫ぶ事で心は晴れて、聞いてくれる咲花先生にだけなら話したりしてもいいかもしれないと思ったのだ。
美世と優斗が来たのはイレギュラーだったが、咲花先生の言うことなら大丈夫だと思ったらしい。
そうして接してくれる人がいたから前に進めた事実がある。小豆は咲花先生に感謝していた。そしてこうして守ってくれる美世や他の皆に感謝していた。
「感謝するという事はね? とてもいい事よ。助けてくれる人がいるのはあなたの人柄がいいからなの。忘れないでね、その気持ち」
保健の先生は笑って、そう言う。感謝の気持ちを忘れない事、そして自分というものを見失わない事。とても大切なことを教わった気がした小豆と美世。
美世は暫くして部活動に向かっていく。小豆は保健の先生と共に賢也を待つ。そして、部活動を終えた賢也と優斗と巫女と共に、小豆は自宅へと帰るのだった。
小豆の自宅とは方向が違うのに送ってくれる彼らに感謝して家に入る彼女は、少しだけ心が軽くなっていた。
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